スーパーやコンビニをはじめ、100均に薬局まで、年々設置台数が増加しているセルフレジ。客にとっては待ち時間の解消に、店側にとっては人件費の削減にとメリットもあるが、一方で、セルフレジを悪用した「万引き」被害が増加しているのをご存じだろうか。これまで5000人以上を捕捉してきたプロの万引きGメンが、その驚くべき現状を伝える。
セルフレジの導入後、万引き件数が増加
毎日のように通っているスーパーマーケットのレジが、ある日突然変わっていて驚いたことはないだろうか。昨今、人件費削減をねらい、客が自分で商品のバーコードを読み取って決済するセルフレジの導入が加速している。
日本スーパーマーケット協会発行の「スーパーマーケット白書」によると、2022年のセルフレジの割合は6割を超えるという。コロナ禍で非対面、非接触での接客ニーズが増えたのも、設置数が増えた要因だ。台数が増えたことで回転率も上がり、客側も長いレジ待ちの列に並ばなくてすむというメリットも。
いいことばかりかと思いきや、実はそうではない。セルフレジ特有のシステムが、万引きをしやすい環境を生み出し、助長しているというのだ。万引きの摘発や防止に携わっている万引きGメンの伊東ゆうさんに話を聞いた。
「“セルフレジでの万引き”のみを統計したデータはないのですが、明らかに件数は増加しています。ただ、普通の万引きと違って、棚から取って自分のバッグに入れる盗み方はせず、精算のタイミングで犯行を行うので、堂々としている人が多い。
それに、捕まったときの言い訳や言い逃れがしやすいので、店側も捕まえにくい。立件できないだけで、水面下に隠れている窃盗数はかなり多いはずです」
では、セルフレジを悪用した万引きというのは、具体的にどのような手口なのだろうか。
「例えば、もやしなどの安い商品ばかり読み取って、300~400円以上のものはスキャンせずにそのまま持ち帰るとか、手に同じ商品を2つ持って、1つだけカウントして一緒にバッグに入れてしまうなど、なかなかどうして巧妙です。読み取る動作はしながら、実はバーコードを指で隠している、というケースもあります」(伊東さん、以下同)
大胆なものでは、2段式のカートを使って下段のカゴの中は持ち去るという手口も。上のカゴに入っているものだけを読み取って精算し、下のカゴはスルー。丸ごと盗んでしまうのだ。
フリマアプリで現金化するケースも
「上のカゴには大きくて安い野菜や水を入れて、下のカゴには高い食品や化粧品が入っていたりしますから、私が見ればすぐに万引きだとわかります。でも、『うっかり精算し忘れたんだ』など、どうとでも言い逃れができます」
ほかにも、「読み取りがうまくいかなかった」「操作がわからなかった」などなど。なんとも摘発しにくい現状がある。
「新しい精算方法が導入されれば、必ずそれをかいくぐる新しい手口が生まれてくるんです」
では、いったいどんな人が手を染めているのだろう。
「外国の万引き窃盗団など、大規模なグループ犯罪もありますが、コロナ禍以来、生活苦の主婦、シングルマザー、高齢者が多くなりました。職を失って追い詰められ、ほんのちょっとした贅沢やゆとりを求めて盗んでしまうのです」
食うに困るほど切実ではないけれど、生活はきつく、贅沢品を買う余裕はない。そんな人たちが、気持ちが豊かになるちょっといい化粧品やシャンプーを盗んだり、ふだんは食べられない和牛やお刺身といった高級食材を万引きしてしまうのだ。
また、自分で消費するだけでなく、売って現金化するために万引きしている場合も少なくない。
「今はフリマアプリなどで、匿名で簡単に売って現金にできる。一般人が、新品の商品をなぜ販売できるのか、考えてみたらおかしいでしょう?」
生活に身近なフリマアプリ。安くて便利という理由で利用者は多いが、もしかすると“ワケあり品”が隠れているかもしれないのだ。
増え続けるセルフレジ万引き、防ぐ方法はあるのか。
お客様に積極的に対応することが有効
伊東さんは香川大学で心理学を専門とする大久保智生准教授と共同で、10年以上前から万引き防止の研究に取り組み、今年に入ってついに「セルフレジ不正使用防止マニュアル」を完成させた。2月には、そのマニュアルをもとに伊東さんも立ち会いながら、店舗で教育実践も行ったのだ。
「万引きは摘発に躍起になるより、万引きさせないことが何よりも大切。そのためには、店側がお客様に積極的に対応することが有効です。
『いらっしゃいませ』と挨拶をする、『なにかお困りですか』と声をかけるなど、ホスピタリティーをもって接するというだけで盗まれにくい環境がつくれ、犯罪防止につながるのです。そのうえ、店側の丁寧な接客でお客様の満足度も上がるというメリットもあるのです」
また、セルフレジ担当のスタッフは、セルフレジの周りに設置された防犯カメラの映像をリアルタイムで監視しているだけということも多いが、カメラを頼るのではなく、実際にすべてのセルフレジが見える場所に立つことをマニュアルではすすめている。
「お客様の目を見て声をかけ、自らの存在をアピールすることがポイント。教育されたスタッフが配置されるだけで、たちまち盗みにくくなるものです」
とはいえ、人手不足解消や人件費削減のためにセルフレジを導入している以上、万引き防止のために人数を割いたり、教育することに力を入れられない、という店側の本音もある。
「まさにジレンマですよね。ある大型スーパーでは、会社の決定で18台ものセルフレジを設置するように指示されましたが、店長が『絶対に万引きされる』と危機感を持って、設置を拒否したという話も聞いてます」
盗むつもりはなくても、たまたま読み取りができなかったり、周りに人がいなかったりすると、「このまま持ち帰ってもわからないかも」という気持ちがよぎるかもしれない。
だが、防犯カメラはほとんどの店で設置されているし、思わぬところから素性が特定されてしまうこともある。
万引きは『窃盗罪』
「ポイントカードから住所氏名が特定されたり、駐車場に止めた車のナンバーが記録されるシステムを導入している店舗もあります」
得した!と思うのは一瞬。大きな代償を背負うことに。
「万引きはなぜか軽微な犯罪と思われがちですが、刑法第235条の『窃盗罪』にあたる立派な犯罪です。10年以下の懲役、または50万円以下の罰金が科せられます。どんな理由があれ、絶対に許されるものではありません」
前科がつくと職を失うなど、社会的な信用を落としかねない。出来心で人生を台無しにすることは、絶対に避けたい。
取材・文/野沢恭恵
伊東ゆうさん 万引き対策専門家、万引きGメン。現役保安員として活躍する一方、講演活動とメディア出演による「店内声がけ」の普及に努め、「万引きさせない環境づくり」に情熱を傾け活動。