愛煙家にとって、肩身が狭い時代になったものだ。
2020年4月に施行された改正健康増進法により、飲食店・職場等の屋内での喫煙は原則禁止。街の喫煙所も次々と排除され、落ち着いてたばこを吸える場所は日々失われている。
そんな、喫煙者たちに希望の光が──。7月3日に喫煙喫茶『オールドルーキーカフェ』1号店がオープンしたことをご存知だろうか。場所は新宿小滝橋通りに面するビルの2階。まだ一般的な知名度はそれほど高くないが、一部ユーザーからは“喫煙者のオアシス”と呼ばれているのだそう。
「東京都内を中心に、全国1000店舗の運営を目指す」
紫煙をくゆらせながら、静かにそう語るのはカフェの代表・岡村陽久さん。彼が語る愛煙家の未来と“たばこ愛”について。
口から吐き出されるのは煙だけではない
彼は一日にたばこを約5箱吸うほどの愛煙家だ。現状のたばこ規制にはさぞかし不平不満があるだろう……と思いきや、まったく別の答えが返ってきた。
「かつては電車の中でも駅のホームでもどこでもたばこが吸える時代でした。ですが、たばこの煙には健康懸念物質が含まれているほか、たばこの臭いが苦手な人や、小さいお子さんなどにも悪影響を及ぼす可能性がある。そうした状況に声を挙げる人々や嫌煙家の方々のおかげで、まず分煙が行われた。だが分煙でも煙は漏れ出してしまう。結果、2020年4月に原則、屋内禁煙になりました。これによってお子さんや煙や苦手な方が守られるようになった。そのおかげで今の社会がある。そういった意味では、良い社会になったと感じています」(岡村さん ※以下カッコ内はすべて岡村さんの発言)
岡村さんはお酒は嗜まない。自身の経歴で経営者を20年務めてきたが、そのストレス解消や、ホッと一息着く瞬間、いつもたばこがいた。相棒だった。
「たばこのおかげでここまでやって来たと言っても過言ではありません。一日働けばストレスが溜まる。さらには小さなイライラからちょっとした苛立ちまで。ゆっくり座ってのんびりとたばこを吸う。口から吐き出されるのは煙ですが、煙だけではなく、そこから心の中でくすぶっていたあれこれが一緒に吐き出されるんです。そのようにして心の健康を保ってきました」
だが近年は街の喫煙所が次々と閉鎖。さらにはたばこが楽しめていた街の喫茶店も大手チェーンに駆逐されていき、新宿では4店舗ほど、渋谷でも4店舗ほどしかないという。ゆっくり座ってたばこを吸う場所は減少した。また、屋外に設置されている喫煙所では人が密集し、人々が立ったままいそいそと喫煙をしている姿が目につく。「それは単にニコチンを摂取しているだけ。健全ではない」と岡村さんは持論を語り始めた。
喫煙者の憩いの場は類を見ない業態で……
そもそもたばこの歴史は一説によると8000年前にまで遡れる、と岡村さんは言う。西欧に広まり始めたのはコロンブスがアメリカ大陸を発見した1492年以降。先住民であるネイティブ・アメリカンの喫煙文化が元だ。それがまたたく間に“嗜好品”として世界を席巻した。
「世の中には流行り廃りがあり、本当に必要なものだけが残ってきた歴史があります。たばこもその一つ。必要だったから今も文化として定着しているんです。そもそも“嗜好品”ですから、たばこは“嗜む”もの。それがゆっくり座れもしないで、立ったまま、ただ黙々とたばこを吸っているのはニコチンの補給にしかならない。それは食事を楽しまず、ビタミン剤で栄養をとっているような味気なさと同義だと私は考えるのです」
QOL(=クオリティー・オブ・ライフ)という言葉をしばしば見聞きする昨今。自身の人生のクオリティーを上げること、人生を楽しむこと、“嗜好品”はそれを助けるものであろう。夏は炎天下、冬は極寒のなか狭いスペースに密集しながらのせせこましい喫煙は、QOLの向上とは真反対の行為にもみえる。
「とはいえ、たばこが必要ない方、嫌いな方に煙を吸わせたくない。そこでオープンしたのがこの『オールドルーキーカフェ』です」
同店は、喫煙者がいつでも気軽に利用できる喫煙者専用のカフェスペース。紙巻き・加熱式タバコそれぞれの専用エリアを用意しており、ゆったりと座って一服することができる。店内には大型換気設備と二重扉構造を導入し、煙と匂いの気にならない快適な空間を実現した。当然、髪や服に匂いは残りにくい。排出される煙のことも考え、店舗は必ず2階以上と決めてある。
また、その業態は他に類を見ない特殊なものであった。まず、利用料が格安。入場には会員であれば1時間50円。非会員でも30分100円。1dayプランでは1000円で1日何回でも入場が可能だ。特徴は飲食物の提供がなく、飲み物が持ち込み自由制(アルコールは禁止)。喫茶店などでは700円ほどのコーヒー代を払う必要があるが、同店を利用すればその支出が抑えられる。ゆえに岡村さんにはポリシーがある。
「たばこの吸える街の喫茶店のおかげで私たちはたばこを楽しんでこられた。その恩がある。ゆえに、街の、昔ながらのたばこが吸える喫茶店がある半径200メートル圏内には絶対に店舗を作らない。カニバリ(共食い現象)を起こしてはならない。たばこ文化を競争で阻害してはならない」
“無人運営”で利用コストが下げられた理由
『オールドルーキーカフェ』初の出店は新宿小滝橋通りに構えている。周囲に喫煙所やカフェがない場所だったからであり、そうした場所は日本中、無数にあるだろう。
「この近辺では路上喫煙が横行していました。しかし、確かに喫煙所などもないので、注意する監視員さんも困っていたそうです。ですが、ここをオープンしたおかげで“あそこに喫煙できる場所があるよ”と注意しやすくなったと喜んでいただけています。ヘビーユーザーの方には1日に3回利用していただくこともありますね」
たばこを愛するがゆえに店内の喫煙環境はこだわり抜いた。たばこが吸えるコーヒーチェーン店の場合は、客の回転率を上げる為にエアコンをわざと強くしている場合がある。だが『オールドルーキーカフェ』の店内は常に適温に保つ。客が座る椅子も、たばこを吸う際の姿勢や腕の置き場所を考え抜き、最も心地よく座れるものを用意した。岡村さんは「一番タバコを吸うのに適した椅子」と笑みをこぼす。
自身が愛煙家であるからこそ、喫煙者が“嗜好品”としてたばこを楽しむ空間を追求した。高速Wi-Fiや充電用の電源も設置することで、ワーキングスペースとしても利用できるようニーズも拡大中だ。
安価な利用料、それゆえにランニングコストは極限まで抑えた。具体的には人件費。同店は“無人”で運営されている。それが可能になったのは、同店の親会社で岡村さんが取締役会長を務める株式会社『アドウェイズ』がネット広告の企業であることが関係している。
「弊社に優良なエンジニアがいたことで、決済機能を持つ『スクエア』とQRコードで入退店のキーを管理する『キーボックス』の2つのシステムをうまく繋ぐことができ、コストのかからない無人カフェを作ることができたんです。結構難しいことなのですが、それが叶えられたことで、利用料を下げることができた。
ただ、このカフェはまだ“実験物件”でもあります。現在、30坪ありますがその広さはコストに合っているか、ですとか。『加熱式』と『紙巻き』で部屋を分けてあるのですが、このことで吸気口、エアコンの設備費用もかさんでいる。分けなければもっと支出を抑えて次の店舗が出せるのではないか……そういったことも含め、試行錯誤の最中です」
これが日本の喫煙スタイル──狼煙が上がるとき
岡村さんには夢がある。この1号店がうまくいけば、東京を中心に全国の喫煙所がない場所に『オールドルーキーカフェ』を広げていきたい。目標は1000店舗だが、これがビジネスになるとわかれば、多くの事業者が参入してくる。当たり前のことだが喫煙所が増えれば路上喫煙も減る。非喫煙者の健康被害も減らしたい。「私は喫煙者と非喫煙者は共存できると考えているのです」と語気を強める。
「今の課題はこの店舗の知名度を上げること。今の世の中、本当はたばこを吸いたいけど、締め付けが厳しいからやめちゃった、という人も多くいると聞きます。ここまで惨めな思いをしなくちゃ吸えないのか、と。喫煙所でそそくさ吸うことを強いられる世の中ですよね。家のベランダでも吸えない。換気扇の下で吸っても家族に色々言われてしまう。コソコソしながら吸うのが嫌だ……そんな人は『オールドルーキーカフェ』に来て欲しい。“たばこ吸うことで何かを吐き出せた”あの感覚を思い出してほしい。
ストレスを筋トレやサウナやお酒などで解消できる人ならば必要ない施設かもしれませんが、もしそれがたばこなら──最高に心地良いこの空間でたばこを嗜んで欲しい。肩身の狭い人のためにも、この事業を拡大していきたい。そして“これが日本の喫煙スタイルだ”と世界へ発信していきたい」
そんな決意表明と、たばこの先から立ち上る煙に喩えて、同店のコンセプトは
「狼煙を上げろ」──。完全分煙、共存を目指し、たばこ文化を継承していきたい、と語った岡村さん。多様化の現代、是非愛煙家の方はこの『オールドルーキーカフェ』を訪れ、存分に紫煙をくゆらせてほしい。
【カフェの利用方法】
現金不可のキャッシュレス決済。クレジットカード、Suicaなどの電子マネー、PayPayなどの各種コードでの支払いとなる。
入り口にタッチパネルがあるので、決済方法や利用時間を選択。スマホやカードをかざすとQRコードが印刷されたレシートが出てくる。
QRコードをキーボックスのカメラにかざすと店内へ続く扉が開くという仕組み。
退店時も同様にQRコードのレシートをキーボックスのカメラにかざすだけ。
注意点は「有効時間を過ぎると追加料金が必要」となること。また「決済はひとりづつ」であること。営業時間は朝7時から夜11時まで。