例年以上に酷暑が続く今年の夏。8月下旬となってもなお、体温を超える猛暑日が全国で記録されている。総務省消防庁の調査では、7月末から8月頭にかけての2週間で、熱中症で搬送された人は2万人以上。その半数以上が、65歳以上の高齢者だった。
酷暑が続く夏、熱中症で2万人以上搬送
熱中症や脱水症の専門家で、済生会横浜市東部病院 患者支援センター長の谷口英喜先生は次のように話す。
「昔と比べて、熱中症患者数が増えていると感じます。熱中症は特に高齢者がかかりやすく重症化もしやすいので、超高齢社会の日本ではどうしても増加傾向となります。また、地球温暖化も一因でしょう。最高気温が高くなり、猛暑日が増えたことが、患者数の増加につながっていると考えられます」
軽く考えられがちな熱中症だが、搬送者のおよそ30%は入院による治療を必要とするか、または死亡という深刻な現状だ。毎年1000人以上が熱中症によって命を奪われており、たとえ命をとりとめたとしても、重い後遺症が残る場合が少なくない。
「熱中症の重症化は、さまざまな臓器障害を引き起こします。そのうちもっとも後遺症が出やすいのは、脳や腎臓です」(谷口先生、以下同)
熱中症による脳の後遺症は、体温の急上昇で脳や脊髄などの「中枢神経」に障害が起こることで現れる。例えば、言語や思考などの知的な機能が正常に働かなくなり、注意力や集中力が低下する「高次脳機能障害」。食べ物を上手に飲み込めなくなる「嚥下障害」などだ。
「熱中症で脳に障害が出てしまうと、元どおりに回復することはありません。身体の一部が動かないなど運動障害が残ったり、物忘れが激しく認知症のような状態になったりすることもあります」
一方、腎臓の障害は、全身の筋肉が崩壊する「横紋筋融解症」が原因で起こる。熱中症で身体の深部体温が40度を超えるなどして筋肉の細胞が融解・壊死すると、タンパク質の一種「ミオグロビン」が血中に大量に放出される。これが尿細管に詰まって無尿状態となり、腎不全を引き起こすのだ。回復後も後遺症が残り、人工透析が必要になる場合もある。
「真っ赤な尿が特徴的な症状です。腎臓に大きな負担がかかるので、それ以上のダメージを避けるために人工透析を行います」
熱中症を軽く見ず早い段階での処置を
こういった後遺症を防ぐためには、熱中症が軽度なうちに、できるだけ早く適切な処置を受けることが重要だ。
「熱中症は重症度によってI~III度の3段階に分かれ、対応が早いほど身体へのダメージも抑えられます。もっとも軽いI度ではめまいや手足のしびれなどが現れますが、可能であればこの段階で受診し、点滴などの処置を受けるとよいでしょう。II度以上になると、自分では対処しきれない状態となります」
熱中症重症度《分類》「症状」
《I度》「めまい、立ちくらみ、生あくび、大量の発汗、こむら返りなど筋肉の硬直」
《II度》「頭痛、吐き気、倦怠感、虚脱感、集中力や判断力の低下」
《III度》「意識障害、痙攣発作(呼びかけや刺激への反応がおかしい、身体にひきつけがある)」
昭和大学が行った『熱中症による中枢神経後遺症』の研究結果によると、もっとも重い「III度」の熱中症の患者1441人のうち、死亡もせず、中枢神経に後遺症も残らなかった例は286人のみ。わずか19.8%だった。
「特に高齢者は暑さやのどの渇きを感じにくくなっているため、異変に気づいたときにはすでにII度、III度の状態であることも少なくありません」
熱中症を防ぐため、猛暑日に外出を控えるのはもちろんだが、自宅にいても油断はできない。消防庁の調査では、熱中症の発生場所でもっとも多いのは「自宅」。その次に多いのが、歩道などを含む「道路」。次に、競技場や野外コンサート会場、屋外駐車場などの「公衆(屋外)」であった。このため、特に高齢者がいる家庭では、
●部屋の温度計が28度を超えたら、暑さを感じなくともエアコンをつける
●1時間おきにコップ1杯の水分をとる
など、熱中症予防のためのルールをあらかじめ決めておくとよいだろう。
熱中症にならないための予防はもちろんだが、いざなってしまったときの対応も知っておきたい。熱中症の初期症状の多くはめまいや立ちくらみなどで、この時点で一刻も早い応急処置が求められる。
「身体の冷却と、水分補給。この2つがとても重要です。熱中症が進行すると身体に力が入らなくなり、脱水症状によって全身に激しい痛みが起こります。このような症状の悪化を防ぐためにも、救急車を待つ間に涼しい場所に移動したり、水分や塩分を補給したりとなんらかのアクションを起こしましょう」
熱中症時の水分補給には注意点もある。
「あまり知られていませんが、牛乳やアミノ酸入り飲料には体温の上昇を招く作用があります。熱中症の症状があるときには摂取を控えましょう。スポーツドリンクでも、アミノ酸が入っていないものなら大丈夫です。また、経口補水液は脱水症に即効性があります。万が一に備えて用意しておくとよいでしょう」
気象庁の1か月予報によると、9月も広い範囲で厳しい暑さが続く見込み。熱中症は年齢を問わず誰もが発症する可能性があることを、改めて肝に銘じて残暑を迎えたい。
世界的な課題の新型コロナの後遺症
熱中症と同様、その後遺症に注目が集まり、社会問題にまで発展しているのが新型コロナウイルス感染症。国立国際医療研究センターの調査では、コロナに罹患した人の約30%が、感染後1年が経過しても記憶障害や集中力の低下など「何らかの症状がある」と回答した。
また、米国のシンクタンクが2022年に行った調査では、200万人から400万人のアメリカ国民がコロナ後遺症によって「仕事ができない」状態に陥っていたことが明らかに。コロナそのものより、後遺症のほうが世界的な課題となっている。
コロナ後遺症外来で1000人以上の患者を診察してきた愛知医科大学メディカルセンターの馬場研二先生は、次のように話す。
「後遺症の症状というのは、全身のあらゆる診療科領域にわたる多彩なもので、しかも1人の患者に複数の症状があることが珍しくありません。当院でのコロナ後遺症外来での症例を分析した結果では、倦怠感を訴える患者さんのおよそ20%は仕事もできず、休職状態を余儀なくされています。介助を必要とし、独居が難しい状態の方も10%ほどいます。コロナ感染時の重症度と後遺症には関連が見られず、今もわからないことだらけです」
WHOではコロナ後遺症を「コロナ罹患後に症状が少なくとも2か月以上持続し、また、ほかの疾患による症状として説明がつかないもの」と定義している。愛知医科大学の分析では、後遺症患者にもっとも多くみられた症状は「倦怠感・疲労感」。そして、「頭痛」「息切れ」「嗅覚・味覚障害」などが続く。男女比は、女性のほうがやや多く54%。年代は20~50代が中心で、中でも40代がもっとも多く全体の26%を占める。
後遺症の原因としてはいまだ仮説の段階だが、自己免疫反応や、腸内細菌の変化などさまざまな可能性が指摘されている。
「後遺症患者の便中に数か月にわたり、ウイルスの断片が発見されたとの研究データもあります。体内にウイルスが長期に存在する可能性を示唆していますが、これもあくまで複数ある原因のひとつでしかありません」(馬場先生、以下同)
コロナ後遺症に対し、現時点でエビデンスのある治療法はない。馬場先生が診療にあたる後遺症外来では、患者のQOL(生活の質)の向上を第一に、それぞれの症状に適した対症療法を行っている。
「頭痛などの痛みに対しては解熱鎮痛剤を処方し、ときには抗うつ剤に近いものを使うことも。倦怠感には、漢方薬をよく処方します。頭がぼーっとする『ブレインフォグ』も後遺症でよく見られる症状ですが、あまりにもひどいケースではステロイド治療を試みることもあります」
過去には、診察中の会話すら話したそばからすべて忘れていくほど『ブレインフォグ』の程度が重い40代の男性患者もいたという。ステロイドの処方など1年5か月に及ぶ治療を経たのち、無事に日常生活に復帰。今は完治といえる状態だという。
時間がかかっても後遺症は治っていく
「とはいえ、これらの治療法もすべての患者さんに効果があるわけではなく、自然経過だけで改善に向かう場合もあります。特に全身倦怠感などについては、しっかりと休息し、無理をせずに身体と相談しながら日常生活を送る『ペーシング』がもっとも重要です」
愛知医科大学のデータでは、症状が軽快した患者の半数が、コロナを発症してから後遺症が軽快するまでに160日(約5か月)以上を要している。
「逆にいえば、約半数の方は5か月以内に症状が軽快したということです。いつまで症状が続くのか不安に思っている患者さんはとても多いのですが、時間がかかっても後遺症は必ず治っていきます。薄紙をはぐように少しずつよくなっていきますので、『根気よく前向きに過ごしましょう』とお伝えしています」
コロナ後遺症患者の正確な人数はわかっておらず、国内で数十万人にも及ぶともいわれている。後遺症のメカニズムの解明と、適切な治療法の発見が最重要課題なのは間違いないが、社会にも、後遺症患者に対するより一層の理解や配慮が求められている。
「コロナ後遺症で休職していた患者さんが、職場復帰後にいきなりフルタイムでの勤務を求められることがよくあります。せっかく軽快したのに、過重労働でまた元に戻ってしまうケースも少なくありません。復帰後はある程度の期間にわたって猶予を設け、少しずつ仕事を再開できるようにするなど、企業側の配慮も必要だと感じています」
今年5月、新型コロナの感染症法上の位置づけは2類相当から5類へと引き下げられた。街が活気にあふれ、日常に戻っていく中、いまも後遺症により辞職や転職を余儀なくされている人たちがいる。「気にしすぎ」「考えすぎ」など、職場や学校だけでなく家族や医療機関からも理解を得られない人たちもいる。
「ポストコロナ元年」ともいわれる今年、コロナは過去のものになりつつあるが、後遺症のある人たちにとって、コロナ禍は今も続いている。後遺症患者のサポートや復帰支援について、今こそ社会全体で考えていく必要がある。
新型コロナの主な後遺症
【精神・神経学的症状】
・記憶障害
・物忘れ
・認知力低下
・集中力低下
・無気力
・精力減退
・頭痛
【全身症状】
・倦怠感
・疲労感
・睡眠障害
・微熱
・頻脈
【呼吸器症状】
・呼吸困難
・息切れ
・胸の痛み
・不快感
・咳
・痰
【消化器症状】
・下痢
・吐き気
・胃痛
・腹痛
・胸焼け
【代表的な症状】
・味覚障害
・嗅覚障害
・脱毛
・動悸
(愛知医科大学コロナ後遺症外来調べ)
谷口英喜(たにぐち・ひでき)●済生会横浜市東部病院患者支援センター長兼栄養部部長。著書に『いのちを守る水分補給 熱中症・脱水症はこうして防ぐ』(評言社)など。
馬場研二(ばば・けんじ)●愛知医科大学メディカルセンター総合診療科教授。'21年4月から愛知医科大学においてコロナ後遺症外来を開設、1000人以上の患者を診察。
(取材・文/植木淳子)