フランス語で“美味しい”を意味する「ボン」を冠した、大塚食品のボンカレーが発売されたのは1968年のこと。
世界初の市販用レトルトカレーとして誕生した同商品は、今年、発売55周年という節目の年を迎え、これまでの累計販売数は30億食以上を誇る超ロングセラー商品だ。
世界最長寿のレトルトカレーブランド
そもそもレトルト食品とは、一度調理を行った後、レトルト殺菌装置(レトルト釜)の中で120℃、4分以上の高温・高圧によって殺菌された食材を、気密性容器に詰めたもの。
レトルト殺菌法は、100年以上前にフランスで考案されたといい、1950年代になるとアメリカ軍が軍用食としてレトルト食品を発展させたといわれる。しかし、一般家庭で食べる市販レトルト食品としては、技術的な難しさから普及しなかった。
その常識を打ち破ったのが、大塚食品(当時は大塚食品工業)のボンカレーだ。市販用レトルト食品は、日本発のアイデア商品でもあるのだ。
「関西でカレー粉や即席固形カレーを製造販売していた会社を、大塚グループが引き継いだのが大塚食品の始まりです。カレー粉や缶詰での販売が主流でしたが、競合他社との競争が激しく、何か新しいものを作りたいと考えていました」
そうボンカレーの歴史を説明するのは、大塚食品製品部の中島千旭さん。当時は、女性が社会進出をし始めた時代背景もあり、個食化が進むとも指摘されていた。
そこで、当時ごちそうであったカレーを手軽に食べられないかと考え、「1人前入りで、お湯で温めるだけで、誰でも失敗しないカレー」というコンセプトで開発を始めたと中島さんは話す。
だが、先述したようにボンカレーは、世界初の市販用レトルトカレーだ。開発しようにも前例がない。
「レトルト用の袋もなければ、どういった条件で殺菌すればいいかもわかりませんでした。ただ、幸いにもグループ会社が持っていた点滴液の滅菌技術を応用して、レトルト釜を自分たちで作りました。
しかし、殺菌のための高温処理をすると、中身がふくらみ袋が破裂する。加圧・加熱・殺菌しても具材が煮崩れしないように繰り返しテストを行い、商品としての可能性を探っていったそうです」(中島さん、以下同)
試行錯誤の末、ついにボンカレーは'68年に店頭に並ぶ─ものの、ポリエチレン/ポリエステルの2層構造の半透明パウチに具材を入れていたため、光と酸素の影響によって風味がもたず、賞味期限は冬場で3か月、夏場で2か月だった。
だが、わずかその1年後に、光と酸素を遮断するアルミ箔を用いた「アルミパウチ」を開発し、賞味期限を2年間にまで引き延ばすことに成功したというのだから、当時の開発者たちの熱量が伝わってくるだろう。
画期的な商品だからこそ、当初は「苦戦した」と明かす。
「『本当に食べられるの?』といった疑問の声が少なくなかったといいます。また、牛肉100%という“ごちそう感”にこだわったために、ボンカレーは80円という価格で販売したのですが、当時の素うどんの価格相場が50〜60円。『高すぎる』という反応も多かったようです」
そこで大塚食品は、必死の営業活動を開始。
販売店を相手に試食会を実施するだけでなく、メインキャラクターとして起用した女優・松山容子さんのホーロー看板を製作し、なんと全国の約9万5000のお店に直談判し、飾っていった。ローラー作戦ならぬ、ホーロー作戦である。
また、当時人気のあった時代劇『子連れ狼』をパロディー化したCM(故・笑福亭仁鶴さんが大五郎役の男の子に、「3分間待つのだぞ」と言ってボンカレーを渡す)が大ヒット。
'73年、ボンカレーは年間販売数量1億食を売り上げる“お化け商品”へと駆け上がる。これを機に、各メーカーでもさまざまな市販レトルト食品が開発され、普及していった。
湯せんよりもレンジのほうがうまさアップ!?
今日、多種多様の美味しいレトルト食品を楽しめるのは、ボンカレーがその可能性を諦めなかったことが大きいわけだが、ひとつ気になることがある。
独自に開発したにもかかわらず、各メーカーでも開発されていく──ということは、「特許の申請はしなかったのか?」。そのことを尋ねると、「あえて特許の申請をしませんでした」と明かす。
「会社として社会課題解決ではないですが、レトルト食品を広めたいという思いがありました。各メーカーがさまざまなレトルト食品を開発すれば、世の中のためになるだろうと。
切磋琢磨する中で私たちも負けないように、さらに美味しいレトルト食品を提案できればと思っています」
大塚食品は、3つのことを心がけて商品開発に取り組むそうだ。革新的な商品であること、健康的な商品であること、社会貢献を果たすような食品であること。
「過去にはお湯が不要で待ち時間がなく、付属のあんをかけるだけで食べられるインスタント麺『アルキメンデス』といった商品も販売しました」
ネーミングに加え、CMにアン・ルイスを起用する(“あんかけ”だけに)というチャレンジングすぎる姿勢も、パイオニアだからこそ。事実、今では当たり前となった“電子レンジで温められるレトルト食品”をいち早く取り入れたのもボンカレーだ。
「どの家庭にも電子レンジが普及している時代だったので、フタを開け、箱ごとレンジ調理できるボンカレーを提供できないかと考えました。
しかし、これまでのパウチだとレンジ加熱ができません。そこでレンジで加熱しても破裂しないパウチを新たに開発し、'03年に販売しました」
さらに中島さんは、「レトルト食品を温める際は、湯せんよりもレンジのほうが美味しくなります」と、まさかのトリビアを告げる。
「湯せんの場合、お湯の熱によってカレーの外側から温まっていきます。一方、レンジは中から、各具材がムラなく温まります。
また、レンジで温めるとレトルトされた空気が抜けていくので、スパイス感が高まるんですね。そのため、私たちはレンジで温めることを推奨しています」
知らなかった!湯せんのほうが「美味しそう」に感じるのは、「なんとなく」という雰囲気によるところが大きかっただけとは……。
「現在、ボンカレーは、『ゴールド』『ネオ』『元祖』などさまざまな種類が販売されていますが、そのまま食べるだけではなく、お鍋にボンカレーと鶏がらスープを入れてなじませ、加熱しながら他の材料も加えて10分ほど煮込む“ボンカレー鍋”などもオススメです。
公式サイトで、ボンカレーを使ったさまざまなレシピを公開しているので、のぞいてみてください(笑)」
ボンカレーシリーズは、すべての具材に使用する野菜を国産にするなど、今なお美味しさを追求し続けている。コロナ禍の外出自粛によって、レトルト食品に助けられた、あるいは進化し続けるその美味しさに驚いた人は多かったはずだ。
「お客さまのライフスタイルの変化に合わせながら、レトルト食品を提案していければと思っています。新しさと面白さをお届けできるボンカレーであり続けるために、発売56年目以降もブラッシュアップしていきたいです」
ボンカレーのパッケージに描かれた三重丸には、「おいしさ三重丸」の意味が込められているという。「さらに輪をかけておいしく」。レトルトカレーの先駆者として、これからも私たちの目を丸くさせてほしい。
(取材・文/我妻弘崇)