今、多くの芸能人が趣味として公言し、盛り上がりを見せている格闘技「柔術」。昨今は、岡田准一(42)や、玉木宏(43)が世界大会に出場したことでも話題となった。今月3日(日本時間)、米ラスベガスで行われた柔術の大会、「ワールドマスター柔術選手権」の「マスター4青帯ライト級では、お笑いコンビ「ガリットチュウ」の福島善成(45)が優勝を果たした。
お笑いコンビ「ガリットチュウ」福島善成のまじめさ
「福島さんは、2021年頃から、われわれの柔術ジムであるトライフォースに通われています。始めて、約2年でワールドマスター優勝は、彼の本当にまじめというか、研究熱心に練習を積んだ成果ですよね」とは、直属のインストラクターでもあり、トライフォース浅草橋ヘッドコーチの山田秀之さん。
フライパンを曲げるほどの怪力の持ち主で180㎝近い体躯をほこる福島だが、その身体的強さだけではなく“知恵の輪”とも称される柔術のテクニックの吸収力も抜群。世界大会への挑戦は、同ジムのみんなが応援していたという。
「大会に出発する前に福島さんは“ニュートラルな状態でも勝てる”と自信がみなぎっていましたから、自分も“優勝するだろうな”と思っていました。でも世界大会ともなると相手も猛者揃い。その緊張感の中で“優勝”はやはりすごいことです」
岡田、玉木も1回戦を勝ち抜いたが、2回戦での敗退となった。
「ワールドマスターで1回勝つというのは、他の大会で優勝するほどの強さです。岡田さんは、“茶帯”という、5段階レベルの上から2番目のクラスですから当然相手も相当の実力者。柔術の帯の昇格は、力量だけではなく、経験年数や練習との向き合い方も評価されますから、長いこと鍛錬されてきたんだな、と、非常に感銘を受けました」
大人になってから始めた格闘技で国際大会に挑戦する。それほどまでに熱くハマる柔術の魅力を「やるのとみるのとでは全く違う、思考のスポーツ」であると山田さんは語る。
大人になってからの格闘技。会員は初心者が7割!
“格闘技”というと、気軽にできるスポーツではないといった認識がある。しかしトライフォースでの会員は意外にも7割が柔道や格闘技未経験者。そのうち全体の2割ほどは女性が占める。
「柔術は寝技が中心で、打撃やキックなどがなく、年をとってもできるスポーツです。健康維持のためにと、体力が落ちてきたと感じる40代、50代からでも始める方はいます。相手と組んで行うスパーリングは、非常に運動効率も高く、有酸素運動の要素プラス、引っ張り合う力も使うので筋力トレーニングにもなる。偏りなく全身に自然な筋肉がつきます。ですから、強くなりたいといった競技思考の方から、ストレス発散や、ダイエット目的といった人など、始める理由はさまざまといった印象です」
他の格闘技に比べ、大きなケガにつながる心配が低いところも魅力だ。
全国に約50の支部を構えるトライフォースには現在、上は60代後半、下は3歳ほどのキッズまで幅広い年齢がレッスンに参加しているという。
今回の世界大会挑戦者も全員40代で初挑戦ということに驚いた人も多いだろう。柔術は実戦を非常に重んじているため、日本でも大会が多く開かれ自分の適する階級にエントリーさえすれば年齢、経験値に関係なく出場できる。何歳になっても大会に出場し、実践の緊張感を味わえる。さらに、世界に挑戦できるといった点も夢があるといえる。
会員の職種もさまざまだという。
「学生より社会人の方が多いですね。会社員、医者もいれば弁護士、会計士、教師……全職種の方がいらっしゃるんじゃないかというほど多種多様です(笑)」
職種や立場関係なく、組み合い、フラットに技に関して議論を交わす。
「身ひとつの、相手との距離感が近い競技だからこそ、相手の本質的な部分が見えてくるというか……。会員さんは国籍もさまざまですが、みんな仲がいいですね。技をかけ合いながら対話するようで、自分は一種の言語のようにすら感じます」
一度始めると、何十年も続けたくなる魅力
では、具体的に“柔術”とはどんなスポーツなのか。柔術にもさまざまな流派があるようだが、ルーツはブラジルに移住した柔道家・前田光世が地元の有力者グレイシー一族にその技術を伝えたことから始まる。
護身と格闘技という側面を持ち、寝技を主体とする組み技で勝敗をつける。柔道のように投げ技では勝敗は決まらない。力業ではなく、小柄でも体格や力の差のある相手でも勝てるように考案された格闘技が柔術なのだ。この魅力を世に知らしめたのが、1993年の異種格闘技戦(UFC)。大柄でパワーに勝る、パンチやキックが得意の選手に勝ち続けた。
20年以上柔術を趣味とする40代の男性は、「柔術家のホイス・グレイシーが、パンチやキックをほとんせず、相手に流血させることなく、自分より大きな選手に「参った」と言わせて勝ち進み優勝したんです。当時、見ていて魔法のようだと思った。自分もやってみたいと思いました」と語る。
当時は格闘技全盛期。そのルーツが日本を代表する競技・柔道であること、欧米と比べると体格で劣る日本人に、小柄でもパワーで劣っていても勝てることが、非常に親近感をもたらし第一次ブームとなった。
ただこの柔術という競技、正直、寝技中心で未経験者は見ていても何が起こっているかわかりにくい。
「それが柔術が“DO(やる)スポーツ”と言われる所以ですね(笑)。見て楽しむというより、実際にやっている人が一番おもしろい。例えば、開始の立ち合いから、自分がいかに有利な体勢にもっていくかがポイントなのですが、ここから駆け引きが始まるわけですよね。有利なポジションをキープすることはもちろん、不利な体勢からいかに脱するか、その思考がある種“知恵の輪”のようだとも例えられます」
ここが、マック・ザッカバーグや、イーロン・マスクなど世界の実業家や、ビジネスマン、ストイック系職業の人を魅了するポイントだろう。
「最初の組み合いから、自分のいいポジションに持っていけたとします。でも技をかけるには、常に姿勢を変化させ続けなければならない。いいポジションをとれただけでもポイントはつきます。でも、当然相手も逃れようと動くわけですから、そこからリスクを取りつつさらに自分の決め技へもっていくための姿勢へとどんどん変化させていくわけです」
また逆に、不利な姿勢であっても、相手の攻撃を脱するための思考や姿勢がある。どんなに不利でも必ず突破口がある。
「一瞬で片が付く打撃試合ではなく、さらに不利な姿勢が続いてもそれで負けといったルールではないので、考える時間があるわけです。相手の動きを感じながら、常に考えながら行うスポーツです」
今がどんなに安泰な状態でも、さらに高みを目指し変化させていくことは一流の実業家には必須の思考能力。さらに、どんなに窮地でも必ず脱する術があると解決策を模索する思考の訓練は、普段の生活や仕事にも非常にいい影響をもたらすと山田さんは語る。
飽きっぽい人にはぴったりの競技
これらの技の組み合わせは野生の勘などではなく、すべて体系化されているものだという。実際にトライフォースでは何百という組手のレパートリーが紹介されている。
「技をうまく組み合わせる、パズル的要素もありピースがハマると小柄な人でも大きな人を組み伏せ、圧倒することができますし、終わった後には気持ちよく頭が疲れます(笑)。テクニックも当然ですが、技のレパートリーがとにかく多い。続けていくうちに、あれもこれもと技がでてきて、飽きる暇がない。飽きっぽい人にはぴったりの競技だと思います」
年齢も経験も体格も性別も関係なく、始められる格闘技。スポーツの秋に趣向を変えて、「思考のスポーツ」に挑戦してみては。