コロナ禍と猛暑が落ち着き、紅葉が美しい季節ももうすぐ。念願の登山を始めようと考えている人も多いのでは。
低山にも危険が潜む
しかし、山の遭難事故は増え続けており、'22年は統計をとり始めて以来最多の3015件。死亡・行方不明者はうち327人。
いったん遭難してしまうと、多額の遭難救助費用がかかることも。警察・消防の捜索だけでは人手が足りず民間の救助機関に依頼する場合があり、その場合は1人につき1時間数万円かかる。
例えばヘリコプターを使う場合、1時間あたり50万円以上。長時間の捜索となれば100万円を超える。
「初心者向けの低山だから安全」ともいえない。'18年に父親と小学生の子どもが遭難し、亡くなる痛ましい事故が起きた五頭連山は標高900m台だ。
日本山岳ガイド協会の認定登山ガイドとして、多くの登山者に同行した経験をもつ柏澄子さんは、「山は自然が相手。万が一を考えることが大切です」と警鐘を鳴らす。
ささいな不注意・ケガが命取りに
山では、ささいな不注意が死亡事故につながることも。
「気をつけてほしいのは、滑落です。どんなになだらかに見える場所でも、転がり落ちて木に当たれば万が一のこともありえます。命があっても、骨折したら自力で下山できず、救助を呼ぶことになります」(柏さん、以下同)
たとえ幅のある道でも、他の登山者に道を譲るときは必ず山側によけ、すれ違う人たちの方向を向き、その動きをしっかりと見ること。
「熟練者でもリスクはつきもの。経験豊かな知り合いの山岳カメラマンが、すれ違いの際に谷側によけ、滑落して亡くなったことがありました。初心者ならなおのことよい“クセ”をつけて、身の安全を守りましょう」
休憩時にも注意が必要だ。
「休憩場所は、石や岩が落ちている谷地は避けて。上から石が落ちて頭に当たる可能性があります。また、山頂でコーヒーやラーメンを調理して食べる場合は、バーナーの転倒にご注意を。火傷(やけど)をしても、山では患部を冷やすための水もありません」
蜂の脅威もある。
「蜂は黒いものに寄ってくる性質がありますから、黒いウエアは避けるほか、登る山にビジターセンターがあれば、蜂の巣の発見情報がないかチェックをしましょう」
さらに柏さんが大きなリスクとして挙げるのが、低体温症だ。これは身体の深部が35度以下になることで起きる症状で、筋肉の硬直や震え、判断力の低下などの症状が現れる。
冒頭に挙げた五頭連山の遭難事故でも、親子の死因は低体温症だった。'09年に起こった北海道大雪山系トムラウシの遭難事故では、8人が低体温症に命を奪われた。
「低体温症が進むと、正常な判断力が奪われることもあるんです。遭難した方のザックから、未使用の防寒具が出てきたという例も。低山でも、汗をかく、雨に濡れるなどでジワジワ体温を奪われれば低体温症になるリスクは十分にあります。
必ず速乾性のある化繊のウエアやズボンを身に着け、アウトドア専用のレインウエアを持っていきましょう。汗を逃す機能にも優れているので、身体が濡れません。雨具は風も防げます」
濡れると乾きにくい綿のTシャツやズボンはNGだ。また、雨具はザックの出しやすい位置に入れ、雨が降ってきたらすぐに着用を。
山の天気は変わりやすいが、山専用の天気予報アプリもある。無料のサービスもあるが、柏さんのおすすめは「ヤマテン」。月額330円だが、精度の高い天気予報を確認できる。
「登山が趣味の方が、『雨が急に降ってきたから対処できなかった。そのまま歩いてしまい、びしょ濡れになった』とおっしゃって驚いたことがあります。低体温症のおそれもあり、それは大変危険です。
パラパラと雨が降り始めたらすぐに雨具を着用。多少濡れてしまっても、それ以上体温を奪われないために、必ず雨具を着ることが大事です」
10月でも意外と暑い日があり、寒暖差が激しい。
「秋とはいえ暑い日は熱中症に注意を。登山中に失われる水分は行動時間×体重×5ml。体重50kgの人が4時間歩くと1Lです。持参する水分はこの8割を目安に。
さらに、標高が100m上がるごとに気温は0.6度下がります。山の季節は平地よりも進んでいますから、防寒具も1枚用意を。体力を過信せず、万全の対策を取ってください」
太陽、ヘッドランプ……「光」も安全の鍵
秋は日が短くなり、木々に囲まれた山であればなおのこと早く暗くなってしまう。
「登山は日があるうちに下山するのが鉄則。日が落ちれば、山はまったく光がありません。日没の2時間前に下山できるよう、計画しましょう」
登山計画を立てるときは、「ここのポイントを何時までに通過。それができなければ下山」と決めておくこと。
「それを同行メンバー全員で事前に共有しておくことも大切です。登山時に、なかなか『引き返そう』とは言い出せないことも多いものです。万が一に備え、ヘッドランプは1人1個持って行きましょう。光さえあれば、自力で下山できる可能性が高まります」
ほかにも、もしもに備えて、最低限のケガに対応できるファーストエイドキットは必ずリュックに入れておこう。
「秋の山は、空気が澄んで、遠くの山がよく見えて、登山が楽しいシーズン。しっかり備えて安全に楽しみましょう」
これはNG!山装備
素人が「これでいいだろう」と考えがちな装備には、実は危険が潜んでいることも……。
●黒い帽子、黒い服でコーディネートする
蜂は秋でも活発で、黒い色に寄ってくる習性が。ウエアは黒以外にし、帽子をかぶって髪を覆う。
「黒い装備は遭難時に発見されにくいリスクも。自然界にない青色のウエアがおすすめ」
●雨具は100均のレインコートを持参
100円均一のレインコートは、汗による湿気を逃がす機能がなく、中はベタベタになり、低体温症のリスクが増す。
「雨が激しくなると外からも水分がしみてきます。専用のウエアを」
●履きなれた運動靴で山へ行く
どんなに履きなれた靴でも、足首は守ってくれない。
「足首まである登山靴を履くことで、特に普段の歩行と違う筋肉を使う下りの負担やケガのリスクがまったく変わってきます」
●いざというときはスマホのライトに頼る
日が落ちたときもスマホのライトがあれば解決と思いがちだが…。
「照らせる範囲が狭く、歩行は困難。手がふさがるので転倒の危険も。ヘッドランプは1人1個必須です」
買うのが高いと感じたら……レンタルもおすすめ!
「1度の登山のために専用のウエアを買うのは……」という人には、レインウエアからザック、登山靴までをレンタルできるサービスも。
例えば雨具上下と防寒着のセットは1泊2日で5000円。登山靴なども含めたセットもある。
日帰りでも必ず持つべき“ファーストエイドキット”
ケガをしたときも、応急手当てができれば下山がぐっと楽に。最低限は備えておこう。
(1)いろいろなサイズのばんそうこう
転べば大きな擦り傷ができる可能性も。大小さまざまなサイズを持っていると便利。
(2)鎮痛剤
ケガをしたときも、痛みを和らげてくれる鎮痛剤があると精神的にも助けになる。
(3)真水
擦りむいたときなどは洗浄が必須。真水があれば患部を洗い流し、清潔に保てる。
(4)テーピング
捻挫などの患部を固定できるほか、雨具が破れたときの応急処置などにも。
(取材・文/仲川僚子)