写真はイメージです

 “熟年離婚”ならぬ“死後離婚”、聞きなれない人も多いだろう。「まだ一般的ではないため、誤解も多いのが現状です。通常の離婚と違って、手続きしたら取り消せないので注意を」と、弁護士の後藤千絵さん。死後離婚のメリットとデメリットは?不仲な義父母と縁を切りたい人は要チェック!

婚姻期間中に配偶者が死亡した場合は継続される

 夫に先立たれ、仲の悪い義父母や親戚との関係だけが残ったとしたら、気が重いはず。そんな事態を避けるために、“死後離婚”を選択する人が増えているのをご存じだろうか。

「死後離婚とは、配偶者の死後に『姻族関係』を終了させる手続きを指します。姻族関係とは一方の配偶者と他方の配偶者との血族の関係のことで、妻から見た場合、夫の両親や兄弟姉妹との関係が姻族関係です。

 姻族関係は離婚をすれば終了しますが、婚姻期間中に配偶者が死亡した場合は継続されます。それを完全に断ち切れるのが死後離婚です

 こう説明するのは離婚問題に詳しい弁護士の後藤千絵さん。法務省戸籍統計によると、直近2021年の死後離婚件数は約3000件にのぼる。10年前の1.5倍に達し、一時期は5000件に迫る年もあった。

増加の背景には、核家族化による希薄な親族関係が影響しているのでしょう。義理の親と同居せず別々に暮らしてきたにもかかわらず、夫の死後、介護や扶養を頼られたら、困ってしまうのは当然です。

 ましてや不仲の関係だったら、同居していた場合も含めてその思いは強くなるもの。結果、死後離婚を選ぶということが考えられます」(後藤さん、以下同)

 ただし、やみくもに選択するのは好ましくない。死後離婚はいまだ広く認知されていないため、誤解されているケースも少なくないからだ。

死んだ夫との離婚と勘違いしている人は多いです。そもそも離婚は夫婦が共に生存していなければ行えません。前述したとおり、義理の親やきょうだいなどと縁を切る手続きと認識してください。それでも実際は、生前の夫との不仲が理由で踏み切る人も一定数はいると思います

写真はイメージです

 

 気になるのは、残された妻が義理の親の介護や扶養の義務を負うケースがどれくらいあるかだろう。

実は、死後離婚をしなくても、一般的に介護や扶養の義務が生じる例は多くはありません。現実的にはその可能性は低く、民法上の規定や、特別な事情に該当した場合に限られます

最終手段として死後離婚を検討を

 規定や特別な事情の内容は?

「例えば義理の親と同居していれば、義理の親が経済的に困ったときに扶助しなければならないと規定されています(民法730条)。

 同居していなくても、義理の親から多額の資金援助を受けた過去や、通常、扶養義務を負う直系血族が生活苦に陥っているなどの特別な事情があった場合には、家庭裁判所が残された妻に扶養義務を負わせることも考えられます(民法877条2項)。そういった可能性を完全に排除したい人に限り、最終手段として死後離婚を検討すればいいでしょう

 死後離婚の手続きは、配偶者との「姻族関係終了届」を自身の本籍地または住所地の市区町村役場に必要書類とともに提出すればOK。この手続きに配偶者の親族の同意はいらず、自らの意思のみなのでハードルは低い。

死後離婚が完了したら、戸籍には『姻族関係終了』と記載されます。記載されるだけで、義理の親などには通知されません。したがって、どのように関係者に伝えるべきか、そこは注意が必要です

 では、死後離婚にはどんなメリット・デメリットがあるのかを見ていこう。まずはメリットから。

前述のとおり、義理の親の介護や扶養の義務がなくなるのが第一のメリットでしょう

 姻族関係は消滅し、「赤の他人」となるため、負担を恐れる必要はないのだ。

通常の離婚の際には、原則として元配偶者は遺産相続や遺族年金の権利を失いますが、死後離婚は姻族関係を終了するだけなので亡き夫との関係は変わりません。遺産相続や遺族年金への影響がなく、権利を有するのも大きなメリットといえるでしょう

死後離婚のメリット・デメリット

 そのほか、義理の親と同居をしていた場合、死後離婚をきっかけに同居を解消しやすい利点があるという。

死後離婚のデメリットは

 一方、デメリットも忘れてはならない。

一番は、お子さんとの関係に及ぼすマイナスの影響です。特に父親を慕っていたときは顕著で、お墓参りや法要へも参加しづらくなるため、『死んだ後に縁を切るなんてひどい!』などと憤りを覚えやすい。結果、お子さんとの間に溝ができてしまう可能性が考えられるのです

 義父母との縁が切れることによる弊害も待っている。

義父母から何かしらの経済的な援助を受けていた場合には、ストップとなるのは避けられないでしょう。以後、金銭などを頼れないのが実情だと思います。そして、そういったことを後悔し、元に戻したくても、一度行った死後離婚の手続きを取り消すことはできないというのもデメリットになります

 事後のトラブルを避けるには、関係者への事前の説明は不可欠に。どのように伝えれば理解を得られる?

「お子さんに対しては、例えば『おばあちゃんとはもともと性格が合わなくて関係を解消することにしたけど、○○(子どもの名前)とおばあちゃんの関係は変わらないから、会いに行っていいんだよ』と。

 死後離婚を決めた個人的な事情と、影響の範囲は自分だけだということを伝えるのが最善策かと思います。夫の親族に対しては、仮に義理の姉が話のわかる人だったら、義姉にだけ個人的な事情を伝えるのが望ましいですね

 人によって死後離婚を選択した場合のメリット・デメリットは変わってくる。衝動的に行動するのではなく、十分考えてから決断することが、後悔のない第二の人生につながるはずだ。

【“死後離婚”が分けた女性たちの明暗】

実例1(60代女性、M・Sさん) 子の理解を得て新たな人生をスタート

 熟年離婚の相談で、後藤さんのもとを訪れていたMさん。専業主婦のMさんは夫の両親と同居。嫁姑問題と、夫が必ず母親の肩を持つことに長年不満を抱えていたという。

そんな矢先、夫が病気で亡くなってしまいます。義母は変わらずMさんにあれこれ用事を頼み、煩わしい思いが募るばかり。我慢の日々が続く中、結婚し独立したお子さんの一人から同居を誘われ、死後離婚を決断して亡き夫の実家から脱出したのです

 子どもが同居を誘ったのは、母親が祖母からいじめられているのを知っていたから。かわいそうに感じていて手を差し伸べたそうだ。

死後離婚の制度もお子さんがネットで見つけ、母親に提案したんです。お子さんが味方なので家族とはトラブルにはならずにすみ、意外にも義母もすんなり受け入れたという話でした。円満な死後離婚といえるのではないでしょうか

実例2(40代女性、I・Yさん) 軽率な判断で自分の首を絞める結果に

 40代で夫に先立たれたIさん。夫は職場結婚した同期。3人の子どもを残し、突然の別れだった。葬儀後、地方の田舎町にある亡き夫の実家へ。

 都会育ちのIさんは田舎を好まず、付き合いの薄かった親族と関係を続けることに抵抗を覚えた。そこで軽い気持ちで死後離婚を選んだのだが、問題が発生して後藤さんに相談をもちかけてきたという。

お子さんから『田舎のおばあちゃんが大好きだったのに』と、強い抗議を受けたそうです。お子さんたちは夏休みなどに田舎をよく訪れ、思い入れが強かったようですね

 加えて、子どもの大学受験でお金が必要な事態にも直面。

Iさんはキャリアウーマンで経済力があったのですが、一番上のお子さんだけでなく2人目のお子さんも私立大学を希望し、首が回らなくなって。しかし、『義父母には頼りたくても頼れない……』とこぼし、死後離婚の選択を後悔されていました

取材・文/百瀬康司

後藤千絵さん 弁護士、フェリーチェ法律事務所代表。損保会社勤務などを経て、30歳過ぎから法律の道へ。2008年、弁護士登録。'17年、スタッフ全員女性の同事務所を設立。家族事案を得意とし、離婚問題は女性を中心に年間300件の相談に乗る。

 

死後離婚のメリット・デメリット

 

後藤千絵さん

 

写真はイメージです

 

写真はイメージです