「クイン」の名物ママ“りっちゃん”こと加地律子さん。厨房にいるのは夫の孝道さん。

「深夜営業という形態になってからは、“ご飯を食べに行く”というより“りっちゃんに会いに行く”のが目的という人のほうが多かったのではないでしょうか。まさに、新宿二丁目の母であり、ゴッドマザーです。20年くらい前、りっちゃんもこの界隈ももっと元気だったころは、明け方近くに二丁目の民たちが店の下で『りっちゃーん!』と叫び、それに対してりっちゃんが店の窓を開けて『金持ってこーい!』と言い返す姿も印象的でした(笑)」(二丁目の飲食店関係者)

 LGBTQの人々が集うことで知られる東京・新宿二丁目。ここで53年続いた食堂「クイン」が9月30日、惜しまれつつ閉店した。

 深夜から午前9時までの営業、思わず二度見してしまうほど安い価格が並ぶメニュー、さまざまな事情を抱えた人たちが集う人間模様の交差点――、というドラマチックなシチュエーションということで、全国紙やテレビなど数々のメディアにも登場してきた当店。最近ではドキュメンタリー番組『72時間』(NHK)や、『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)では2週にわたって取り上げられ、話題となった。

 前出の「りっちゃん」ことママの加地律子さん(78)と、厨房を仕切る夫の孝道さん(78)が2人で切り盛りしてきたこの「クイン」。二丁目きっての名物店が閉店するということで、公表してから最終日まで名残を惜しむ人たちが大勢訪れたという。

午前8時に「クイン」を訪れると

53年の歴史を閉じた深夜食堂「クイン」

 閉店予定日の数日前、そんな“伝説の店”に訪れてみた。「一応深夜0時オープンのはずだけど、ここ最近は何時に開くかわからない」(二丁目界隈の常連)とのことだったので、午前8時に店のドアを開いてみることに。すると、朝日が降りそそぐ時間にもかかわらず3組ほどがテーブルを埋め、酒を酌み交わしていた。客たちと楽しげに話していた律子さんがこちらに気づき、話しかけてくれる。

「よく一人で入れたね―。飲めるの? じゃあ、ビールだ」

 有無を言わせない采配をし、『ザ・ノンフィクション』でもやっていたとおり小瓶を栓抜きでカンカン叩きながら持ってきてくれた律子さん。ハンバーグなど店の名物料理を注文後、お店がなくなることが残念だと伝えると、

“オレ”ももう年だからねー。もう、(お店を続けることは)いいの。儲かんないし。昔は24時間営業もしてたし、芸能系の手伝いみたいな仕事もしてたから儲かったの。宝石も洋服も大好きで、百貨店で1000万円は使ったよー。ほら、これ見て」(律子さん)と、指差す胸元には、立派なイエローダイヤが輝いていた。

“占い師”の一面もある律子ママ

 この日はバブルの頃から通っていて、10数年前に自身の還暦祝いを「クイン」で催したという常連さんの姿も。

ハンバーグとハムエッグ。いずれも「クイン」の名物料理だった

「以前はモーニングやランチ営業が主体で、安い定食とランチビール目当ての営業系のサラリーマンたちの憩いの場でもあったんです。その後24時間営業にして、シフトの管理が大変だということで深夜営業にしたそうですよ。客層は変わりましたが、りっちゃんは変わらないですね(笑)。一人称は“オレ”で、ズケズケ言うし下ネタもバンバンだけど、温かい。定食が500円台と安いのも、お店を終えてからやってくるお金のないゲイバーのスタッフたちのことを思っての価格帯だそうです」(古くからの常連さん)

 律子さんに今後のことを聞いた。

「わかんないね。とりあえず休む」(律子さん)

 ゆっくり羽を休めてほしいものだが、こんな情報も。

実はりっちゃんには占い師の一面もあるんです。霊感もあって、オリジナルの占術も持っているんだとか。50年以上、二丁目でいろんな人たちの相談に乗ってきたという実績もありますから、当たる当たらない以前に頼りがいはありますよね」(前出・二丁目の飲食店関係者)

「クイン」のシャッターは降りたものの、律子さんの“新宿二丁目の母”という看板は当分下りそうにない――。

53年の歴史を閉じた深夜食堂「クイン」

 

ハンバーグとハムエッグ。いずれも「クイン」の名物料理だった

 

53年の歴史を閉じた深夜食堂「クイン」の店内

 

破格の価格が並ぶ「クイン」のメニュー表

 

「クイン」の名物ママ“りっちゃん”こと加地律子さん。厨房にいるのは夫の孝道さん。