「過換気症候群は、極度の緊張やストレスを受けたことが原因で、突然呼吸が激しくなり、回数が多くなることで、頭痛やめまい、手の指先や口のまわりのしびれなどが出る病気です。筋肉のけいれんや硬直状態が起こることもあり、そのまま失神してしまう人もいます」
と教えてくれたのは、心療内科医の小野陽子先生だ。
発症率は女7:男3、女性が圧倒的に高い
「発症率の男女比は女性7、男性3と、圧倒的に女性のほうが高く、一度発症すると、約7割の人が繰り返すといわれています」(小野先生、以下同)
芸能人ではオードリーの若林正恭(45)や、美容家のIKKO(61)が発症を告白。若林は緊張しやすいタイプであると自身を分析し、現在も通院治療中。
来年に東京ドームでの大きなイベントを控えているので、運動で心肺機能を鍛え再発防止を意識していると、自身のラジオで公表した。
緊張や不安、嘔吐もきっかけになる
過換気になる原因は何なのか。
「過換気状態に陥るには、何かしら必ず誘因があります。人間関係や仕事などの不安があるときや緊張感が高まったときです。また、嘔吐の際に息がうまくできなくて、その不安感から過換気の発作が出ることもあります」
過換気症候群の発症が女性に多い理由は、この誘因と深く関係している。
女性ホルモンであるエストロゲンには気分をコントロールする作用があるのだが、それらの影響などから、女性は不安が高まりやすい気質的特徴があるのだ。なりやすい人の特徴として、次の3タイプが主に挙げられる。
●女性で不安を抱えている人(持病がある、仕事、人間関係など)
●緊張しやすい人
●医療機関でパニック症、不安症と診断された人
「若い女性に比較的起こりやすい病気ですが、中年以降にも発症の危険性はあります。特に更年期は、介護や子どもの独立、家族の病気など不安な状態や緊張を強いられる場面があり、注意が必要です」
どうして過換気症候群になるの?
不安や緊張が引き金となって、息をたくさん吸ったり吐いたりする「過換気状態」になる。
→息苦しくて不安になり、さらにたくさん呼吸をしようとすると、体内の二酸化炭素が急激に少ない状態になって、血液がアルカリ性に傾く。
→その結果、血管の収縮や頭痛、手足がしびれるなどの症状が出現する。焦って、もっと呼吸が苦しくなり、悪循環に。
息を吸いたくても吸えない悪循環に
さまざまな症状が出る過換気症候群。身体の中では、何が起こっているのか。
「通常、人間の呼吸は1分間に10~14回程度ですが、これが20~30回に増えると過換気という状態になります。これは体感するとわかるのですが、かなりせわしなくひっきりなしに呼吸をしている状態。
呼吸の回数がここまで増えると、1回の呼吸は浅くなり、酸素を吸わずに二酸化炭素をどんどん吐き続ける状態になります。
通常、人間の血液は中性に保たれているのですが、二酸化炭素を多く出しすぎると、血液がアルカリ性に傾いてしまいます。この影響で手足の血管が収縮し、手足のしびれやけいれんなどの症状が出てきます」
発作が出た場合の対処は、気持ちを落ち着かせ、ゆっくりと呼吸を元に戻すこと。しかし、呼吸ができなかったり、手足がしびれ出すとさらに不安を感じて苦しさが増すという悪循環に陥る。
「呼吸中枢はアルカリ性の身体を酸性に戻そうと呼吸回数を減らせと指令を出して、呼吸を止めようとしてくる。気持ちとしては呼吸ができない苦しさや息苦しさからなんとか呼吸したい!と焦る。つまり、息を吸いたいのに吸えないという状態になります」
過換気の発作は10分程度で収まることが多く、長くとも30分から60分ほどで落ち着く。ただ、悪化すると倒れ込んでしまい、この間に救急搬送されるケースもある。
よく間違われるパニック症との違い
過換気症候群とよく似た病気にパニック症があるが、この違いは何なのか。
パニック症は、何の前ぶれもなく起こるというのが特徴。誘因がある過換気症候群とはその点で違っている。
「アメリカ精神医学会の定義によると、突然、何のきっかけもなく急に出て、その動悸(どうき)や恐怖が10分以内に頂点に達するのがパニック症です。原因はなく、ただ朝食を食べているとき、ソファでくつろいでいるときでも起こる。
これに対して過換気症候群は、先に挙げたような誘因が必ずあるので、別の病気とされています」
ただ、パニック症が過換気症候群の誘因になるなど、2つの病気はオーバーラップすることもある。IKKOも、当初は過換気症候群と診断されたものの、後にパニック症も発症していると診断された。
繰り返すなら受診を家でできる予防法も
過換気症候群という自覚がないまま、再発しているケースもあるという。
身体は健康で、肺炎など呼吸器系の病気でないにもかかわらず、不安になると呼吸が苦しくなる……という症状があるようなら、心療内科を受診してほしいと小野先生。
「まずは、呼吸器内科で呼吸器系の異常がないことを確かめてから、心療内科の受診を。一度きちんと診てもらって、自分の身に何が起こっているのかを説明してもらうだけで、ずいぶんと安心できるものです」
診断された場合、どのような治療を行っていくのか。
「発作が起こりそうなときに行う呼吸方法の指導や、誘因となっている過度なストレスの原因を突き止め、どのようにそのストレスと向き合うかなど、カウンセリングをしていくのが主な治療法です。不安感が強い場合には、抗不安薬を処方することも」
もし、自分や周囲の人が発作に見舞われたら、対処法はひとつ、「ゆっくり大きく呼吸すること」。とっさのときでも落ち着いて実行できるようにしたい。
また、自分で手軽にできる予防法もある。自律訓練法といわれるもので、身体の臓器や筋肉を調節する自律神経のバランスを整える効果がある。
「(私は今)気持ちが落ち着いている」など、決まった言葉を心の中で唱えながら自分に暗示をかけていく。自律訓練法を行うときは、毎回同じ言葉を心の中で唱えるのがポイントだ。
今回は取り入れやすいように、省略版を紹介するので、不安を感じやすい人や、発作を起こした経験のある人は、試してみてほしい。
自律訓練法のやり方
不安を感じやすい人におすすめ
全身をリラックスさせることができるようになる、一種の自己催眠療法。「交感神経」と、「副交感神経」のスイッチを操れるようになり、自律神経のバランスを調整、強化する。
【準備】
リラックスした姿勢をとる。
【気持ちを整える】
「気持ちが落ち着いている」と、心の中でゆっくりと繰り返す。
【手足の重たさを感じる】
利き腕に意識を向け、「右腕(利き腕)がとても重たい」と心の中でゆっくり唱えて重さを感じる。順に「左腕が」「右足が」「左足が」と同じように心の中でゆっくり唱えながら、重さを感じる。
【手足の温かさを感じる】
利き腕に意識を向け「右腕(利き腕)がとても温かい」と心の中でゆっくり唱えて温かさを感じる。順に「左腕が」「右足が」「左足が」と同じように心の中でゆっくり唱えながら、温かさを感じる。
【消去動作】
ゆっくりと目を開き、手を前に出し、力を入れてグーの形をつくる。勢いよくパーの形に開く。これを何度か繰り返す。
(取材・文/野沢恭恵 イラスト/伊藤和人)