第32回 井ノ原快彦
10月17日より、社名変更したジャニーズ事務所。東山紀之・井ノ原快彦(以下、イノッチ)両氏による同月2日の会見も成功したとは言えないでしょう。
どこをどう掘ってもヤバい事実しか出てこない今、ジャニーズ事務所に残された最後の手段は「情に訴える」ことでしょう。「彼らのしたことは悪いことだけれど、致し方ない部分があった」と大衆に思ってもらえれば、罪は免れなくても印象を変えることはできるのです。そう考えた場合、経営陣を「経営のプロ」に任せるよりも「自分を見せるプロ」である芸能人の存在が、適任と言えるのではないでしょうか。
弱さを隠さないでさらけ出した会見
それでは情に訴えるとは、具体的にどういうことなのか。先だっての会見は、弱さを隠さないでさらけ出していましたが、それこそが情に訴える手段と言えるでしょう。まず、藤島ジュリー景子氏は出席せず、イノッチが彼女の書いた手紙を代読しました。往年の「おしゃれカンケイ」(日本テレビ系)かよ!アコーディオンの音色が聞こえてくるよ!と突っ込んだのは、私だけではありますまい(筆者注:「おしゃれカンケイ」とは、ゲストの芸能人にゆかりのある人が書いた手紙を番組の最後に司会者が読んで、ホロリとさせる番組です。詳細は周囲の中年に聞いてください)。彼女は母親であるメリー喜多川氏の強すぎる支配により、20代の頃からパニック障害を抱えており、会見中に発作を起こす可能性があるために参加を見合わせたとのことです。
病気はプライバシーの一つですが、特にパニック障害のようなメンタルの病を打ち明けるのは、勇気がいることだと思います。生まれながらのアイドル帝国の後継者で、苦労知らずのお嬢さまと見られていたジュリー氏が若いころから毒親的な母との関係に悩み、人知れずパニック障害を患っていたという弱さを見せたことで、ジュリー氏に対するイメージは「恵まれていることは確かだけれど、人に言えない苦労もした人、問題のある家族にふりまわされた人」というふうに変化したのではないでしょうか。
ジュリー氏は、手紙の中で「加害者の親族として、やれることが何なのか考え続けております」と明かしていますが、「血のつながり」を訴えることも「情に訴える」ということだと思います。ほとんどマスコミに出ることがなかったジュリー氏が記者会見に出ざるを得ないのは、彼女が喜多川氏の姪だからではなく、代表取締役社長としての責任を問われたからなのです。しかし、意図的かどうかはわかりませんが、ジュリー氏はそこをうまいこと「血のつながり」にすり替えて見せました。
一般にアジア人は血のつながりを重視すると言われています。「犬神家の一族」(角川文庫)など、横溝正史センセイの名探偵・金田一耕助シリーズは、血縁や家制度、そこから生まれる因習に縛られた女たちがやむにやまれぬ事情から、陰惨な殺人に手を染めていくという共通点がありますが、ジュリー氏が「喜多川家の一族」を強調することで、「家の犠牲者だ、かわいそうだ」と見る人もいるのではないでしょうか。
もう一つ、「情に訴える」手段として「身を捨てて、弱い者を守ろうとする」ことがあげられるでしょう。会見中、質問をしたいのに指名されない記者と司会者の間で小競り合いが起きたとき、イノッチは
井ノ原発言は“論点ずらし”と批判の声
「会見は、全国に生放送で伝わっております。小さな子どもたち、自分にも子どもがいて、ジャニーズJr.の子たちも見ています。被害者のみなさんも『自分たちのことで、こんなに揉めているのか』っていうのは、僕は見せたくない。できる限り、ルールを守っていく大人たちの姿を、この会見では見せていきたいと、僕は思っています。どうか、どうか落ち着いてお願いします」
と呼びかけ、ネットで称賛の声が上がったのでした。
井ノ原発言を子どもたちや被害者に寄り添い、身を挺して弱い者を守ったと見る人もいるでしょう。しかし、私はなんだそりゃと思ってしまったのでした。記者と司会者が揉めていたのは、一社につき質問は一つまでということと、挙手しても当ててもらえない人がいたから。つまり、記者会見のやり方に問題があるわけで、子どもには何の関係もありません。
しかし、子どもという“弱き者”を使うと、情にほだされやすい多くの日本人には、称賛されがちです。専門家は井ノ原発言をトーンポリシングという論点ずらしだと批判していましたが、私はこれはイノッチのおはこというか、芸風だと思いました。
イノッチと言えば、NHKの生活情報番組「あさイチ」で有働由美子アナウンサーとタッグを組んで進行役を務めていました。同番組ではセクハラを取り上げたことがありましたが、イノッチは「この番組でも結構思うことは多い」「“縁結び”とかのネタの時に有働さんに全部振るのはどうかと思う」と番組の姿勢を批判し、称賛されました。しかし、ここで忘れてほしくないことは、有働さんが自分から「さみしい独身」ウリをしていることではないでしょうか。
有働アナが何も言っていないのに、“結婚はどうなんだ”と出演者がやいやい詰め寄ったら完全にセクハラでしょう。しかし、有働アナ自身が独身自虐をするから番組はそこにのっかっているわけで、自分が言うのはいいけれど、他人に言われるとハラスメントというのは、ちょっと面倒くさいというか、筋が通らないのではないでしょうか。もし本当にハラスメントNOなのであれば、イノッチも「そういうことを言わないでいい」と有働アナの独身自虐をいさめる必要があったでしょう。しかし、それをすることは有働サンのキャラをつぶすことにつながってしまいますし、そうなると、イノッチ自身の「いい人キャラ」の出番も無くなってしまいます。ですから、問題の根本にはあえてふみこまず、自分の見せ場が増えたとしてキャラを演じていたのではないでしょうか。このように書くとイノッチの人間性を批判しているように感じるかもしれませんが、芸能人のお仕事は「自分をよく見せること」ですから、問題を根こそぎ解決するわけではない「正論風キャラ」を貫くことは当然の判断だと思います。
好感度が高いほど、バッシングも大きくなる
しかし、こういう弱い人の味方をする、もしくは情に訴えた発言が有効なのは、ウソや隠し事がない時に限るのではないでしょうか。会見の後、PR会社が作成した指名しない記者のリスト、通称“NGリスト”があったことをNHKが報じたこと、その存在をイノッチが知っていたことで、風向きが変わってきてしまいます。PR会社の仕事は、ジャニーズ事務所のイメージを上げることでしょうから、記者会見の支障となるような記者に注意することがおかしなことだと私は思いませんが、そのリストの存在がバレバレなのが、今のジャニーズ事務所の運のなさというか、詰めの甘いところ。私個人はイノッチが悪いとは全く思いませんが、こういう時、好感度の高い人のほうが反動も大きく、バッシングされてしまうのだと思います。
もう会見はやめたほうがいい
また、9月7日の会見直後に、ジュリー氏がハワイに行っていたと「週刊文春」が報じたことで、「バカンスなんていいご身分だ」と思う人もいたでしょうし、今回の会見を欠席したことで「ハワイには行けるのに、記者会見は無理ってどういうことだ」と矛盾が出てきてしまいます。こうなると「情に訴える作戦」として成立しませんし、かといって、10代の頃から芸能界にいる東山・イノッチは経営のシロウトですから、経営者として大ナタを振るうような決断が今すぐできるとは思えない。記者会見をすればするほど、ボロが出てきて収拾がつかなくなってしまうので、もう会見はやめていいのではないでしょうか。
それにしても、なぜリストが流出するという考えられないミスがあったのだろうと思わずにはいられないのですが、もしかすると変わったのはマスコミなのかもしれません。これまではジャニーズ事務所やその息のかかった人が詰めの甘いことをやらかしても、忖度して報じてこなかっただけのことではないでしょうか。しかし、今はNHKをはじめとしたマスコミが「ウチは関係ありませんよ?」とばかりに、ジャニーズ事務所の非を報じることで、自分たちの正当性を主張しているようにも見えてきます。社会的に影響力のある人の不祥事が数字を取る“強い者イジメ”の時代、東山・イノッチは絶好のターゲットとなっています。しかし、彼らに謝罪を求めるのなら、ジャニーズを肥え太らせた側に総括を求めることも忘れてはいけないと思うのです。
<プロフィール>
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」