いまや朝食に欠かせないのがヨーグルト。プレーンヨーグルトは独特の風味が当初は受け入れられなかったそうだけれども、その健康効果や企業努力もあり、すっかり日本の食卓に浸透した。ところでヨーグルトっていつからあるの? 名前の由来は? もっと美味しく食べるには? 識者に直撃しました!
'60年代までは“おやつヨーグルト”が一般的
プレーンヨーグルトの草分け的存在である『明治ブルガリアヨーグルト』は今年で発売50周年。今では食卓に欠かせない存在のプレーンヨーグルトだけど、意外と知らない話が満載! そんな知られざる「ヨーグルトのヒミツ」を、ヨーグルトの専門家たちに教えてもらった。
ヨーグルトに代表される発酵乳の歴史は紀元前数千年前に遡る。牧畜を始めた人類が、乳を入れておいた木桶や革袋に偶然入った乳酸菌によって生まれた。
原料は牛や馬、ヤギといった家畜の乳で、世界各地で特色のある発酵乳が食べられていたという。日本でも奈良時代のころに「酪(らく)」という名前の発酵乳が存在していた記録が残っている。
その数千年後、研究者によって乳酸菌の存在が発見され、1907年にノーベル賞を受賞した生物学者のメチニコフ氏が晩年、「老化は腸内腐敗により加速される」という説を唱え、長寿者が多いことで知られるブルガリアのヨーグルトを自らがとる食事療法を実践。ヨーグルトの健康価値を世界に広めた。
「'60年代までは日本で『ヨーグルト』といえば、加糖されていて小さな瓶に入った“おやつヨーグルト”が一般的でした」(株式会社 明治・田中陽さん)
甘くない「プレーンヨーグルト」が日本にやってきた大きなきっかけは、'70年の大阪万博。ブルガリア共和国のパビリオンで提供していたヨーグルトを、当時の明治(旧明治乳業)社員が見つけ、日本で商品化し'71年に発売したのが「明治プレーンヨーグルト」。
「ヨーグルトは民族の心」と断られる
当時は牛乳と同じパッケージ(500ml)での販売だったという。あれ? 「ブルガリア」の名前は?
「開発当時から、世の中にプレーンヨーグルトを広めるべく本場『ブルガリア』の名前をつけるべきだと考え、ブルガリア大使館を通じて交渉をしたのですが『ヨーグルトは民族の心、他国民が作ったものにその名を貸すわけにはいかない』と断られていました」(田中さん)
その後、大使館の職員やその家族を中心に試食会を行うなど、根気よく交渉を続け、
'72年に「ブルガリア」の国名使用許可を得たという。
「後年、ブルガリアの方にインタビューを行ったことがあるのですが、日本で売っているヨーグルトの中で『一番本国のものに近いのは明治ブルガリアヨーグルトだ』とコメントをいただいており、そこには自信を持っております」(田中さん)
パッケージに書いてある「ヨーグルトの正統」という言葉も、何千年ものヨーグルトの歴史を持つ本場ブルガリアのお墨付きである証拠! ちなみに原料の生乳を発酵させるブルガリア菌とサーモフィラス菌は、ブルガリアから輸入したものを培養している、まさに由緒正しきヨーグルトなのだ。
'73年、明治のヨーグルトは晴れて「ブルガリア」の名を冠し、本場の味を全国へ……と思いきや、加糖タイプのヨーグルトに慣れていた日本人は、プレーンヨーグルトの酸味に驚き、なかなか浸透しなかったという。
「前身のプレーンヨーグルトの発売後から『すっぱい、腐ってるんじゃないか』とクレームや返品が多数発生しました。これはひとつひとつ営業担当の社員が対応してかなり大変だったと、社内でも伝説になっています。その後、フルーツパーラーなどでイベントを開き、お客様がヨーグルトを試食できる場を増やし、本場の酸味を体験していただく活動を続けてきました」(田中さん)
そうした草の根的活動と、現在と同じ「フルオープンパック」というフタ付きの容器への変更をきっかけに、明治ブルガリアヨーグルトは今に続く、食卓に欠かせない存在になっていった。
ご当地ものは「夏はさっぱり、冬は濃厚」
この間、実は約2年に1回、パッケージの柄を変更。そして50年目の今年、新製法「くちどけ芳醇発酵製法」によって、ヨーグルトのかたさを維持しながらも、よりなめらかで濃厚さを感じる味わいに変化した。地道な努力から始まったプレーンヨーグルトは、これからも進化を続けていくだろう。
ここからは「カップヨーグルト研究会」の名でSNS上でヨーグルトのレビューを発信するヨーグルトマニアの向井智香さんに、プレーンヨーグルトの魅力を聞いていく。
「日本ではさまざまなフレーバーの甘いヨーグルトが出ていますが、私が海外の方に話を聞くと、プレーンヨーグルトは『すっぱい』のが基本で、日本のような加糖ヨーグルトは子ども向けの商品だと思っている人が多いように感じます」(向井さん)
特にヨーロッパなど、諸外国ではヨーグルトを食材として利用することが多いため、無糖のヨーグルトが一般的だとか。いわば、日本はフレーバー展開が豊富で、まさにそこが「楽しみどころ」のひとつだという。
では、日本国内の大手メーカーが販売しているプレーンヨーグルトや、各地方で作る「ご当地ヨーグルト」には、どのような特徴があるのだろうか?
「ざっくり分けるとすると、大手のヨーグルトは菌や製法等の研究開発力が魅力、ご当地ヨーグルトは地元の生乳へのこだわりが魅力と感じています」(向井さん)
菌の違いによってヨーグルトの風味や質感も変わるため、メーカーによっては乳原料の脂質の有無に合わせて使用する菌を変え、無脂肪ヨーグルトでも引けを取らない味わいになるように工夫しているところも。
また、大手メーカーの中でも、容器の中で発酵させるもの(明治ブルガリアヨーグルトなど)と、発酵させたものを攪拌して容器の中に詰めるもの(小岩井乳業生乳100%ヨーグルト)など、細かい製法に違いがあるのだとか。
「生乳は農産物なので、季節によって味わいが変わるものですが、大手メーカーさんの多くは原料の配合により年間を通して安定した味が提供できるよう調整されています。対してご当地では成分を調整しないものが多く、『夏はさっぱり、冬は濃厚』など、同じヨーグルトでも季節でその味わいが変わるものが多いです」(向井さん)
季節によって味が変わるというご当地ヨーグルトだが、地域によってどのような特色があるのだろうか。
「例えば岩手県ではアルミパウチで発酵させる1キロサイズのヨーグルトが流行っていて、酸味を抑えてもっちりとした食感に仕上げたものが多いです。
岡山県の蒜山ではジャージー牛が育てられており、発酵中に自然に分離して黄色いクリーム層ができあがるヨーグルトが有名です。北海道の十勝では脱脂粉乳で無脂乳固形分を高めたコクの強いヨーグルトが多く、バターの生産量の多い地域ならではの副産物の活用を感じます」(向井さん)
また、プレーンヨーグルトにその土地の特産のフルーツを組み合わせる「地元コラボ」もご当地ヨーグルトの魅力のひとつ。
「その背景にあるストーリーや味わいはさまざま。それぞれの個性をぜひ楽しんでください」(向井さん)
プレーンヨーグルトが日本にやってきて約半世紀。知れば知るほどヨーグルトの世界は奥が深い。その楽しみ方は無限大だ。
え! そうだったの!
ヨーグルトトリビア
「ヨーグルト」はどこの国の言葉?
ヨーグルトの語源は、ブルガリア語の「酸味・力強い」説や、古代トルコ語の「攪拌する」説、トラキア語の「かたい乳」説など諸説ある。
無脂肪ヨーグルトはどうやって作るの?
バターなどを作るときにできる脱脂粉乳を使っている。脱脂粉乳の余剰分を調整することができるため、メーカーや酪農家にとっては大事な役割を持っている。
ヨーグルトの菌は販売後も生きているの?
菌は店頭に並んでいる間も生きている。ヨーグルトを食べた後、乳酸菌の大部分が胃酸などで死滅するといわれている。たとえ菌が死んでいても腸内環境はよくしてくれるため、自分に合うものを選んで。
明治ブルガリアヨーグルトの「LB81」はどういう意味?
『ブルガリア菌』と『サーモフィラス菌』の2つの菌が使われており、「LB」は「Lactic acid Bacteria=乳酸菌」、「81」はブルガリア菌の203“8”株と、サーモフィラス菌の103“1”株の末尾を組み合わせたもの。ちなみに1984年〜1993年までは「LB51」の菌を使用していた。
ヨーグルトの菌はどうやって保存している?
明治ブルガリアヨーグルトの場合、年に一度、ブルガリアから送られた菌を−80度の環境で冷凍保存、研究所の培養施設で増やして全国の工場で利用しているという。
ヨーグルトのプロ、おすすめの食べ方は?
「個人的にはホットケーキの種に混ぜるとふわっとするのでおすすめです」(明治・田中さん)、「お菓子を作る人も多いのですが、日常食にぜひヨーグルトを取り入れてほしいです。例えばサバ缶・めんつゆと合わせてそうめんのつゆにするなど、中華や和食のレシピも考案しているのでぜひ試してみてください」(向井さん)
取材・文/美味川満子 協力/みんなのヨーグルトアカデミー「ヨーグルト白書」
向井智香さん 大手からご当地まで日本中のヨーグルトをレビューするヨーグルトマニア。一般社団法人ヨグネット代表理事。各地の牧場や工場を巡って酪農・乳業を学び、講演会などを通してヨーグルトのファンづくりに励む。著書『ヨーグルトの本』(MdNコーポレーション)。