10月15日から2日間、天皇、皇后両陛下は『いしかわ百万石文化祭』の開会式に臨席するため、25年ぶりに石川県を訪問された。
天皇、皇后両陛下の前で総合演出を務めた狂言師・野村萬斎
「両陛下がご覧になった開会式の総合演出を務めたのは狂言師の野村萬斎さん。フィナーレで披露したフランスの作曲家であるラヴェルの『ボレロ』のメロディーに合わせた舞に、雅子さまは目尻を下げ、拍手を送っていらっしゃいました」(皇室ジャーナリスト)
この文化祭で萬斎氏が総合演出を務めた背景について、古典芸能解説者の葛西聖司さんはこう説明する。
「能楽はかつて猿楽といって、足利家や徳川家ら将軍家から寵愛を受けていました。武家の正式な儀式では能楽が用いられていたのです。今回、萬斎さんが総合演出を務めたのは、彼の家系である野村万蔵家が、現在の石川県にあたる加賀藩の前田家お抱えの能楽師だったという、つながりによるところが大きいと考えられます」(葛西氏、以下同)
萬斎氏といえば、'19年の天皇陛下即位に際して行われた晩さん会でも総合プロデュースを務めた。
「萬斎さんが起用されたのは、ひとえに才能や活躍が評価されたからでしょう。彼は世界の演劇を学ぶため、文化庁の芸術家在外研修制度を利用してイギリスへ留学した経験から、非常に高いプロデュース力をお持ちですし、海外の文化人とも親交が深い。現在は、全国公立文化施設協会の会長を務めており、日本文化を束ねる立場にある点も起用された要因となったのでしょう」
皇室と能楽のつながりが希薄になりつつある
一方、明星大学教授で演劇評論家の村上湛氏は、皇室と能楽のつながりが希薄になりつつあるという。
「江戸時代は京都の御所に能舞台が建てられたり、能役者が雇用されたりと、宮中では能が愛されていました。また、大正天皇の即位に合わせて開かれた祝宴会で、宮殿前に豪華な能楽堂が建設されたことも。それまでの皇室にとって能は、日常に溶け込んだ生活娯楽でした。ところが昭和に入り、香淳皇后は個人的に能を愛しましたが、天皇主催の能の会は開催されず、現在に至ります」(村上氏)
そんな中、能楽と皇室をつなぐ“担い手”として期待されているのが萬斎氏だ。
「萬斎さんの父、万作さんと伯父の萬さんは人間国宝であり、文化勲章も受賞しています。そんな家系はなかなかありませんから、皇室も“自信を持って依頼できる”と信頼を置いているのだと思います」(葛西氏、以下同)
さらに萬斎氏にも、皇室や国の関連行事を引き受ける理由があるそうで……。
「彼はどんな仕事よりも能楽の仕事を優先します。映画やドラマによく出演しているイメージがありますが、能楽の仕事の合間を縫って出演しているんです。晩さん会や先日行われた文化祭しかり、多忙な身で能楽以外の仕事を引き受けるのは“自身の露出を増やすことで能楽を広めたい”との思いが強いからでしょう」
雅子さまの温かい拍手は、地道な普及活動にいそしむ萬斎氏の心に沁みたことだろう。