近年、山中だけでなく、市街地でも増加しつつある熊被害。地球温暖化などの影響で、餌が減少したことが原因と考えられており、農業被害や死傷事故といった深刻なトラブルでたびたびニュースに取り上げられている。
最多を更新した熊による被害人数
環境省によると、2023年4~9月の熊による被害人数は109人、件数は105件に上り、記録が残る平成19年度以降で最多を更新したという。
特に岩手県では、例年一二を争う熊被害数を記録している。場所は山菜狩りやハイキング、散歩などケースはさまざまだ。
そんな岩手県で9月29日に起こった“ある事件”がネットをざわつかせた。なんと、熊に襲われている一部始終を捉えた衝撃的な動画がX(旧Twitter)とYouTubeにアップされたのだ。
被害に遭ったのは『原生林の熊』さん。普段は、地域おこし協力隊として活動しながらペット用品の販売をしており、YouTubeでは生配信をしながら視聴者とのやりとりを楽しみながら山菜やキノコ狩りの様子を配信している。今回、『週刊女性PRIME』は本人に直接話を聞くことができた。
終始笑顔で取材に応じてくれた『原生林の熊』さんは熊が大好きな50代男性。9月29日、いつものようにYouTube用の動画を撮るため、帽子にカメラをつけながら舞茸などのキノコを採っていた直後の出来事だったという。
「朝9時過ぎ頃、なにか動く音がしたのではじめは一緒に連れて来た犬かと思ったんです。すると、犬ではなく親子熊がほんの8m先にいました。子熊が木に登ったため、母親が臨戦態勢に入ったと確信。すぐ『おいこら!』と声を出して威嚇しましたが、母熊が突進してきました」
親子熊と人間の距離が15~20メートル程度になると、母熊のスイッチが入るそうだ。
「3歳くらいのメスで大きさは体長1m未満、50~60キロ程度と小さめのツキノワグマ。大切なわが子を守ろうという強い母性愛を感じる必死の攻撃でした。私を襲った母グマはしつこかったものの、ちょっと噛みついてすぐに去っていきました」
“命懸け”のキノコ狩り
まさしく“命懸け”のキノコ狩り。動画を見ると、わずか20~30秒の短い間だが、始終攻撃をかわしながらも自身も攻撃を続けている。生きた心地がしなかったことだろう。
攻防の末、母熊は去っていったものの、噛まれて大怪我をしてしまった『原生林の熊』さん。傷は深かったものの、治療もあってか数日で仕事に復帰できたそう。
「無我夢中だったので噛まれた瞬間は痛みを感じませんでした。破傷風になるといけないので、病院に行き治療。骨は無傷でしたが、太ももと腕を負傷しました(牙痕3・爪痕1・擦り傷3)。
牙は斜めに2~3センチほど、深く入っていましたね。2日ほど患部洗浄・化膿止め・破傷風予防・点滴の処置をしてもらい、3日目には仕事に戻り山に入っていました。出血も3~4日は包帯に滲むほど出ていましたが、一週間もたったころにはすっかり血も止まっていましたよ」
しかし突然熊が突進してきても、普通の人間なら腰が引けて最善の方法を冷静に判断できないかもしれない。勝因は何だったのか?
「私は山での仕事が長いので、クマに襲撃されそうになったら絶対“先制攻撃”をすると決めて、いつクマに出会ってもいいように常にシミュレーションしていました。周りにも『お前はいつかクマに襲われる』なんて言われてましたしね。だから、クマがいると気づいた瞬間、すぐに対応できたんだと思います。クマに背中を向けなかったこと、倒れなかったこと、諦めなかったこと、気迫だけは負けないという強い気持ちがあったから大事には至らなかったのかも」
また、性格が比較的穏やかな熊だったことで、少し噛みつかれただけで済んだことも幸いしたと分析しているようだ。
「クマは非常に頭がいい生き物。個体ごとに性格も異なり、なかには噛みついたまま頭を振ったり、覆い被さって目を狙ったりするクマもいるんですよ。実際に被害にあって大怪我をしたという話は聞いたことがあります」
長年山に携わる人間の“熊よけ対策”
襲ってきた熊のその後について聞くと、
「捕まえられてないですよ。頭がいいので、そう簡単には捕まらないし追跡自体がむずかしい。連続で人が襲われた場合は非常に危険なので、罠(ドラム缶や鉄わな)を仕掛けたりして猟友会が仕留めることはあります」
実は『原生林の熊』さんは25年ほど山で活動をしているにもかかわらず、熊とのニアミスは今回含めてわずか3回。長年山の仕事に携わる人間ならではの“熊よけ対策”もあるという。
「大きな音が良いと言われていますが、50メートル先まで遠くまで響くような強力な音を発するものでないとあまり意味ないんですよね。だから私は、むしろクマの気配を聞き逃さないように、ラジオなどは使わないようにしています。あとは、急に後ろから突撃をやられないように吠える犬を連れて歩くことは大事です」
今回の経験を教訓に、対策グッズをいくつか購入したという。
「今回はたまたま木の棒があって助かったので、攻撃用に『どっとこ』(とびぐちの巨大版、160センチくらいのもの)も購入しました。あとはサイレンと、風向きによっては意味ないけどスプレーですね」
熊との遭遇“3パターン”
ほかにも昨今の熊事情や岩手県の現状についても聞いてみた。
『原生林の熊』さんによると、熊の遭遇パターン・対策は主に3つあるという。
「まずクマが単体だった場合。一つ目は我々人間が山の中に入り遭遇するパターンです。この場合は、大抵クマの方が逃げることが多いです。
二つ目はクマが餌を求めて民家の近くに来たパターン。食い気が勝っていて、普通の精神状態じゃないので、絶対に近づいてはダメです。あとは、人や作物を守るために本来放牧で使われる『電気牧柵』をクマ対策に使う家も増えてきました。
最後は場所問わず子連れのクマの場合。これが1番危険で、私の場合このパターンでした。母熊のスイッチが入る距離に入る前に距離を取るのがベストで、犬がいれば、犬がクマに吠えて対峙している間に人間は逃げるのも有効です。このとき、クマとの距離を取りながら吠えるタイプの犬が最適。あと犬に首輪をつけているとクマの爪が引っかかって犬がけがをしてしまうので、はじめから首輪は取っておくといいです」
最近の熊被害の原因は
また、最近の熊被害の原因について尋ねると、シカやイノシシの数が増えたことも関係しているかもしれないという。
「どんぐりが不作というのが民家のほうに下りてくる原因だと考えられますが、クマの冬眠中にどんぐりなどの木の実を最近増えているイノシシやシカが食べて、クマが食べる分が少なくなってしまうのかも。それで餌を求めて山から下りてくるパターンがあるのかなと思っています」
さらに、昨今熊の駆除に対して「かわいそう」という声が寄せられているが、生活環境が違うのでイメージできないのも無理はないと話す『原生林の熊』さん。
「都会の方に住んでいる方々はイメージしにくいかもしれないのですが、私の住む地域は土地の8割ほどが森林や山のため、人間とクマの生息域が分けられないのです。全部がクマの生息エリアと言っても過言ではありません。
よく『クマを殺さないで』『クマとの共生を』だったり、動画でも『攻撃されたクマが可哀想』と言われますが、人に育てられ懐いたクマでさえ、いつ豹変して人を攻撃するか分かりません。私自身もクマが好きですが、同じ生活区域で生きている以上、まずは自分たちの命が第一です」
今回の衝撃動画により、幸いにもチャンネル登録者が一気に数千人増えたという『原生林の熊』さん(10月21日現在1万人超え)。今月18日には、《熊と揉めた現場、あの後2回目で巨大舞茸に出会えました!一緒に現場検証もしてみました》と襲われた現場で元気に仕事をこなした様子も配信している。
今年もこれから紅葉がきれいに見える季節が訪れるが、熊被害が激増しているので十分気をつけて過ごしてほしい。