瞬く間にネットで炎上した埼玉県のトンデモ条例こと『虐待禁止条例』の一部改正案。10月13日に埼玉県議会の本会議で可決予定だったが、世論が猛烈に反発。
SNS上では“あたおか(頭おかしい)条例”とまで命名され、埼玉県内の市区町村の首長やPTA団体からも非難の声が上がった。一体どれだけ「あたおか」なのかといえば──。
SNSで大炎上! 6日で消えたトンデモ条例
同改正案では、小学校3年生以下の子どもの放置を「虐待」と定義。具体的には「小学生だけで公園で遊びに行く」、「児童が1人でお使いに行く」、「小学校1年生から3年生だけでの登下校」などの行為がすべて虐待。
しかも、それらの虐待を見かけた住民は「通報義務」があるというのだ……これは大変!
「たしかに外国では、今回の『虐待禁止条例改正案』に近いものはあります。アメリカのメリーランド州では8歳未満、カナダのオンタリオ州でも、12歳未満の子どもを保護者監督なしで独りぼっちにしたりするのは推奨されていません。
こういう海外の事例にならって日本でも導入しようという動きなのでしょうが、ベビーシッターや一時的な保護施設が比較的充実している国々に比べて日本には代替手段がない。
単純に諸外国のまねをするわけにはいきません。子どもを残して1人にしてはならないといっても、まず代替手段はあるのかという議論が必要でしょう」
そう語るのは、地方の独自ルール(条例や要綱、都市宣言)に詳しい法律系のライター、長嶺超輝さん。
子育て当事者からは“埼玉脱出”の声も上がる中、改正案に反対のオンライン署名は10万筆を超え、10日には、自民党埼玉県議団が、提出から6日間で自ら案を取り下げる結果となった。
しかし今後、このような条例が通ったら、ゴミ捨ての間に子どもを家に残しただけで処罰を受けることもあるのだろうか。
18歳以下の入れ墨は罰則付き
「それはないです。ほとんどの条例に罰則はありません。推奨あるいは努力義務です。罰則がある少数派の条例が、迷惑防止条例。そして青少年保護育成条例です。
例えば岩手県では保護者同伴でも16歳未満の子どもが18時以降にゲームセンター等にいるのは禁止ですが、東京都では保護者同伴なら22時まで滞在できる。
愛知県の同条例には、18歳未満の子どもに入れ墨を入れることを罰則付きで禁じる項目がある。何を青少年保護というかは、地方自治体によってまちまちです」(長嶺さん、以下同)
“子どもに入れ墨”とは驚くが、さておき今回の埼玉県『虐待禁止条例』の一部改正案には罰則はない。
「といっても通報義務は設けられました。誰かに“あの家は子どもを家に1人で残していた”などと言われたら心証が悪い。
タバコのポイ捨てなどは、係員からの口頭注意で済む場合もありますが、『過料』といって、違反をしたら少額のお金を納めることも。自治体には取り締まりのためにコストがかかる。
子どもの留守番や車内での放置を見回ってまで禁止する必要性があるのか、ということです。今回は“必要性がない”という結論で廃案に至った。しかし、罰則がなくても社会的な有形無形の非難を感じ、過剰な自粛が生まれる可能性も」
ただでさえ大変な子育て世帯に、近所から監視・通報されるプレッシャーが付け加わるわけだ。
トンデモ条例ではなく、地元愛あふれる条例を!
「社会的に問題がある条例が制定される原因は4つ考えられます。1つ目は議員の選定に問題がある場合。特定の利益団体から支援や圧力を受けている議員であれば、歪(ゆが)んだ条例を作る可能性がある。
2つ目は、議論の不足と市民のコンセンサスやパブリックコメント(意見公募)の不足。議論のプロセスが不透明な場合です。
3つ目は、専門知識の不足。そもそもその分野に明るくない人たちが、条例案を作って、基本的な知識が不足したまま、あるいは社会情勢を把握もせずに条例を作った場合、後で世論や市民から反発を受けてしまう。
4つ目は、地域社会や特定のコミュニティーの中で、思い込みがある場合。子どものゲームは平日60分以内、夜9時以降はスマホ禁止と決めた香川県のネット・ゲーム依存症対策条例などがそうです。行きすぎた思い込みが変な条例を生んでしまう」
埼玉県の事例は、すべてが当てはまるようにも思える。
「本来、条例は国の法律に違反しない範囲内で、地方自治体が比較的ゆるく、自由に決められる地域密着型のもの。香川県のゲーム条例なども、そもそもの目的は悪くない。
ただ、個人の領域にそこまで県が口をはさむことなのかという疑問はある。埼玉県のトンデモ条例の場合も、虐待禁止という目的が現実的な方策に結びついていない。
一方、各地の条例を見ていくと、青森県内の自治体のりんごまるかじり条例や朝ごはん条例など、一見、変なものがある。でもこれらは、地産地消や消費者保護を目的としている点において、トンデモ条例ではなく、ゆるキャラ的な、愛すべき条例なんです」
京都市には、通称「日本酒で乾杯条例」があり、この条例によって京都市内の日本酒の売り上げが何割か上がったことが確認されているという。乾杯条例は京都を火付け役に今では全国に広がり、地場産業の振興と魅力の発信に役立っている。
「個人的には大阪府の泉佐野市の名物、ワタリガニの普及の促進に関する条例が好きです。条例の第5条に、“写真を撮るときはワタリガニポーズをして撮らなければいけない”と大まじめに書いてある。
もちろん、ワタリガニポーズをしなかったからといって罰則はありません。憲法上の表現の自由や自己決定権を侵害しかねませんから(笑)」
実情に合わない海外の条例を持ってくるのではなく、その地方自治体ならではのゆるい条例を作るほうが地域を明るくする。
埼玉県議会にも、子育て世帯が逃げ出すトンデモ条例ではなく、埼玉のゆるキャラ、コバトンのように“ゆる~く愛される条例”を作ってほしいものだ。
各地のヘンな条例あれこれ
栃木県日光市「サル餌付け禁止条例」
うっかり野生の猿に餌付けすると、氏名を公開されてしまうという怖い罰則が!
大阪府泉佐野市「ワタリガニの普及の促進に関する条例」
写真を撮影する際にワタリガニを表すポーズをしなきゃならない!?
埼玉県川口市「大きな声で川口が大好きだと叫んでみませんか川口プライド条例」
川口の中心で愛を叫ぶ勇気がありますか(アブナイ人では……)?
青森県鶴田町「朝ごはん条例」
白米にみそ汁は朝の基本!? とはいえ朝にトースト派は肩身が狭くなりそうな条例
東京都「しゃれた街並みづくり推進条例」
石原慎太郎元知事のブンガク的こだわりが詰まった、小粋なネーミング。普通に『景観条例』じゃダメですか?
福島県・新潟県の計6市町村「只見線に手を振ろう条例」
乗客へのおもてなしとはいえ、毎回手を振るのは沿線住民はちょっとツラいかもしれません
神奈川県大和市「おもいやりマスク着用条例」
全国初の「おもいやり」。他にも歩きスマホ禁止やひきこもり支援など、大和市は“旬”な条例が多い
宮崎県高千穂市「家族読書条例」
読書を推進する条例は各地にあるが、「読書家族」を目指す意識高い系条例
取材・文/ガンガーラ田津美