足立区東部事務所 撮影/小椋修平

 生活保護の申請のために訪れた福祉事務所で水際(申請を希望しているのにさせてもらえず、結果として追い返される違法行為)に遭ったという青年に会った。清潔感漂う整った顔立ちに一抹の寂しさをまとった30代の竹内さん(仮名)は、落ち着いた口調で、なにがあったのかを話し始めたーー。

 生活困窮者の支援活動を行う『つくろい東京ファンド』の小林美穂子氏が、その全容を語る。

コロナ禍で職を失い、生活保護を希望

 コロナ禍に正社員の仕事を失った竹内さんは、半年間、失業保険を受け、その後は社会福祉協議会が窓口となる特例貸付金を借りながら、日雇いやバイトで生活を繋いでいた。

 その後、どうしても生活が立ちいかなくなったことから、生活保護を申請することにしたのだった。

 しかし、助けを求めた福祉事務所で、担当した若い相談係は保護の申請をさせてくれなかった。受付票の生活保護の欄に丸をつけ、口頭でも生活保護申請の意思を伝えているにもかかわらずだ。

 竹内さんは生活保護を申請するに当たって参考にしていた記事があった。

 2021年2月に横浜市で生活保護申請をさせてもらえずに追い返された若い女性の体験について、筆者が書いた『生活保護申請者に不適切対応、横浜市の非情すぎる発言 “録音テープ”の中身を公開』という記事だ(https://www.jprime.jp/articles/-/20369?display=b)。

 記事を読んだ竹内さんは、「そんなことがあるのか」と半信半疑だったが、自分の身を守るためにも勇気を振り絞って録音することにした。その勇気のおかげで、ブラックボックス化している福祉事務所の面談風景が再び可視化されることになる。

過酷な子ども時代を生き延びて17歳で自立

 竹内さんは両親からの虐待を受け、子どものころから児童養護施設や祖父母の家を往復しながら育った。高校はすぐに中退し、17歳の若さでガソリンスタンドで働き始め、自立している。頼れる人はいなかった。

 いくつもの仕事を経てきたが、家がないことは常に就職のネックになってきた。日雇いや寮付き仕事だと搾取されて最賃以下で働かされることもある。

 足元を見られて給料もまともに払わないような悪質な企業もあった。それでもようやく正社員の仕事を得たと思ったら、コロナ禍で離職を余儀なくされる。

 会社都合の退職。失業保険を受給する日々が終わると貸付へ。

 日雇いやアルバイトで何とか食いつなぐことはできても、次第に家賃を払えなくなって去年の夏から恋人宅や親族宅に身を寄せることになった。

 助けてくれるはずの親族は、彼の名義で携帯電話の契約をしたり、カードを作ったりした。

追い返したいという意思がみなぎる福祉事務所職員

 竹内さんを前にして、同じ年くらいの相談係は、まず自立支援センターの説明をした。

「自立支援センター」とは東京都と23区が運営するホームレス支援のための相部屋の施設で、3か月~6か月間、無料で滞在できる。施設では三食は提供されるが、生活保護とは違い、現金はほとんど支給されない。

足立区東部事務所 撮影/小椋修平

 生活保護を希望している人に自立支援センターを情報の一つとして説明するのはアリだが、そこしかないような印象を与えるのは水際である。

 相談係は言う。

「基本的に集団生活みたいなところに入ってもらって、仕事できるようになったらしてもらって、もし1か月やってみたけど就労できないってなった場合、そんときにはまた別の施設(生活保護申請に切り替えて無料低額宿泊所か?)って、基本的にはそこに入ってもらうんですけど、中には集団生活イヤっていう人もいるんですよ」

 竹内さんはまさにその「集団生活」にトラウマを抱える人だった。

 竹内さんはセクシャルマイノリティで、過去に入所したことがある施設で怖い思いをしたり、差別・偏見の目に晒されたりしたことがある。

 また、外出や門限などの制限がある施設に入所すれば、唯一の支えである恋人に会うことも難しくなる。それはとても辛いことだった。

 そう説明しても、相談係は「仕方ない」「我慢するしかない」「今はそんなひどい人はいない」などと言って取り合ってくれない。

 それどころか、「集団生活が嫌っていうんだったら」と前置きしてから、

「例えば、なかなか言い出しにくいとは思うんですけど、自分でやる提案として、アパート初期費用を誰かから借りて自費転居っていう方法があるんで。自分の力でやる転居です」

 と言った。なんと、もともと借金がある相談者に更なる借金を提案しているのだ。

「自腹で、借金しろとは言わないですけど、親族に金借りるお金があるとかだったら、金借りて、自分で転居先をどっかで見つける。たとえば足立区の比較的家賃安いとことか……決めてから管轄する自治体に生保申請する。仕事見つからない、働けないとかでやむを得ず生活保護を申請するって形になると思うんですけど」

 相談係は竹内さんのこれまでの履歴を聴き取りしたあとで尚、初期費用を出してくれる知り合いがいると思ったのだろうか。思ったのだとしたら、状況を把握する能力が欠けていると言わざるを得ないし、言っていることは全部、違法な追い返し(水際)だ。

 しかも初期費用だけあっても、安定した収入やふんだんな預金がなければ、部屋など借りられない。保証会社の審査を通らないからだ。

半笑いで連発する「めちゃくちゃ」という言葉

 このあたりから相談係の追い込みに拍車がかかる。口癖なのか、うしろめたさを誤魔化しているのか、時折笑いを混ぜながら「めちゃくちゃ」を連発しているのが聴いていても腹立たしい。

「けっこうね、今ね、若い人(の申請者)が多くて、そういった施設が結構埋まっていて、先週末すごかったんですよ。全部埋まってるんですよ」

 筆者の知る限り、自立支援センターはガラガラである。全部埋まっているなんて昨今聞いたこともない。でも、若い人と言ってるからには自立支援センターを指しているのだろう。

 明らかに虚偽の説明である。さっきは自立支援センターを推していたにも関わらず、今度は「全部埋まっている」と説明する矛盾に気づいているのだろうか? それとも追い返せれば矛盾してようが虚偽だろうがどうでもいいのだろうか。

 次に相談係は無料低額宿泊所について説明し始めるのだが、これも嘘八百のすごい説明に「めちゃくちゃ」という言葉がしつこいほどに散りばめられている。話し言葉で繰り返しもあり、読みにくいがそのまま表記する。

「たとえば、めちゃくちゃ高齢の方で、めちゃくちゃ高齢で、たとえば社会復帰しないよ、っていうか、仕事もできないよ、なんで構わないって言うんだったら、たとえば、千葉のめちゃくちゃ山ン中…とまでは言わないですけど、駅から歩いて30分くらいですけど、そういうとこなんだったらちょっと検討はできるかなと」

 これも嘘である。

 足立区が住所を持たない生活保護申請者の一時待機所としてよく利用している無料低額宿泊所は方々にあって、千葉にもあるだろうが、埼玉にもあれば東京都内にもある。しかも、別に稼働年齢を過ぎた高齢者限定ではない。

 竹内さんの申請を遠ざけるための全力投球ぶりが涙ぐましいが、こちらは情けなくて涙が出そうだ。しかも、「ちょっとは検討できるかな」と言った舌の根も乾かぬうちに、その可能性をも叩き潰す説明に続く。

「そこ(千葉の山奥施設)になっちゃうと、最悪の場合は仕事の問題が出てくる(交通の便が悪い)。あと、ご自身が生活保護をやめるとか、継続するにしても家を探すタイミングがわからない。費用も出せない。竹内さんが完全にショートする。なんであんまりお勧めできない。現状だと」

 このセリフはどういう意味で言われたのですか?と、録音の音声が聴きづらかった部分を補足するために竹内さんに訪ねると、

「千葉の施設は保護費から10万円くらい取られるらしくって、そのため将来足立区で部屋探しをするにしても交通費をねん出できないから破綻しますよっていう説明でした」

 と解説してくれた。

 人生がショートするような場所に利用者を送るなと言いたい。

「死ぬしかないと思っている」切実な声も届かず

 困りきった竹内さんが、「ホームレスになってしまうんですけど、そうしたらどうなるんですか?」と聞くと、

「6人部屋の施設(自立支援センターと思われる)に入ってもらいます。6人部屋、カーテンの間仕切りがあるような、そこに行くしかない」

 と断言している。

 生活保護に寄せ付けない鉄壁の守りであり、しかも竹内さんがうっかり自立支援センターを希望しないように「プライバシーはカーテン一枚」と言って、相部屋施設であることを強調している。

「もう居られる場所がない状態で出て来ている。所持金も千円くらいしかない状態で、もう方法がないんであれば、死ぬしかないと思っているんで」

 竹内さんが切迫した声で訴えても、その声は相談係には響かない。

「恋人にお金借りられないのか」と、またもや借金させようとする。

 ちなみに相談係が「金を借りられないのか」と尋ねるその恋人は、竹内さんとほぼ同年代、技術系の専門学校に通う実家暮らしの学生なのである。

 恋人も生活に苦しいから無理だと答えると、相談係はちょっと親身な雰囲気ですごいことを言い出す。

「恋人が実家を出て他区に部屋を借りてしまえば、二人で生活保護を検討できるんですよ。(中略)恋人に初期費用だけでも出してもらって部屋を借りてもらって同居すれば、二人世帯だったら(生活保護の住宅扶助が)6万4000円出るから、駅からべらぼうに離れている所とか借りられるから。生活保護を受けたら名義を自分に変えるとか?将来のことを考えたら、それがいいかなぁと思います」

 なんで家族と同居していて学生している恋人が、経済的には苦しい中で手に職つけようと学業に励んでいるのに、竹内さんに生活保護を受けさせるために初期費用出して駅からべらぼうに離れているところにアパート借りて、生活保護は高校までしか認められていないので、卒業を待たずに専門学校を辞めて竹内さんと一緒に生活保護を利用しなければならないのか。

 専門学校を辞めることが、恋人の将来を摘むことになると思わないのか。そんなことを竹内さんがすると思うのだろうか。

 こんな相談係が相談者の生殺与奪を握り、相談者が大切にする人達の人生にまで嘴(くちばし)を挟むのだとしたら、本当に勘弁してほしい。

 単独でどんなに頑張っても、生活保護の申請はさせてもらえないんだなと諦めた竹内さんは、仕方なく席を立つ。その竹内さんに相談係は優しく言った。

「今回の話は残しとくんで。またなんかあったら私の方へ来てください」

対応改善と面談の録音・可視化を求める動き

 後日、竹内さんから相談を受けた足立区の小椋修平区議が同行し、ようやく生活保護の申請をすることができた。相部屋施設入所も回避できた。

 今回のケースを重くみた小椋区議は、生活保護申請を阻む違法な水際作戦をなくすため、福祉事務所の対応改善、また、面談の録音・可視化を議会で求めている。

 福祉事務所の窓口はブラックボックス。違法な追い返しは残念ながらなくならない。そうであれば、相談を全件録音するのは、福祉事務所の対応改善にも、トラブル防止のためにも必要と感じる。

 取材を受けるに当たって竹内さんは「困っている人はたくさんいるはず。だから相談できないでいる人に届けたい。こんな対応がほかの人にされないように、多くの人に知ってもらいたい」と話してくれた。

 取材に答えてくださる方々は、みな、困っている他者に思いを馳せる。

 足立区東部福祉事務所は相談係の対応を真摯に反省し、ちゃんと謝罪した上で、竹内さんの今後の生活を支え、安定した生活を取り戻せるよう伴走してほしい。

「今回の話は残しとくんで」。

【読者のみなさんにお願い】
 記事に共感してくださるのは大変ありがたいのですが、福祉課に電話で抗議をするのはやめてください。電話対応に追われれば、まともな対応をしている職員や区民にしわ寄せがいきます。ご意見、ご要望がある方は、足立区のホームページ上にお問い合わせフォーム等がございますので、そちらの活用を検討していただけると幸いです。

小林美穂子(こばやしみほこ)1968年生まれ、『一般社団法人つくろい東京ファンド』のボランティア・スタッフ。路上での生活から支援を受けてアパート暮らしになった人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネイター。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで働き、通訳職、上海での学生生活を経てから生活困窮者支援の活動を始めた。『コロナ禍の東京を駆ける』(岩波書店/共著)を出版。

 

足立区東部事務所 撮影/小椋修平

 

足立区東部事務所 撮影/小椋修平

 

足立区東部事務所 撮影/小椋修平

 

足立区東部事務所 撮影/小椋修平