※写真はイメージです

 中高年を襲う、五十肩。ちょっとした動きで肩に痛みが走り、日常生活にさまざまな支障を引き起こす。

 一般に、放っておけば自然に治ると信じられ、正しい診断を受けない人も多い。

五十肩は自然に治るは大きな間違い

 ところが、五十肩を放置して地獄を見る人が多くいると話すのは、整形外科医で、肩の病気に詳しい皆川洋至先生だ。

「そもそも“五十肩”というのは、中高年の肩の痛みを指す俗称で、正式な病名ではありません。五十肩を引き起こす病気は数多くあり、肩関節の病気だけでなく、首の病気で肩が痛くなることもあります。どれも適切な治療が必要です」

 それにもかかわらず、多くの人が自然に治ると思い込んで放置しているのだ。五十肩という名前はどこからきたのだろうか。

「五十肩はもともと江戸時代の言葉で、当時の俗語集には“50歳くらいになると肩や腕が痛くなることがある。しばらくすれば薬を飲まなくても自然によくなる。これを俗に五十肩という”といった内容が記載されています。

 また、昭和に書かれた日本で最初の整形外科書には、“肩の痛みの原因がよくわからず、しばらく五十肩という俗語を病名として使う”という記載があります」(皆川先生、以下同)

 昭和のころまでは、原因がわからない中高年の肩の痛みを便宜上、五十肩と診断していたのだが、医学が進歩しても、五十肩がきちんと診断されるようになったのは最近のことだという。

「レントゲン(X線検査)は120年前に登場した古い検査で、残念ながら骨しか写りません。昭和の医学教育を受けた医師は、どこかが痛ければそこのレントゲンを撮りました。

 ただ、正確に診断できるのは五十肩を引き起こす数ある病気のうち、肩石灰性腱炎(かたせっかいせいけんえん)や変形性肩関節症など全体の1割だけ。残りの9割はレントゲンでは正確に診断できなかったのです」

 2000年ごろになると、腱や靱帯(じんたい)などもわかるエコー(超音波)検査が登場。五十肩を正確に診断できるようになった。

 ところがいまだに、一部の医師はレントゲンしか撮らず、五十肩という名前で診断を下しているという。

 五十肩という診断を受けて、痛みに苦しんでいる人は今でも少なくないのだ。

【レントゲン】
 骨の異常を写す検査技術で、昭和まで医師はレントゲンに頼っていた。骨以外のやわらかい組織の異常はわからないため、五十肩を引き起こす9割の病気を診断できない。

【エコー】
 神経や靱帯、筋、腱など骨以外のやわらかい組織の異常がわかる検査。その場で痛みを取り除く治療もできる。2000年ごろに広まり、多くの病気の診断を可能にした。筋や腱の異常で起こる五十肩の診断には不可欠。

五十肩に潜む地獄「時代遅れの医者のせいでひたすら痛みを我慢…」 イラスト/小島サエキチ

五十肩を放置すると地獄を見ることに

 五十肩を放置すると、どうなってしまうのか。

「五十肩といわれる肩の痛みのなかで特に多いのが凍結肩(とうけつがた)という病気です。関節が癒着して動きが悪くなり、進行するとちょっと動かしただけでも激痛が走り、痛い肩を下にして寝られなくなります。

 睡眠不足が続くと自律神経のバランスが崩れ、仕事や日常生活に支障が生じます」

 凍結肩は、放置すると多くの人が治るまで1年以上かかる。これだけでも気が遠くなるが、7年たっても半分しか治らないという報告もあるのだ。

「いつ治るかわからない不安を抱え、何年も激痛に耐えるのはまさに地獄といえます。私のところには、痛みに我慢しきれず駆け込んでくる人ばかりでなく、どの医療機関に行ってもよくならず、うつ状態になっている人もやって来ます」

五十肩に潜む地獄「5年たっても治らず、不眠が続いてうつ状態に…」 イラスト/小島サエキチ

 さらに、五十肩の診断では薬漬けになる場合も少なくないという。

「痛み止めの薬には依存性が生じる危険なものもあります。欧米では多くの死者が出て社会問題になり、学会が警告を出しています。

 痛みが3か月以上続くと、脳の働きが変化して薬が効きにくくなります。薬ばかりに頼ると、副作用や薬剤依存の危険が高まるのです」

 五十肩のなかで、凍結肩と同様に多い病気が腱板断裂(けんばんだんれつ)。肩の関節を包む腱が断裂する病気だ。

 腱板断裂は自然修復せず、時間とともに断裂サイズが拡大する。大きな断裂になると手術を受けても完全には治らない。

 五十肩を放置するのは想像以上に危険なのだ。

五十肩に潜む地獄「効果のない痛み止めの薬漬けで、依存症に…」 イラスト/小島サエキチ

適切な治療でつらい期間を短縮できる

 長く痛みが続くイメージの五十肩だが、早く正確な診断を受け、適切な治療を受ければ短期間で苦痛から解放される。

 凍結肩では特に理学療法士による運動療法が大切。治療効果があまり出なければ手術になるが、最近では手術しないで治す“サイレント・マニピュレーション”という治療法が注目されている。

「肩を支配する神経に麻酔をして、かたくなった関節を動かし癒着を取り除く治療です。手術と違って入院する必要がないため患者負担が少なく、数日以内に痛みを軽減できます。特に眠れないほど痛い人への効果は劇的です」

 腱板断裂は、力仕事をする50~60代の男性に多いといわれているが、力仕事をしない女性にも生じるため注意が必要だ。

「手を大きく動かすための土台が肩関節です。土台を安定させるのが腱板の役割。腱板が断裂すれば、土台が不安定になって痛みが生じ、腕が上がらなくなる人もいます。

 あまり活動しない高齢者や、残った腱板で肩関節を安定させられる人は肩の痛みが消えることもありますが、痛みが続いたり、繰り返したりする人には手術が必要です」

 さらに五十肩と間違われやすい病気が肩ではなく首の神経障害だ。

「肩が痛いからといって肩が悪いとは限りません。首の中の脊髄から肩に延びる神経が障害されても肩に痛みが生じます。そういった肩の痛みは50〜60代に多く、7割が変形性脊椎症、2割が椎間板ヘルニアによる神経障害が原因です。

 超音波ガイド下神経ブロックという治療で痛みを取り去ることができます。しかし、放置すると激痛で夜も眠れない痛みに襲われることがありますので、まずは整形外科を受診してください」

 決して甘く見てはいけない、五十肩。もしかしてと思ったら、放置せずに病院へ行くことが重要だ。その際には、病院選びにも気をつけたい。

「注意してほしいのは、レントゲン検査だけで診断する病院です。エコー診断とエコーを使って治療をしているかどうか、ホームページや電話で確認してみることをおすすめします」

五十肩に潜む地獄とは…
・5年たっても治らず、不眠が続いてうつ状態に……
・違う病気なのに誤診されて適切な治療受けられず……
・時代遅れの医者のせいでひたすら痛みを我慢……
・効果のない痛み止めの薬漬けで、依存症に……

皆川洋至先生●整形外科医。城東整形外科副院長。世界に先駆けて、肩・膝・腰などの痛みに対し、エコーを用いた治療を導入したパイオニア。
教えてくれた人……皆川洋至先生●整形外科医。城東整形外科副院長。世界に先駆けて、肩・膝・腰などの痛みに対し、エコーを用いた治療を導入したパイオニア。

(取材・文/井上真規子)