マクドナルドおもてなしリーダー灰田智香さん 撮影/伊藤和幸

 マクドナルドで「おもてなしリーダー」として働く灰田智香さん(77)は、現役時代はマナー講師や大学の講師をしていたという異色の経歴の持ち主だ。

 基本は週2回、混雑する昼時の3時間でお客様が店内で心地よく過ごせるように“おもてなし”をしている。

人との出会いが活力の源

できあがった商品を席に届けたり、使い終わったトレイを受け取って片づけたりもしますが、私の業務はお客様に話しかけるのがメイン。

 ここはオフィス街なのでサラリーマンも多いですが、海外の方、学生さん、ママに連れられた子どもたちも来店します。次世代を担う人たちと交流できることがいちばんの楽しみです」(灰田さん、以下同)

 マナー講師の仕事から引退した灰田さんは、72歳ごろから変形性膝関節症が悪化し、コロナ禍の76歳のときに手術をする。今の明るい笑顔からは想像がつかないが、術後の痛みなどもあって、家に閉じこもりがちになっていた。

「化粧もせずにグダグダしていたんですよ(笑)。

 ある日、毎朝、マクドナルドにコーヒーを飲みに通っていた夫に、『素敵な女性がいるから一緒に行かない?』と誘われたんです。主婦で働いている方なのですが、お話がとても上手で。初めて来た私も気兼ねなく楽しく過ごせました

 リハビリを兼ねて足しげく通うと、その人に「一緒に働きませんか」と誘われた。

「天にも昇る気持ちになりましたが、そのときすでに私は後期高齢者。膝も痛く、歩くのも遅かったので迷惑をかけちゃうんじゃないかって。でも『うちでは80歳を超えた人も働いていますよ』と言ってくださり、少し考えて昨年の3月から働き出しました」

マナー講師だったときの経験が生きた

 灰田さんはもともと働くのが好きだった。キャビンアテンダントとして10年ほど働き、結婚して退職。出産後3年は子育てに専念したが、マナー講師として活躍するように。

「ビジネススクールのスチュワーデス科や、企業の社員研修でビジネスマナーを教えました。当時、企業のビジネスマナー講座はまだ黎明期で、カリキュラムを自分で作っていましたね。夫はもともと私が働くことに協力的でした」

 やがて、大学の非常勤講師の職にも就いた灰田さん。

「実はモノマネが得意。大学の授業でも退屈させまいと笑いをとるなど授業も工夫していたので、寝ている学生はいなかったですね。そんな経験が今も生きています。コミュニケーションをとり、お互いをリスペクトし合うのがマナーでもあり“おもてなし”につながると思うんです」

常に店内全体に目を配り、気がついたことを若い店員と共有する 撮影/伊藤和幸

 マクドナルドでは就業前に研修がある。しかし一緒に働くスタッフと年齢や性別の差を感じることはなかった。

「膝が悪いことをみんな知ってるから、力仕事は代わってくれますよ。しかも働き出したら不思議なことに膝が痛まなくなったんです。歩くのも速くなり、職場までの通勤時間も5分短くなりました」

 灰田さんの勤める店はいつも明るい雰囲気に包まれ、働きやすいという。月収は週2回、3時間の勤務なので3万円ほど。

「収入は現役時代とは雲泥の差ではありますが(笑)、これは自分のお小遣いに。接客する上ではお化粧にも気を配るようになったので、化粧品代になることが多いですね。

 年齢によって肌も変わっていくので、自分に合うものを探すのは大変なのよ」

 それでも、マクドナルドでの出会いがなければ、家でテレビを見ながらぼーっと過ごしていたかもしれないと話す。

「自分を律する今の仕事があることが本当に幸せ。人さまの喜びをもらって毎日を生きていると感じます。

 昔は健康に気を使ってお金をかけていましたが、今は“ほどほど”に。十分長生きできましたし。運動するのも嫌いなので、それなら仕事をしたいですね」

 さらに最近、近所の人たちと地域貢献を開始。地域の子どもに、野菜の収穫体験をしてもらう活動をしている。

「畑仕事なんてしたことはなかったですが、喜んでくれる子どもたちの顔を想像するのが楽しくて。これからも未知なる出会いを楽しみたいです」

灰田智香(はいだ・ちか)/19歳からキャビンアテンダントとして国際線、国内線で働く。出産後、ビジネスマナー講師、大学の非常勤講師を務めた。現在は夫と2人暮らし。マクドナルドの推しメニューは「マックシェイク」。

(取材・文/松澤ゆかり)