クリーンなスポーツドラマかと思っていたら、驚きの展開が……(画像:TBS公式ホームページより)

 阪神タイガースが38年ぶりに日本一になった夜、日曜劇場『下剋上球児』(TBS系 日曜夜21時〜)で鈴木亮平演じる主人公・南雲が警察に自首をした。「私がやらかしました」「不正を働きました」と言う南雲。どんな不正をやらかしたのかといえば、教員免許の偽造である。資格がないのに高校教師として野球部の指導をしていた罪の意識に耐えかねて出頭したのだ。

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 事情はともあれ、主人公が不正だなんて受け入れがたい。そんな戸惑いや批判の声がSNSで飛び交っている。無免許医師の漫画『ブラック・ジャック』は愛されるのに、なぜ、無免許教師のドラマ『下剋上球児』はドン引きされるのか。ドラマを読み解き、このドラマの存在意義を見つけ出してみたい。

クリーンなスポーツものと思っていたら

『下剋上球児』の舞台は三重県。県立越山高校野球部は、やる気のない幽霊部員ばかりの弱小だった。主人公・南雲は、その野球部の次年度の顧問兼監督に打診されるも固辞していたところ、新たに赴任してきた家庭科担当の教師・山住(黒木華)が野球部を立て直したいと張り切る。

 山住の情熱もあって、南雲は夏の間だけ、部を指揮することに。強豪・星葉高校と対戦し、甲子園を目指しての地方大会1回戦へ――。この夏が終わったら、教師をやめよう。そう決意して南雲は、最後の夏、部員たちととことん燃え盛る。

 古くは『がんばれ!ベアーズ』的な、いや、『ROOKIES』的な、といったほうがわかりやすいだろう。古今東西、弱小野球部の逆転ストーリーはみんな大好き。『下剋上球児』もそのフォーマットに沿って、弱小野球部が甲子園を目指すワクワクものと思って見ていたら、主人公が、教員免許を偽造して教師をしている後ろめたさを抱えているという、クリーンなスポーツものとはムードがいささか違っていた。

 異色の高校野球ドラマ『下剋上球児』には原案がある。同名のノンフィクション『下剋上球児』(菊地高弘/カンゼン刊)で、10年連続、県大会初戦敗退の弱小校かつて県内で一番対戦したくない“荒れた高校”だった。

 それがなぜ甲子園に出場できたのか、いくつもの奇跡を記したものだ。そこに無免許教師の奇跡も書かれているのかといえば、存在しない。教師・南雲の設定はドラマのオリジナルなのだ。

勇気がある「ダークな設定」

『下剋上球児』の公式サイトには(原案から)「インスピレーションを受け企画しました」とある。ドラマは、ロケを多用し、抜けのいい風景が心地よく、試合のシーンは中継のように臨場感たっぷり。

 主人公も実直で、的確な判断で野球部を導き、実に頼もしい。ところが、彼は教員免許を持っていない偽教師という、こんなにもダークな設定を付与するとは、ものすごく勇気あるインスピレーションである。

 不正をしているとはいえ、南雲は生真面目で誠実な人物。それゆえに追い込まれて教師になりすまし続けていたといえるだろう。が、やむにやまれぬ事情があったとはいえ、従来、生徒たちが何か問題を起こしたら、試合に出られなくなる。関わっていた教師の罪も問題になるだろう。

 地方大会の1回戦に負けたことをきっかけに、教師をきっぱり辞めて、潔く自首することを決意する(ここまでが第4話)。これで勝ち進んでしまっていたら、大問題になることは火を見るよりも明らかだ。落ちこぼれた野球部員たちがどんどん1つになって、まっすぐ純粋に野球に向かっていく中で、主人公の不正が明るみに出たときの生徒たちの落胆を考えると、視聴者としてはしんどい。南雲が実直そうな人物だけに余計に。

 南雲の不正を知っていた者の罪はどう問われるかも気になる。この重い問題を解決しながら、甲子園に出場するまでを描くことができるのかーー。

 主人公の不正への戸惑いは、前作『VIVANT』 で堺雅人扮する主人公が悪事を働いた同僚をさくっと処刑してしまったときにも見られた。日曜日の夜、ゆったりテレビを楽しみたい視聴者としては、主人公は正しくあってほしい。悪いことはしないでほしいものなのだ。

『下剋上球児』主演の鈴木亮平は、映画『HK 変態仮面』(2013年)にはじまって、『孤狼の血 LEVEL2』(2021年)やドラマ『エルピス‐希望、あるいは災い‐』(2022年 カンテレ)などで、清いだけではないアクの強い個性的な役をさまざま演じているとはいえ、不正教師よりも、その鍛え抜かれた身体に見合った、健康的なさわやかな高校野球の監督のほうが似合っているように感じる。

 同じ日曜劇場で映画化もされ大ヒットした『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』の鈴木亮平はクリーンすぎる人物で、そっちのほうがやっぱり安心する。

 それでも、あえて、無免許教師設定を入れたわけを想像すれば、これまでの野球ものとは一味違うドラマにしようと思ったとしか考えようがない。日曜劇場は、このところ、全盲のFBI捜査官(福山雅治)が主人公の『ラストマンー全盲の捜査官―』や、海外ロケも多用した『VIVANT』と新機軸が続いている。新機軸というか、これまでのテッパン題材に、ほんの少しひねりを加えた作品群である。

「無免許医師」はドラマや映画で定番

『下剋上球児』は、弱小野球部の奮闘記という定番に、罪を背負った教師をプラスしてみたのだろう。無免許といえば、『ラストマン』の前に放送していた『Get Ready!』は未認可で医療活動をしている闇医者のドラマであった。

 腕は抜群にいいので、法外な医療費を請求しても仕事が成立するという、闇医者エンタメの元祖は、手塚治虫の『ブラック・ジャック』である。笑福亭鶴瓶が無免許医師を演じた『ディア・ドクター』(2009年)なんていう映画もあった。

 無免許医師ものは当たり前に存在しているのだから、無免許教師ものもあってもおかしくはない。重要なのは、優秀か、そうではないかだけ。そもそも、いい大学を出たとか、資格試験に通ったとかいう後ろ盾があるからといって、皆、必ずしも優秀とは限らない。技術や知識があったとしても、それをどう使うのか。心が悪であれば、宝の持ち腐れになる。そういう意味で、ブラック・ジャックも『Get Ready!』の主人公(妻夫木聡)も支持される。

 警察などに代わって、悪に鉄槌をくらわせる闇の仕事人だって愛されている。作り手にそういう意図があるかはわからないけれど、無免許教師の設定は、世の中の、資格がありながら、社会に何も貢献しない人たちへの皮肉にも感じてしまう。

『下剋上球児』をひねったドラマにしたのは、『最愛』(2021年)や『MIU404』(2020年)、『アンナチュラル』(2018年)など、ヒットドラマを作ってきた新井順子プロデューサー、チーフ演出家の塚原あゆ子である。そこに『最愛』の脚本を手掛けた奥寺佐渡子が加わった最強のタッグ。これまで、サスペンス系のドラマで、登場人物の繊細な感情を描いてきたチームが、形骸化された野球ものに新風を吹き込もうとしているように見える。

野球ものでは珍しい女性プロデューサー

 公式では『下剋上球児』を“現代社会の教育や地域、家族が抱える問題やさまざまな愛を描く、ドリームヒューマンエンターテインメントドラマ”とうたっている。思えば、女性プロデュースや演出家、脚本家の野球ものはあまりなかった。TBSドラマだと『木更津キャッツアイ』(2002年)は女性の磯山晶のプロデュースと数少ない。

 第4話では、山住に「男とか女とかあんまり考えすぎないほうがいいです」と南雲は言っていたし、、男女分けて考える時代ではないとはいえ、『下剋上球児』も従来の野球ものに比べて、不良っぽい野球部員もあまり泥臭くない。それより内面の繊細な部分に心を砕いているように見える。

 不正した主人公も、弱小野球部員も、社会からとりこぼされた者たちである。でも、彼らにだって心の奥に情熱の熾火はある。周囲からバカにされている地主の犬飼(小日向文世)は野球部の奮闘に刺激され、「何もしないでただただ年とっただけ」だが「1つくらい成し遂げたい」と言う。教師を偽物にしたことで、世の中からはみ出した者の悲哀と痛みと、それでも手を伸ばしたい希望に説得力ががぜん増しているのだ。

 出演者はほかに、松平健や生瀬勝久など、大人の名優がそろって引き締める。これが当たれば、闇医者ものと並んで、偽教師ものも増えたりして。


木俣 冬(きまた ふゆ)Fuyu Kimata
コラムニスト
東京都生まれ。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。