(画像:NHK『ブギウギ』ウェブサイトより)

 朝ドラ『ブギウギ』がいよいよ盛り上がってきた。

 このご時世、世帯視聴率で語るのもどうかと思いつつ、第6週以降は、16%台に乗っており、第7週の35回(11月17日)は番組最高の17.0%を記録した(ビデオリサーチ、関東)。

 決定的だったのは11月10日放送の第30回だろう。今風に言えば「神回」。そう、福来スズ子(趣里)が『ラッパと娘』をフルコーラスで歌った回だ。

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 私は、実は先月も『ブギウギ』に関する記事を寄せた(『「ブギウギ」が朝ドラ史に残る傑作になる予感の訳』 )。かなり好意的な内容を書きながら、内心「掲載された後に、番組のテンションが落ちるかも」と心配していた。「賑やかな大阪から東京に舞台が移ったら、盛り下がるかも」と危惧していた。

 それは杞憂だった。結果は逆だった。福来スズ子が東京に行ってから、いよいよ盛り上がり、先に述べたように視聴率も高まってきた。というわけで今回は、前回の続編として、『ブギウギ』がここに来てさらに盛り上がってきた要因を探っていく。

ヒロイン・福来スズ子を演じる趣里の大奮闘

 といっても要因は、何といってもヒロイン・福来スズ子を演じる趣里の大奮闘(という形容がまさにぴったり)に尽きる。前回の記事で「MVP」と称賛したのは、スズ子の子役時代を演じた澤井梨丘だった。今回は満票で趣里である。

 朝ドラのヒロインには4度目の挑戦、2471人が応募したというオーディションにおいて、募集年齢上限の32歳で選ばれたという(現在は33歳。見えないが)。大抜擢と言わざるを得ない。

 奮闘の1つ目は、大阪弁の使い手として。東京出身の彼女がちゃんと大阪弁を操れるのか、大阪出身の私は不安に思ったのだが、『おちょやん』(2020年)の杉咲花に勝るとも劣らない、ほぼほぼ完璧なしゃべりっぷりである(大阪弁会話のリズム感だけはもう少しだけ欲張りたいけれど)。

 朝ドラに限らず、ドラマにおける大阪弁(人)表現は、東京/全国目線で誇張されて、しばしば下品になるものだ。大阪出身の私ですら「えげつなぁー」(=ずうずうしく無遠慮の意)と思うこともしばしば。

 しかし趣里は、しゃべりっぷり、ひいては立ち振る舞いの根本が上品でさらっとしているので、えげつなくならない。だから嫌味にならないし、今後も飽きが来ないと思う。

コメディエンヌとしての才能が開花

 奮闘の2つ目は、コメディエンヌとして。ドラマの中の趣里の動きには独特のとぼけた間のようなものがある。お笑いへの才能が開花したのではないか。

 この点について、どうしても思い出すのは、趣里のお母さん=伊藤蘭のことだ。『ブギウギ』の中で、コメディエンヌ的になればなるほど、趣里の顔付きがお母さんに似ているように感じてきたのは、私だけではあるまい。

 思えば、1970年代の歌謡界はお笑いの才能にあふれていた。中でも、桜田淳子、野口五郎、沢田研二、そしてキャンディーズ(特に伊藤蘭)は図抜けていたように思う。そういえば、お父さんの水谷豊も若い頃、ドラマ、特に『熱中時代・刑事編』(1979年)では、抜群の「お笑い運動神経」を発揮していた。

 もちろん本人の奮闘、がんばりが前提にあろうが、加えて、お笑い運動神経の血筋、さらには「演技には笑いが大切」というフィロソフィーを、両親から受け継いでいるような気がする。

 そして3つ目として、何よりもシンガーとしての奮闘に目を見張った。

 4歳からクラシックバレエを始め、中学卒業後にはロンドンの名門バレエ学校へ留学するも、大けがをして諦めたという経歴を知っていたので、踊りについては安心していたのだが、歌は正直、期待を大幅に上回った。

 このあたり、制作陣も同様だったようで、今回、主題歌と音楽を担当した服部隆之(羽鳥善一のモデルとなった服部良一のお孫さん)は、NHKドラマ・ガイド『連続テレビ小説 ブギウギ Part1』(NHK出版)でこう語っている。

――そうこうしているうちに、主演が決まってから歌のトレーニングをしていた趣里さんがどんどんうまくなっていて、これは(註:主題歌『ハッピー☆ブギ』を)彼女に歌ってもらうのがいいんじゃないか、という話に自然になっていったんです。

――趣里さんは俳優さんですから、歌に感情を込めるのはもちろん上手なのですが、今では魅力的な声を持った一人の歌手として、独特の世界を作り出しています。

 進境著しい歌唱力を見せつけたのは、先述、第30回の『ラッパと娘』だ(余談だが、笠置シヅ子版と同じAmのキーで歌い上げた)。

 そもそもこの曲、音粋が広く(真ん中のA=A3から、上の上のD=D5)、音の跳躍も多く、また俗にブルーノートというデリケートな音=「♪(バド)ジ(ズ)デ(ジドダー)」のE♭=が多く出てくる難曲である。

 対して趣里は、踊りの経験も活きたであろう抜群のリズム感をベースに、(笠置シヅ子版を『ジャングル・ブギー』の歌詞にある「女豹」だとすれば)まるで野良猫(褒め言葉、それも高水準の)が暴れ回るような迫力でシャウトして、視聴者を魅了した。

紅白歌合戦で主題歌を披露する?

 サイト「スポニチアネックス」(11月10日) によれば、今年の紅白歌合戦に「生歌唱する方向で最終調整」されているらしい。そういえば、伊藤蘭の出場も決まった。母娘共演もいいが、それよりも橘アオイ(翼和希)や秋山美月(伊原六花)との共演が見てみたい。

 以上、趣里の奮闘に付け加えたいのは、展開の速さである。第7週までで1926~1939年の14年間、幼少期からUSG(梅丸少女歌劇団)入団、労働争議、香川帰省(出生の秘密を知る)、東京進出、演出家との恋愛、「日宝」への移籍騒動、秋山美月との別れ……と、展開がてんこもりだった。

 このあたりは、同じくテンポが異様に速かった『カムカムエヴリバディ』(2021年)での学びが活きているのだろう。見ていて心地よい。忙しい時間に放送される朝ドラこそ、忙しい展開が似合うと思う。

戦争の表現は朝ドラの腕の見せどころ

 第8週(11月20日~)からは実質的な「第二部」といって良さそうだ。先のNHKドラマ・ガイド『連続テレビ小説 ブギウギ Part1』によれば、第8週から年末にかけて、じっくりと戦争を描くようである。

「第二部」のキーパーソンは、淡谷のり子をモデルにした茨田りつ子(菊地凛子)になるだろう。サイト「VOCE」の連載「黒柳徹子 私が出会った美しい人」 (9月11日)は、テレビ朝日『徹子の部屋』でゲストに招いた淡谷のり子が語ったエピソードを取り上げている(劇的な内容なので、以下少々長く引用させていただく)。

――戦争が長引くにつれ、食糧難になるだけでなく、英語を使うことが禁止されたりする中で、淡谷さんは軍の命令には従わず、軍歌は一切歌いませんでした。当時禁止されていたパーマヘアにお化粧もバッチリ、「これが歌手の戦闘服だから」と、華やかなドレスを着て兵隊さんたちの前に立つと、若い兵隊さんたちは拍手を惜しまなかったそうです。

「これが歌手の戦闘服だから」という表現の力強さはどうだろう。そして淡谷のり子が向かったある慰問先で、観客席に詰めかけた大勢の兵隊の少し横に目をやると、20〜30人の白鉢巻きをした子供がいる。係の人に聞いたら、こう説明される。

――「あれは特攻隊員です。飛行機ごと敵に突っ込んでいくので、命令が来て飛んだら、もう二度と帰ってきません。平均年齢は16歳です。命令が来たら飛びます。もし、歌っている最中に命令が来たら出ていきますが、悪く思わないでください」

 そして歌っていると、

――「そのとき、少年はさっと立って、ニッコリ笑って、敬礼して出ていくんです。私は……次の歌が歌えなくなりました。悲しくて。自分がいちばんつらいのだから、さっと去ってしまえばいいのに。一人一人が、笑顔で敬礼していくなんて……。あんなに悲しい思いをしたことはないです」

 戦争の表現は朝ドラの腕の見せどころだ。軍歌を歌わない茨田りつ子の横で、スズ子はどう歌って踊って恋して、どう生きていくのだろう。きな臭いことこの上ない世界情勢の中、朝ドラという国民的コンテンツの中で、戦争がどう描かれるか、興味が尽きない。

 しかし、どんな戦時下の辛苦が待ち受けてようとも、福来スズ子、いや趣里なら笑って向かっていくだろう。「♪バドジズデジドダー」と歌いながら。

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スージー鈴木(すーじー すずき)Suzie Suzuki
評論家
音楽評論家・野球評論家。歌謡曲からテレビドラマ、映画や野球など数多くのコンテンツをカバーする。著書に『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト・プレス)、『1979年の歌謡曲』『【F】を3本の弦で弾くギター超カンタン奏法』(ともに彩流社)。連載は『週刊ベースボール』「水道橋博士のメルマ旬報」「Re:minder」、東京スポーツなど。