2度目のアメリカンリーグMVPに輝いた、大谷翔平(29)。その11月17日(日本時間)の受賞発表時に存在感を放ったのが、大谷が最近迎えた犬だ。犬とハイタッチを繰り出したり、犬の頭部にキスをしたり……。「大谷選手の愛犬になりたい」と感じた視聴者も少なくないだろう。
大谷翔平の愛犬は
発表直後からSNS上では「ビーグルのミックス犬?」「キャバリアに似ているけど……」など、犬種を知りたいファンの声があふれた。正解は、コーイケルホンディエ(以下コイケル)というオランダ原産の犬種だ。ジャパンケネルクラブ(JKC)での2022年の犬籍登録頭数は155頭と、日本での飼育頭数は少ない。
大谷が暮らす米国のアメリカンケネルクラブ(AKC)でコーイケルホンディエが犬種として公認されたのも、2018年のこと。米国でも、コイケルは希少犬種と言える。
「なぜ希少犬種で、なぜ日本でブリーダーが少ないのか。それは、一度絶滅しかけた犬種であり、オランダ王妃の熱意により皇室の護衛犬として、またオランダの国犬として慎重に復活させた犬種だからです」
そう語るのは、オランダに設立されたコーイケルホンディエ協会で日本人初の会員となった母親とともにコイケルのブリーディングに携わる宮田理沙さん(長野オールドッグ訓練センター)。
「コイケルの成犬時の体重は9~12kgで、柴犬より少し大きいくらいです。かつてはカモ猟で、そのフサフサの尾を振ってカモをおびき寄せる役割を担ってもいました。猟犬の一種なのでスタミナがあり、運動神経も抜群。当犬舎出身のコイケルでも、ドッグスポーツで活躍している子がいます。飼い主さんとアウトドアレジャーやハイキングなどを一緒に楽しむのにも向いていて、2時間以上のウォーキングもへっちゃらです」(宮田さん)
スポーツマンの大谷のパートナーとして、コイケルはまさにぴったりの犬種と言える。
都内で4歳のコイケルのユニちゃんと暮らすKさん(40代男性)は、次のように語る。
「ユニは陽気で、表情も豊か。中高生の息子二人とも楽しそうに遊んでいます。とても活発で運動量が豊富な犬種なので、1日2回は散歩をしますし、暑い夏場は朝5時頃から一緒にランニングをするほどアクティブ」
悪徳ブリーダーが暗躍する危惧
「どの犬種にも言えますが、遺伝性疾患を可能な限り出さないブリーディング努力が欠かせません。コイケルは少ない頭数から数を増やすために、近親交配が避けられませんでした。近交度が高いとあらゆる疾患にかかりやすいことが知られているため、オランダのコーイケルホンディエ協会でも、血統と遺伝病の管理を徹底しているのです」
(宮田さん)
米国で犬種公認に時間がかかったのも、コイケルの健全性を守るためだろう。
オランダで明らかになった情報によると、コイケルは、1歳までに発症して全身麻痺に至る遺伝性壊死性脊髄症(ENM)や、血液の凝固異常を起こすフォンビレブランド病(vWD)にかかる可能性があるという。
「当犬舎では、遺伝子検査によりそれらの遺伝病の因子を持っていないコイケルだけで、ブリーディングをしています。日本のコイケルの有名犬舎でも同様で、人気犬種にするためにブリーディングをしているのではなく、歴史と伝統のあるコイケルをこよなく愛し、健全なコイケルを守るために力を尽くしているのです」(宮田さん)
しかし、今回の大谷フィーバーで、いわゆる悪徳ブリーダーと呼ばれるような営利目的に走る繁殖業者が、コイケルがかかりやすい病気に対する管理をせず、乱繁殖をする恐れもある。悪徳業者の飼養施設では、妊娠犬や子犬がケージに閉じ込められたままで運動や日光浴もさせてもらえないケースも多数確認されてきた。遺伝性疾患だけにかかわらず、飼育環境が原因で心身の健康に問題を抱える犬が全国に出回ってしまうと、犬も飼い主もつらい思いをすることになる。
飼育放棄の飼い主が後を絶たない
「うちは繁殖目的の方にはいっさい子犬をお譲りしません。ほかのシリアスブリーダーも同じだと思いますし、日本ではコイケルはブリーダーから直接購入するしかありませんが、あの手この手で、悪徳繁殖業者がコイケルを手に入れてしまわないか危惧しています」(宮田さん)
また、動物愛護活動に熱心に取り組む、箱崎加奈子獣医師はこう語る。
「衝動的に、気軽に購入できるペットショップなどで犬を迎えたはいいものの、結局、飼育放棄をする飼い主は後を絶ちません。かつては、シベリアン・ハスキー、最近ではミニチュア・ダックスフンドや柴犬などですね。
コイケルも含めて猟犬や作業犬は運動欲求が高く、最低でも1日1時間以上は散歩が必要です。運動欲求が満たされないと、吠え、噛み、破壊といった問題行動を起こしやすい。その行動が手に負えなくなり、犬の飼育放棄につながるのです。
犬の病気の看病や治療費が負担になって、犬を手放す飼い主もいます。その犬種に見合った運動量や食事量を与えてあげ、さらに適切な獣医療を受けさせてあげられる自信と覚悟を持てる方に、犬を迎えてほしいです」
宮田さんは、コイケルが飼いやすいかどうかを聞かれた場合、次のように答えているという。
「飼いやすさは、ちょうど中間くらい。オランダ皇室の護衛犬だった背景もあり、警戒心は強めです。家族に忠実なのは魅力ですが、外部の人や犬には反応しやすいでしょう。いわゆる“警戒吠え”はわりとしますね。小型犬と中型犬の境目くらいのサイズなので、吠え声は小さくもありません。いずれにしても、コイケルを迎えたらしっかりトレーニングをすることをおすすめしています」
大谷は、小学校時代から日ハム時代まで岩手県の実家でゴールデン・レトリーバーと暮らしていた愛犬家。コイケルとも上手に信頼関係を築き、お互い幸せな日々を過ごしていくに違いない。
日本の犬の平均寿命は14~15歳。長年寄り添い合う家族として犬を迎える前に、犬種の特性などをしっかり調べ、万全な準備を整えたい。
悪徳業者だって、消費者が賢くなって相手にしないようになれば滅びるだろう。なにより、すべての犬が幸せになることを、大谷も望んでいるはずだ。
<ドッグライター:臼井京音>