「私は中年太りとは無縁。還暦を過ぎた今も20代のころと変わらない細身の体形を維持しています。そんな私の体形キープの秘訣が、“やせ呼吸”と名づけた呼吸法。やせ呼吸を習慣化すれば、誰でも運動や食事制限なしでラクラクやせることができますよ」
と教えてくれたのは、呼吸器外科医の奥仲哲弥先生。
何をやってもやせないのは吐く力が弱いから
「やせ呼吸とは、長く強く吐く鼻呼吸のこと。私たちは1日に2万回以上も呼吸しています。ですから呼吸が心身に与える影響は大きく、正しい呼吸で身体が整うと太りにくくなります」(奥仲先生、以下同)
実際、奥仲先生の指導でやせ呼吸を実践した人からは、
《毎日腹筋をやっても変化のなかったお腹が、やせ呼吸を始めて3日で薄くなり始めました。2週間でウエストは6cm、下腹は2.5cmもサイズダウン!》
《142/94と高めだった血圧が、やせ呼吸を始めた翌日に120/92に低下。1か月後には、ウエストは5.2cm、下腹は9cmも細くなりました》
といった喜びの声が続々と届いているという。奥仲先生によると、中高年世代の女性は〈太る呼吸〉をしている人がほとんど。そのため、運動してもやせにくく、下腹がぽっこり出てしまうそう。
「太る呼吸とは、浅くて速い口呼吸のこと。そうなる原因は主に3つ。1つ目がストレスで、人間はストレスがあると首や肩が緊張します。すると肺周囲の呼吸に関わる筋肉の柔軟性も失われ、これらの筋肉を使わずにすむ浅い口呼吸を繰り返すようになります」
「太る呼吸」をしている人の特徴
□ 気づくと口が開いている
□ 呼吸が浅い
□ 階段を少し上がるだけでハアハアする
□ 疲れやすい
□ 頬やフェイスラインが垂れてきた
□ 下腹がぽっこり出ている
□ 以前より運動が苦手になった
□ 口が臭い
□ 朝起きると喉がカラカラ
□ せっかち
□ イライラすることが多い
2つ目がパソコンやスマホの長時間使用。前かがみの姿勢で首や肩がガチガチになることが口呼吸の引き金に。3つ目がコロナ禍のマスク生活。息苦しさから無意識に口呼吸となる人が増えた。
「口呼吸が癖になると、やがて息を吐ききることが難しくなります。するとすぐに息を吸いたくなり、浅くて速い口呼吸が習慣化していくのです」
それでなぜ下腹が出て太りやすくなるかというと、横隔膜がほとんど動かないから。
「横隔膜とは肺の底にドーム状についている膜のような筋肉。実は肺には筋肉がなく、自力では膨らんだり縮んだりできません。
そこで、肺の動きをサポートしているのが横隔膜。息を吐くときは横隔膜が上がることで肺がしぼみ、空気が押し出されます。反対に吸うときは、横隔膜が下がることで肺に空気が入ります」
肺をサポートする筋肉は、他にも首から下腹部にかけて20種類以上、存在している。
「これらの筋肉は横隔膜と連動するので、呼吸で横隔膜が動けば、お腹の筋肉も刺激され引き締まります。ところが浅く速い口呼吸では、横隔膜がほとんど動きません。お腹の筋肉も使われることがないのでたるみ、下腹がぽっこり出てしまうのです」
口呼吸の弊害は他にもある。
「呼吸で取り込まれた酸素は、肺から血管に入り、全身の臓器へと運ばれます。実はそのとき二酸化炭素がないと、酸素は血管から臓器に入れません。ところが浅く速い口呼吸では、酸素をとりすぎる一方で二酸化炭素が過剰に排泄され不足ぎみに。そのため、臓器に十分な酸素が届かなくなり、代謝が低下。太りやすく疲れやすくなるのです」
呼吸は自律神経を整える唯一の手段
奥仲先生がやせ呼吸を始めたのは20歳のころ。目的は持久力アップだった。
「私は中学、高校、大学とバスケットボールをしていましたが、5分ほどで息が切れる使えない選手でした。そこで自己流で取り組んだのが、長く強く吐く呼吸法。持久力がつき、10分間コートを走り続けられるようになりました」
後に呼吸器専門医となり、このやせ呼吸が医師として太鼓判を押せる、心身によい呼吸法であることがわかった。
「実は、呼吸は乱れた自律神経を整えることができる唯一の方法。横隔膜には自律神経が集まっているため、呼吸で横隔膜を動かせばリラックスを促す副交感神経が優位になります。私自身、信号待ちなどでイライラしがちでしたが、ゆったり待てるようになりました」
リラックス効果もある呼吸法でへこんだお腹をゲット!
【1】横隔膜呼吸で下腹ぽっこりを解消
呼吸が浅い人は横隔膜も動きにくくなっている。そこで横隔膜を動かす練習にトライ。
「横隔膜が大きく動くと、それに伴って呼吸に関わる筋肉も動くため、吐くときは胸がしぼみ、お腹がへこみます。反対に吸うときは胸とお腹がふくらみます。この横隔膜と胸・お腹の筋肉の連動を意識して行う呼吸を私は『横隔膜呼吸』と呼んでいます」
奥仲先生は自身のエックス線検査で、呼吸に伴う横隔膜の動きを確認。息を吐いたとき、横隔膜が10cm程度、大きくせり上がることがわかり驚いたそう。この上下運動で、肋骨の周囲にある肋間筋や腹筋、骨盤の底にあり膀胱や子宮を支えている骨盤底筋群も刺激される。
「中高年世代の女性は、そこそこ運動していても下腹がぽっこり出ている人が多いはず。しかし横隔膜呼吸を普段から行うと、呼吸するたびにウエストのくびれをつくる腹斜筋、お腹を内から引き締める腹横筋、尿もれに関わる骨盤底筋群などお腹まわりのインナーマッスルが刺激されるので、2週間~1か月という短期間でウエストや下腹がサイズダウンします」
呼吸で横隔膜が動くと、それにひきずられて腸などの内臓も動く。
「横隔膜が上がったりストンと落ちたりする動きによって、腸もダイナミックに動きます。すると、便秘などの腸トラブルが改善。また横隔膜を動かすと副交感神経のスイッチも入ります。ですから、長いレジ待ちにイラッとしたときや家族にムカッとしたときなどは、横隔膜呼吸で高ぶった気持ちを静めるといいでしょう」
横隔膜呼吸は立つ、座る、寝る、どんな姿勢でも実践が可能。いずれにせよ吐くとき、全力でお腹をへこませることで高い効果が得られる。
「お腹をうまく動かせない人は、両膝を立ててあお向けに寝て、片手を鎖骨の下、もう一方の手をへその下に当てて横隔膜呼吸をしてみましょう。胸とお腹の動きを確認しながら呼吸することで、お腹を動かす感覚をつかめるようになります。また鼻で吐くのを難しく感じる場合、口で吐くことから始めてもかまいません」
1.背筋を伸ばしてスッと息を吸う。お腹をへこませながら5~10秒かけて鼻から息を吐く
2.もう吐けないところまで吐いたら、お腹に力を入れてもう一度、吐く
3.自然に入ってくる空気を鼻から吸う。1〜3を4~5回繰り返す
【2】「いの口」呼吸で長く吐く練習をする
浅く速い口呼吸が習慣化すると、いくら鼻呼吸を意識しても、気を抜いたとたんラクな口呼吸に戻ってしまいがち。
「そこで私はいきなり鼻呼吸を目指すのではなく、口から長く息を吐く練習から始めることをおすすめしています」
呼吸が浅い人は息を長く吐くのも苦手。そこで奥仲先生が考案したのが、「い」の形で口を横に薄く開いて、息を吐く「いの口」呼吸。
「実際にやってみるとわかりますが、息を長く吐きやすいのは、ポカンと開ける『あ』の口ではなく『い』の口。それで長く吐くことを繰り返すと、空気が通る気道の圧力が高まり気管支が広がります。すると、よりスムーズに空気を出し入れできるようになります」
実践する際のポイントは2つ。1つ目は自分なりに息を吐ききったと思った後に、再度、息を吐くこと。
「口呼吸が習慣化している人は、息を吐ききることができなくなっています。そこで、お腹に力を入れ、肺に残っている空気を押し出しましょう」
2つ目が息を無理に吸わないこと。
「肺に残った空気を吐ききった後は力を抜き、自然に鼻から空気を吸います。そうすれば、必要な分だけの空気を肺に取り入れることができます」
「いの口」呼吸で長く吐くことに慣れたら、徐々に鼻で吐いて吸う鼻呼吸にチャレンジ。
「長く吐くことを習慣づけると、鼻呼吸がスムーズにできるようになります。私は毎晩、お風呂で『津軽海峡冬景色』など『い段』で終わる歌を歌って実践。『ふ~ゆげ~しき~~』とね」
1.スッと鼻から息を吸ったら、「い」の口で5~10秒かけて長く息を吐く
2.もう吐けないところまで吐いたら、お腹に力を入れてもう一度、吐く
3.自然に入ってくる空気を鼻から吸う。1~3を4~5回繰り返す
【3】酸素のとり込みすぎを改善! 息止めウォーキング
「これがやせ呼吸の一番のミソ」と奥仲先生が話すのが、息止めウォーキング。鼻から息を吸ったら呼吸をストップ。少し苦しいと感じたら息を吐くことを歩きながら行う。
「浅く速い口呼吸をしている人は、先に述べたように体内で酸素をうまく活用できません。そのため、ちょっと動いただけでハアハア息が切れたり、すぐ疲れたりするのです。そこで息を止めて、血中の二酸化炭素を増やすことが息止めウォーキングの狙い。二酸化炭素と酸素のバランスが整えば、全身の細胞に酸素が行き渡るようになり、内臓の働きがよくなるので代謝もアップ。やせやすくなるだけでなく、疲れにくくなれます」
息を止めるのが肝心なので、もちろん座って行ってもOK。ただ歩きながら行うことで『10歩だけ』『トイレに行くまで』など息を止めるタイミングをつかみやすくなり、生活の中に取り入れやすくなる。
「最初は10歩でも息が苦しいと感じるかもしれません。その場合は5歩程度から始めるといいでしょう。始めた当初はきつくても身体が酸素の少ない状態に慣れると、徐々に息を止められる時間が長くなっていきます。少ない酸素で身体を動かせる効率の良い呼吸が身につきます」
1.肩の力を抜いてリラックスして立ち、スッと鼻から息を吸う
2.鼻をつまんで息を止める(慣れたら鼻をつままなくてもOK)
3.2の状態で息を止めたまま、5~10歩歩く(途中でつらくなったら手を外す)
4.手を外して5~6秒かけて鼻から息を吐く。その後、1分鼻呼吸を続ける
取材・文/中西美紀