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 心筋梗塞は、心臓の筋肉に血液を送る血管が詰まったり、心臓がけいれんを起こすなどして心臓が正常に動かなくなる病気。

 全身の血流が滞ってしまうため、一刻も早い処置が必要だ。

女性特有の症状が死亡率の高さに影響

 治療としては血管にカテーテルを入れて詰まりを解消したり手術も行われるが、間に合わないと死に至ることも多い重篤な病だ。

 心筋梗塞の患者数は男性に多いことから、一般に「男性の病気」というイメージがある。ところが、死亡率では女性のほうが男性の2倍も高いという驚きの事実が明らかになってきた。

 発作を起こして病院で治療を受ける患者は男性が多いが、その後病院で命を落としてしまう割合は女性のほうが倍だというのだ。

 宮城県内の症例を基にこのデータをとりまとめた東北大学病院循環器内科の安田聡教授は、男女差の大きさに驚いたという。

「女性の死亡率が男性より高いことは人種を問わず世界共通であり、かなり前から知られていました。とはいえ心筋梗塞の救急医療が進んだ今も、その差がまったく改善されていないことに驚いたのです」(安田先生、以下同)

 安田先生がその後に主任研究員として参加した全国規模の研究でも同様の結果が得られた。

 2011~'13年の3年間に、発症から24時間以内に入院した女性患者数は、男性の約3分の1だったが、入院から30日以内に死亡した割合は、男性が6.9%なのに対し、女性は12.4%にも及んでいた。

 さらに、発症から治療開始までの時間を調べると、女性のほうが長い時間を要していることがわかった。

「心筋梗塞は、治療が早ければ早いほど救命の可能性が高まります。治療の遅れが女性の死亡率の高さに直結していると考えられます」

男女で大きく違う心筋梗塞

女性は胸痛以外の痛みや吐き気が多い

 ではなぜ女性は治療開始が遅れてしまうのだろうか。原因としてまず考えられるのが女性特有の症状だという。

「心筋梗塞を起こすと男性は主に胸の痛みなど心筋梗塞の典型的な症状を訴える人が多い。でも女性の場合は、胸に限らず、背中、あご、のどに痛みが出たり、食欲不振や吐き気などの消化器症状が現れたりします。

 そのため、本人もまわりも、一刻を争う心臓の病気だとは考えず、救急車を呼ばすに様子をみてしまう。また、消化器科など心臓病を専門としていない診療科にかかってしまう例も少なくありません」

あご・のどの痛み イラスト/青井亜衣

 さらに、このような女性の多岐にわたる症状は、入院したあとの治療の遅れにも影響する。安田先生自身も治療現場で、女性ならではの難しい局面を数多く経験してきた。

 ある80代の女性患者は、食後に嘔吐(おうと)し、強い胃痛もあったため救急車を呼ぶが、その症状から消化器科へ搬送された。

 胃カメラでは異常はなかったが、追って出された血液検査の結果で心臓の異常が疑われることに。そこで心電図をとって初めて心筋梗塞とわかり、ようやく循環器科に移されてきたという。

「なぜ女性に胸以外の痛みや胃腸症状が多いのか、原因はいまだ不明です。でも多くの症例から女性特有の症状が死亡率に影響している現状が浮かび上がってきたのです」

吐き気、嘔吐 イラスト/青井亜衣

痛みに耐えてしまう“ガマン強さ”も仇に

 女性の治療が遅れるもう一つの理由として考えられているのが、一般的に女性のほうが男性よりも痛みに強いという点だ。

 ホルモンの影響など理由は諸説あるが、相当な痛みも女性はガマンできる。そのため、救急車を呼ぶなどアクションを起こすまでに時間をロスしてしまうのだ。

「痛みがある場所にかかわらず、冷や汗が出る、話せない、立っていられない、顔面蒼白になる、意識が遠くなるなど、これまでに経験がないような症状があれば、身体に何かしら重篤なことが起こっている可能性があります。ためらわずに救急車を呼んでほしいと思います」

 また安田先生は「ふだんから自分の小さな症状を見逃さないことも大切」と語る。

「心筋梗塞を起こした人の半数には何かしら予兆があるとされています。例えば、徐々に動脈硬化が進んで心臓近くの血管が狭まっていると、何かのきっかけで一時的に心臓の筋肉への血流が滞って、狭心症の症状が現れたりします。

 特に、運動して脈拍数が上がったときに胸がきゅっとするなどの症状がある人は要注意です」

 また安静時であっても、朝目覚めたときや、寝入りばなに、同じ状況で胸に症状が出る人も注意が必要だとか。

「目覚め時は自律神経が副交感神経から交感神経優位に変わるとき、寝入りばなはその逆です。いずれも自律神経が不安定になっており、そのことが心臓にも影響すると考えられています。

 特に女性は男性よりも安静時に心臓がけいれんするタイプの心筋梗塞が多いこともわかっています」

女性はこんな症状に要注意!
・あご、のどの痛み
・腹痛
・吐き気、嘔吐
・肩の痛み
・食欲不振
・背部痛

閉経後は一気に心臓病のリスク増

 いざというときの対応も重要だが、何より発症を防ぎたいもの。その予防対策についても男女で差がある。特に女性が気をつけなくてはいけないのが「閉経後」だ。

「心筋梗塞が多く発症する年齢は、男性は55~60歳、女性は65~70歳で、女性は10年も遅くなっています。これは女性ホルモンが血管を柔軟に保つことによって、心筋梗塞の最大のリスク要因である動脈硬化を防いでくれていたためです。

 ところがその恩恵が失われる閉経後に、『これまで大丈夫だったから』と同じ生活を続けていると、女性も動脈硬化を、さらには心筋梗塞を起こすリスクが高まってしまう心配があります」

 男性より10年遅れるとはいえ、やがて訪れる“オンナの心筋梗塞年齢”に備えて食事や運動などの生活習慣を見直す必要があるというわけだ。

「2010年には、心疾患の男女差を踏まえて『循環器領域における性差医療に関するガイドライン』が作成されました。ところが実際には医療や救急体制に広く浸透しているとはいえないのが現状です。

 医療従事者に加えて、広く一般の方にも女性特有の症状を知っていただく必要性を痛感しています。女性はもちろん、男性も知識を持って、いざというときの判断に役立てていただきたいと思います」

安田聡先生●東北大学病院循環器内科教授。循環器疾患の性差医療ガイドラインの作成にも携わる。
教えてくれた人……安田 聡先生●東北大学病院循環器内科教授。循環器疾患の性差医療ガイドラインの作成にも携わる。

「いびきが大きい人」は心筋梗塞にご用心

 心筋梗塞による死亡率は女性のほうが高いが、患者数自体は圧倒的に男性が多い。男性の心筋梗塞の原因でいま注目なのが「睡眠時無呼吸症候群」だという。

「睡眠時無呼吸症候群は寝ているときに呼吸が何度も止まる病気ですが、呼吸が止まって酸素不足になると、酸素を含んだ血液をより多く送り出そうとして心臓の負担が大きくなります。

 それが繰り返されると心臓の機能は低下していき、心筋梗塞などの重大な病気を引き起こしかねません」

 と言うのは、無呼吸症候群と循環器病との関係に詳しい末松義弘先生だ。

 睡眠時無呼吸症候群はいま日本に2000万人近くいると考えられ、更年期を過ぎた女性も増えているが、多くは男性だ。

 同居する家族から「いびきがうるさい」と言われたり、夜中に何度も目が覚めるなど熟睡感がない人で血圧が高めの人は“心筋梗塞予備群”と考えて要注意。

「一度、睡眠外来などへの受診をおすすめします」(末松先生)

『いびき、無呼吸症候群に殺されない27の方法』著・末松義弘(青志社)※画像をクリックするとAmazonの商品ページにジャンプします。
末松義弘先生●日本初の循環器と無呼吸症候群の専門病院の開院に向けて準備中。著書にいびき、無呼吸症候群に殺されない27の方法(青志社)。

取材・文/志賀桂子