“萌え”“推し”など日常生活でも使われるようになったオタク用語。かつては限られた人間関係で、特定の話題のときにだけ使われてきた。しかし、現状を見渡してみるとアニメ、ゲーム、アイドル、BLなどそのジャンルは多岐にわたり、用語数もますます増殖。そんな最先端のオタク用語を集めた辞典『大限界』がこのたび発売され今話題に。広がりを見せるオタク用語は、どのように誕生し使われているのかを探った。
オタク用語のゼミは教育活動としても成立する
「ようやく購入したグッズが届いた……これより“開封の儀”を執り行います」
SNSでは、毎日のように“開封の儀”という仰々しい言葉が飛び交っている─。“開封の儀”とは、本来、東大寺正倉院の宝庫の扉の封印を解く、年に一度の儀式のこと。
ところが昨今は、好きなアイドルのグッズを開ける際や、ネット通販で購入したお気に入りの商品を箱から出す際などに使われる「オタク用語」として定着しているという。
「いわゆるオタクといわれる人たちの使う独特な表現は、オタク界隈を中心に、さまざまなシーンで使われているようですね」
そう説明するのは、自らが教えるゼミ生12人とともに『オタク用語辞典 大限界』を製作した、名古屋短期大学現代教養学科で教える小出祥子准教授。
当初は、大学祭のために作った同人誌だったが、その濃すぎる内容が話題を集め、三省堂から正式に出版されるに至った。それにしても、なぜオタク用語に特化した辞典を作ろうと?
「私は日本語を研究しているのですが、学生たちと話していると、まったくわからない言葉を話しているときがありました。特に、自分が応援する対象である“推し”について語るときは、知らない言葉だらけでした(笑)。日本語に興味を持つ者として、そうした言葉を面白く思い、集めたいと思ったんですね」(小出先生、以下同)
また、推しを語る際、いつもよりも自発的に主張する学生たちの姿にも好感を持ったと明かす。
「自分の意見をなかなか言えない学生は少なくありません。ですが、自分の好きなことについて話すときは生き生きしている。学生たちが前のめりになれるオタク用語をゼミのテーマにすれば、教育活動としても成立するのではないかと思いました」
その集大成が、オタク用語約1600項目を採集し、語釈と用例を付した『オタク用語辞典 大限界』だ。
昭和や平成から伝わる定番化したオタク用語(例:「ワロタ」など)も含まれるが、そのほとんどは私たちが聞き慣れない用語ばかり。これほどまでに言葉が多様な背景を問うと、
「私自身感じたことは、オタクの世界に入っていかないと触れられない言葉がたくさんあるということでした。例えば、ある学生が『現場が決まった』と話していたので、私はてっきりアルバイトが決まったものだと思っていたのですが、実際は“自分の好きなアイドルのコンサートに行ける”という意味でした。私たちが触れていなかっただけで、言葉自体はものすごくたくさん存在していた」
『オタク用語辞典 大限界』の中には、多数のゲーム用語も登場する。業界用語ではないが、中にいる人にしかわからない言葉も多い。昔であれば、こうした言葉は接点のない“界隈の外”に出ていくことはなかった。だが、
「知らないオタク言葉と接したとき、学生たちは『聞いたことがない』ではなく、『見たことがない』と話します。SNSの影響によって、言葉が外に広がりやすくなったのではないか」
と小出先生が分析するように、交流の手段はフェイス・トゥ・フェイス以外に多岐にわたるようになった。スマートフォンやボイスチャットなど、オタク用語が流出するシーンは、はるかに増えた。
これまでうまく表せなかった感情や概念を言語化
なんでも小出先生によれば、日本語は過去にも、言葉を伝える媒体の影響で変化したケースがあるそうだ。
「古くは“漢字”が入ってきたことで、言葉の記録が可能になりました。また、漢字が崩され、平仮名が生まれたのは、“筆”の使用と無関係ではないでしょう。“パソコン”が普及すると、顔文字が生まれました。現代のSNSが言葉にどのような影響を与えるのか、観察していきたいです」
オタク用語を口にする際、学生たちは「自発的」になる─。その点を、小出先生とともに『オタク用語辞典 大限界』を手がけたゼミ生のひとりに尋ねると、「昨今のオタク言葉は、自分発信として使う言葉が多いと思う」とうなずく。
「先ほどの“現場”もそうですが、自分が最大限楽しむために、その言葉を使っている感じです。オタク用語の中には、オタクの笑い声として“デュフフ”“ニチャア”“コポォ”などがあるのですが、すべてニュアンスが違うんです。『今の笑い方は、“デュフフ”だよね』ではないですが、自分の感覚をもっとも表現できる言葉を使いたい」(ゼミ生)
だからこそ、新しい言葉も生まれやすくなるわけだが、「これまでうまく表せなかった感情や概念を言語化してしまうことも、オタク用語の見事な点」と小出先生も一目置く。
「例えば、客観的な視点からストーリー展開を先読みする用語に“メタ読み”という言葉があります。自らを客観的に把握することを“メタ認知”といいますが、この言葉とストーリーを“読む”を掛け合わせている。ドラマを見ている人なら、俳優の顔触れなどから、犯人を予想したことがあると思うのですが、“メタ読み”という用語は、そうした行為を的確に表現している」(小出先生)
“メタ読み”は、カタカナと漢字、そして平仮名から構成される言葉だ。日本語特有の文字の種類の豊富さも、「表現としてしっくりくるかどうかを大きく左右する」とは、前出のゼミ生だ。
残った言葉と残れなかった言葉の違いを探る
「生命力が弱い生き物のことを、私たちは“よわよわいのち”と表記するのですが、“弱弱命”だったら、私たちがイメージする生命力が弱い生き物にならない(笑)。カタカナ、漢字、平仮名にこだわれることもオタク用語の面白いところだと思います」(ゼミ生)
それにしても、これだけ言葉が増えれば、廃れていく言葉もあるに違いない。小出先生は、この点も研究対象にしていきたいと話す。
「ゼミ生とともにこれだけの言葉を集めることができたので、継続的にオタク用語を研究していきたいです。新たに変化する言葉もあれば、使われなくなる言葉もあるはず。残った言葉と残れなかった言葉の違いを探ると、また新しい発見があると思っています」
現代のオタク用語とは、内省化した言葉が咲き乱れているといっていいかもしれない。自分の感覚や感情を、しゃく子定規な言葉に当てはめずに表現できることは、うらやましいこと。好きなアイドルのグッズを開けることは、まるで宝庫の扉の封印を解くように尊いのだ。
知っておきたい現代『オタク用語』
お顔が天才 【意味】
顔以外も良いことは言うまでもないが、顔の造形が本当に素晴らしく、唯一無二である様子。あまりにも尊く「顔」という表現では不敬に当たるため、「お顔」という表現を用いる。【用例】「今日もまた、推しのお顔が天才なのよ……」
死ぬ 【意味】
素晴らしさにショックを受けたり、最高だと表現したくなったりした際に使われる言葉。【用例】「今回のイベント、良すぎて死ぬ(死んだ)」
助かる 【意味】
推しから供給をいただいたことに対して返す感謝の言葉。また、供給に耐えられず、救済を求めるさまを「助けて」という。【用例】「くしゃみ助かる(くしゃみをしているかわいい様子を供給していただき、ありがとうございます)」
草 【意味】
笑えるほど滑稽で面白いこと。「草生える」で笑っていることを意味する。「w」が笑っていることを表し、それが草が生えているように見えることから。【用例】「このマンガ、めちゃくちゃ草生えるんだけど」
バブい 【意味】
成人男性であるにもかかわらず、赤ちゃんのような素直な様子を見せていること。純真無垢な様子。【用例】「推しがお口いっぱいにハンバーガーを頬張ってニコニコしながらもぐもぐしているところ、バブくて死ぬ」
取材・文/我妻弘崇