「ゴミ屋敷」と聞くと、どんな家や住人をイメージするだろう。地方の一軒家で、病的な収集癖がある人や認知症の老人が、自分の敷地にモノやゴミを積み上げ……という図を思い描く人が多いのではないだろうか。
水面下で増え続ける隠れゴミ屋敷
行政が指導しても解決に至らないことが多く、例えば愛知県蒲郡市では、2021年には69歳の男性宅に対し、行政代執行(所有者の代わりに適正な管理をすること)が行われた。
2年内で30回以上も訪問指導や要請が行われたが改善されず、火災のおそれや衛生問題もあったことから強制的に実行され、住人には400万円の請求が命じられた。
近年はさらに別のタイプともいえる“隠れゴミ屋敷”が増えているという。ゴミ屋敷の片付けを専門に請け負うゴミ屋敷パートナーズの石田毅社長によると、
「以前は戸建てに住む老人が典型的でしたが、今は依頼数の1割程度。残り9割は都会のマンション、アパートなどのひとり暮らしや2人暮らしです。年代も若く、新社会人や働きざかりの人たちがほとんどです」と話す。
多くが賃貸の部屋で、外から見るだけではゴミ屋敷とはまったくわからないのが特徴だ。
「一軒家と違って、賃貸は外にゴミを出す場所がない。共用の廊下に出すわけにもいかないので、家の中にどんどんたまっていく。ドアの前に立ってもわからないけれど、玄関を開けたら腰の高さまでゴミ、というすさまじい部屋も少なくありません」(石田さん、以下同)
環境省が初めて実施した全国調査で、自治体が把握しているゴミ屋敷は5200件以上にのぼると発表した。最も多かった地域は880件の東京都で、年代は若年層。
今までの「ゴミ屋敷=老人、地方」というイメージを覆す結果となり、石田さんの現場の声と一致する。
「ただ、件数に関しては氷山の一角だと思います。うちにくる依頼件数だけでも年間3000件近く。成約に至らない相談もあり、水面下にはもっと隠れていると思います」
隠れゴミ屋敷化しやすい職種とは
隠れゴミ屋敷は、言ってしまえば極度のセルフ・ネグレクト。何かをきっかけに、しだいに自分のケアができない状況に陥り、悪循環から抜け出せない状態だ。
普通に生活をしていれば、家の中にゴミをため込むはずはないと思うかもしれない。忙しいのは言い訳だ、だらしないだけだ、という自己責任論も根強い。だが、石田さんは決してそうではないと言う。
「ほとんどの人がしっかりした職につき、頑張っている普通の人です。優しくて、まじめな人が多いんですよ。
ただ、そういう性格なだけに、仕事が終わらないから休めない、ピンチヒッターを断れなくて15日間連続勤務……など、私生活が後回しになってしまう。その結果、どんどん部屋が荒れていくんです」
看護師や介護士など夜勤のあるエッセンシャルワーカーや、長距離トラックの運転手、新聞記者など。昼夜問わず働き詰めな職種の依頼者が多い。そして、そうした人の多くは早朝のゴミ出しが難しいライフスタイルを送っている。
「夜間に仕事をしている人やWワークをしている人は、そもそもゴミを出せる時間に家にいない。前の日の夜に出せば怒られ、迷惑をかける。長時間労働で疲れきって自炊もできないから、コンビニ弁当やカップラーメンですませる。
そのゴミが3食ずつたまっていけば、あっという間にキッチンを占領し、部屋を侵食してしまう。たまるゴミを踏み固めながらその上で暮らし続けている人も」
大量のゴミを分別しながらの作業
程度の差こそあれ、部屋がゴミで埋まっているのが普通で、背の丈にまで“山”が達していることもあるという。
「ゴミが増えて台所が使えなくなり、置き場所がなくなって風呂にもトイレにも押し入れにもゴミがぎゅうぎゅう。なんとか分け入って、目の前のものから分別しながらゴミ袋に入れ、場所を確保していきます」
分別して捨てるのは依頼者のゴミの処理費を安くするため。また、「お客様が大切にしていて、残してほしいというものは捜して残してあげたい。よい再スタートをきるためにも、そこは大切にしています」
費用は、ゴミの量とかかった日数、人件費によるが、ワンルームで15万~30万円。1日、2日の作業が多いという。
隠れゴミ屋敷の実態がどれほどのものか、実際に石田さんが片付けた例を紹介しよう。
食品ゴミに群がる大量のゴキブリ
依頼者は40代女性の看護師でひとり暮らし。夜勤が多く精神的疲労も重なってゴミ捨てができなくなり、1LDKの部屋が隠れゴミ屋敷と化してしまったという。
ゴミの大半はペットボトルや弁当容器などの食品ゴミ。行き場のないゴミが踏み固められ、部屋全体がゴミで底上げされた状態。もちろん、床は一切見えない。
「この現場はゴミの物量はもちろんですが、それよりも食べ残しによる悪臭がひどかったですね。食べきれなかったお弁当などが、そのまま放置されて腐敗し、悪臭を放っていて。ゴキブリも大量に発生していました。大げさではなく1000匹はいたんじゃないでしょうか」
そんな部屋に住み続けていたとは、にわかに信じがたいが……。
「ゴミ屋敷に住んでいる人は、ゴミの臭いに慣れてだんだん感覚がまひしてしまうんです。また、僕たちが作業をしたのでゴキブリもワッと出てきました。
普段はゴミの下に隠れていたんだと思いますが、ゴキブリのいる空間が日常化していて……。その異常さにも気づけていないんですね」
集合住宅なので燻煙(くんえん)剤は、隣の部屋にゴキブリが逃げて迷惑をかけるので使えない。
その他のゴミを掘り起こすたびに壁を一気に駆け上がるゴキブリに、すかさず殺虫剤を吹きかけるという根気勝負。強力な殺虫剤を5本以上使っての過酷な作業となった。
最終的にゴミの量はゴミ袋300袋以上、トラック5台分に。そもそも1LDKにそんなにゴミが入るのかと不思議だが、踏み固められて圧縮されていればそのくらいは可能だという。
残してほしいゲーム機やお気に入りのパーカもゴミ底から見つかり、依頼者はほっとした様子だったという。
「依頼者の男女比は女性6割、男性4割くらい。女性は精神的な悩みを抱えやすく、社会的にも弱い立場に陥りやすい。誰にも頼れずにいるシングルマザーも多いです」
ゴミで埋もれた台所、自炊できず家計圧迫
もう一件の実例は、息子と2人暮らしをしている50代の女性。2DKのアパートは生活ゴミや通販の段ボールで足の踏み場もなく、トイレに至っては空のペットボトルで便器が埋もれていた。
その状態で3年暮らしていたという。見積もり時は、恥ずかしそうな、申し訳なさそうな様子を見せていたという。
「優しいお母さんという感じの方で、ゴミ屋敷化してしまったことで中学生くらいの息子さんに、手料理を作ってあげられないことをとても苦にしていました」
家主である女性は、隠れゴミ屋敷化した経緯について、
「女手一つで息子を育てるために仕事を掛け持ちしていて、休めるのは日曜日だけ。仕事から帰っても“片付けは明日やろう”、“掃除は週末に”と、家事や掃除を後回しにするようになり……。気づいた時には、自分ひとりではどうにもできないほどのゴミの量になっていて」と話す。
ゴミに埋もれて台所が使えなくなってからは外食するしかなく、家計も苦しくなって悪循環に。不安やストレスから自暴自棄になり、片付けようという気力すらなくなっていった。
引っ越してきたばかりの状態に戻し、また息子に好物の卵焼きを作ってあげたいと勇気を出して依頼してきたのだ。
「このお客様は僕たちが作業している様子を発信しているYouTubeの動画を見て、1年近く悩んだうえでご連絡いただきました。1日できれいになった部屋を見て驚かれると同時に、涙を流して『心を入れ替えます』と誓っていました」
その言葉どおり、3週間後にお宅を訪問したところ、片付け直後よりきれいに。家を整えることが楽しいと、前向きに変わっていたという。
「再びゴミ屋敷にリバウンドしてしまう人は、実はわずか。収集癖や精神的な問題で元に戻る人もいますが、9割の方が片付けた状態をキープしています」
本人が、このままではダメだ、なんとかしたいと思っても、気づいた時にはひとりではどうしようもない状況になっている人がほとんど。
民間の片付け業者に頼むのが唯一といってもいい解決策で、依頼する勇気とともにそれなりの費用も必要だ。業者の質もピンキリで、悪徳に近い業者も存在する。
「ざっくりとした金額ではなく、見積もりが明確な業者を選んでほしいですね。“ゴミをトラックに積んで、往復した回数で金額が決まるので当日に費用が確定する”と言い多額な費用を請求する業者もいるようです。作業人数や作業日数を、前もって具体的に提示してくれるところが安心です」
働きざかりで休めない人や、育児や介護をひとりで抱えている人など。“誰にも頼れない”状況が招く隠れゴミ屋敷。
「ゴミが捨てられない……」はわが身からの“助けて”のサインだと認識し、キャパオーバーを感じた時には、身近な人や自治体などにまずは相談をしてほしい。
取材・文/野沢恭恵