「(このような週刊誌の取材を受けることは)ほとんどないですね」
岩瀬敬吾。もしかしたら下の名前だけ&表記はカタカナ、そして枕詞にふた桁の“数字”があったほうが親しみを覚える人も少なくないかもしれない。『19(ジューク)』として'98年にデビュー。現在はソロで活動する彼のニューアルバム『traditional humming』が12月25日にリリースされる(ライブ会場での先行販売)。フルアルバムとしてはなんと15年ぶりとなる。
「驚いちゃうような月日ですよね」
ライブでお金を稼いで、家に戻って…そんな15年だった
そう苦笑いする岩瀬に新作、そして現在について話を聞いた。
「(期間が)空いた理由としてパッと思い浮かぶのは子育てですかね。ちょうど15年前に長男が生まれて。曲は書いてはいたんですけど、なかなか子育てで制作に向かう腰が浮かなかったといいますか」
もちろんこの15年間まったく音楽活動から離れていたというわけではなく、岩瀬は日本全国さまざまな土地に赴き、歌い続けてきた。
「ツアーに出て、ライブでお金を稼いで、家に戻って。ツアーに出ると3〜4週間くらい家を出ていることもざらだったので、家に戻ると少し気持ちと身体を休めて、またツアーに出て……。そんな15年だったような気がします」
岩瀬は3児の父。
「子育ては本当に手探りという感じでした。子どもを育てるということについて僕も妻もなかなか上手ではないと思っています。妻は一生懸命やってくれてますが、自分は10数年前ですと事務所を離れて全部自分でするようになって。子どもを言い訳にするわけではないんですが、ツアーに出るか、家に帰ってうちのことをするかという感じで。また、なかなか制作に対するお金を回せないというか、生活のほうにほとんどウエイトがいって、(ライブで)稼いでは帰ってという感じでしたね」
'11年に当時の所属事務所を退社。自主レーベルを立ち上げて以降、活動に関することはすべて自身でやるようになった。
「楽曲提供であったり、(子どもの面倒を見ながらできる)自宅でどうにかできないかなとか考えたんですけど、結局ツアーに出て、ライブ費用をもらって、まとまったお金を毎月持って帰るというのが自分にとって現実的というかやりやすいものだなと」
「重い腰は重いまま」と笑うが、「これ以上、待たせるのは良くない」と今作に至った。
「他の方はどうかわからないですけど、自分は他のことが(同時進行で)できないんですよね。曲を書くんだったら曲を書く。集中して書いて、その曲をまた客観的に見るのに時間が必要といいますか。
不器用なところは多々あると思うんですけど、その間の仕事、収入がないので、そこに対する恐怖感はありましたね。仕事を止めてしまうと家庭に対してお金を入れられなくなる期間が明らかにできるので。それはちょっと怖かったですけど、勇気を出して仕事をしない月とかを作りました。(制作という)仕事はしているんですけど(笑)」
そうして15年ぶりとなる12曲入りのフルアルバムが完成。まもなく世に出る。
「『traditional humming』っていうのは伝統的・文化的っていう……僕が25年間続けてきた音楽は鼻歌程度で全然よくて、自分はすごく音楽として何かを残したいとか、こういうものをしたいってことではなく、自分がやってきた鼻歌程度のものを四半世紀続けてきた。そういう思いがある……よっていうタイトルですかね(笑)」
19の頃の自分は「メインボーカルではない」
『あの紙ヒコーキ くもり空わって』『すべてへ』などの数々のヒット曲に紅白出場。一世を風靡したといって過言でない人気デュオにあったが、自身の歌についての当時の評価は──。
「自分は『19』でデビューしましたけども、皆さんの印象を借りるとしたならば、メインボーカルではないと思うんですよね、きっと。僕もそんなところのポジションにいるなぁって感じはしてたので、そこまで歌に対する強いプライドってのはなかったんです。
自分の声に自信があって、これで何かを変えられるっていう思いは全然なくて。でも、声というものを楽器のひとつとして捉えて、素材として追求することに対しての面白さというのはすごく感じていました。
ずっとそういうふうな目線で自分の声を見てきたので。今はしっかり自分の歌に自信を持ってます。自信というか人にアピールする自信ではないんですけども、ちゃんと意図は届けられるように声を重ねてきたかなと思っています」
新作となるアルバムは、いわゆる“流通”には乗らない。CDの配送も自身で一手に担う。
「流通っていうのは、いわゆる全国のCD屋さんに行って買うっていうことですよね。でも今はそういったお店もずいぶん限られているので、今はもう流通の意味もほぼない。今回はまだやっていないですけど、Amazonだったり楽天とかもそうですけど、個人でそういうところも使えますし、サブスクもあります。
いくらでも発信する方法があるので、自分でやれる限りはやりますね。メジャーレーベルにいるわけでもないですし、メジャーにいたとてレーベルのやっていることもほとんど配信ですしね。配信で何万再生とか、そういった部分を重要視しているだけなので。そういうので気にかかって聞いてもらうような、それで喜ぶような年でもないですから」
そんな新作は25日リリースのため現在は予約販売であるのだが、販売を停止している。在庫として枚数は残っているのだが、25日に東京・高円寺で開催するワンマンライブを訪れてくれた人に販売する分を残しておかなければならないための販売停止であり、好調が理由だ。
ツアーはときにソロで、ときにバンドで全国各地へ
「発売前にまったく音源を外に聞かせないままたくさん予約をいただいたり、ライブで当日買おうと思ってくださっている方がいるというのはとても自信になりました」
ツアー先ではファンも含め、さまざまな人と出会う。そしてそこで抱いた感情は今作の楽曲にも乗っているという。
「旅で出会った人たち、ライブに来てくれる人たち、また“ライブに来てください”と会場を押さえてくれる人たちって、すごく音楽好きなんですけど、どこか物悲しそうなものを持ってらっしゃる方が多い印象で。
何かそういった人たちの隙間を埋められるような曲が書きたいなっていうのはありました。人のためにっていうことで考えていくと限界があるので、僕はそういうふうな曲の書き方はしないんですけど、でもどこか何か想像する上で、どうしてもそういった人たちの、そんな表情がちらついて。
父親として重ねてきた年月もあるとは思うんですけど、そういった見え方というか、自分に余裕があるとかではまったくないんですけど、ひとつ、少し支えになれればいいなと思いましたね」
ツアーはときにソロで、ときにバンドで全国各地へ。訪れるのは小さな街も少なくない。
「最初は都市圏だけだったんですけど、“自分のところに呼んだら来てくれますか?”という声をかけてもらって、それが広がっていった感じですね。ぜひ呼んでくださいって話をして」
また会場もライブハウスだけでなく、カフェバーなどでも歌う。
「自分がいろんなところでやっているというのをSNSで見てくださって、それが大きなきっかけだと思うんですけど、SNSにはずいぶん助けられましたね。自分から探すときもあるんです。“この街で歌いたいな”と思って、ホームページを探して、“こういう者ですけど”ってメールしたりとか」
メディアが問う金・解散・再結成の意思
このようにメディアの前で彼が話すことはあまりない。そのためか'20年に出演したバラエティー番組では“解散後テレビ初出演!”と大きく謳われた。
「メディアはやはりある程度影響力があるので、それでお客さん増えたらいいなっていうだけで出ましたね(笑)。別に出たかったわけじゃなく、出たいと思ったことはないです。(岡平)健治くんがたまに出て、お金だなんだって話をずっとしてるので、それに僕も何か言わされるみたいな感じですかね」
メディアが問うてくるのはたいてい決まっている。金・解散・再結成の意思……。
「別に内情ってそんなに知りたいですかね? と……。聞くあなたたちだっていっぱいあるでしょって思うんですけど。僕もそんなふうに聞かれるのはわかったうえで出ているので、文句というわけではなくて。その分お客さんが来てくれたらいいなっていうだけですよね。本当、それだけです。
だから話の内容になんの面白さも感じていませんし。と言いつつも、('20年の番組出演直後)コロナ禍になっちゃったんで、なんかより“出て失敗したな”とか思ったりしました。時期的にお客さんが来れるような状況じゃなかった。出損でしたね、僕的には(笑)」
コロナ禍にはファンに向け『17live』でライブ配信を行った。当時の配信は彼のYouTubeで視聴できる。
「やっぱり生活していかなきゃいけないので、配信で稼がないとな、というところからのものと、YouTubeもしっかりやらないとなと思って、『17live』でやったものをアップした感じですね」
ライブ配信では『19』の楽曲を歌うこともあった。当時の曲を“今”歌うことについては──。
「歌って嫌だということはないですけど、何かやれば何か反応があるので、それが面倒くさいとは思ったりします。歌い方が違うとか、変わったとか。ずっと歌ってきたものではないので、変わってしまうのは仕方ないので。
ただ、評価するに値しない人たちの意見なので。僕のことを評価できる立場じゃないというか。ずっとライブに来てくれてたりとか、見てくれている人たちの話だったら正座して聞きますけど(笑)。(配信を始めた)心情というか、ざっくり言うとやはり本当に生活をしなきゃいけないっていうのが大きいです」
奇しくも今年は『19』結成25周年の年。それは岩瀬のデビュー25周年を意味する。25年前と変わり、音楽はサブスクで、もしくは巷で話題になっていたり、そこからYouTubeなどで事前に耳にしてから購入に至るというのが、現在、音楽に対してお金を使うときの“普通”といえる。
「そういうのが一切ないので、(予約をたくさんもらえたことは)すごく嬉しいですね。自分がずっとやってきたことに対して信頼してもらえたのはすごくありがたいと思います。自信もありますし、リリース後は少しずつMVも考えていったりとか、そういったアウトプットもしたいと思います。あからさまにバンバン作るつもりはないですけど、これから広げていこうと思っているので、そこに対する勇気にもなりますね。次の制作物に対する資金にもなりますし、だいぶありがたいです」
(文中、敬称略)