ディズニーランドのビッグサンダー・マウンテン

 ノーベル賞のパロディとして創設され、世界中の独創性に富んださまざまな研究や発明の中からさらに「人々を笑わせ、同時に考えさせる研究」に贈られるのがイグノーベル賞です。私たちの日常で遭遇するぼんやりした「?」や滑稽な出来事、事件を科学的に解き明かして、見事イグノーベル賞を受賞した研究を紹介した書籍『ヘンな科学 “イグノーベル賞”研究40講』より一部抜粋・再構成してお届けします。

ジェットコースターで尿路結石が通る

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

「楽しい」「子どもが喜ぶ」「本当は苦手だけど、彼女の前で格好付けたい」以外にも、ジェットコースターに乗る理由が見つかった。

 2018年に医学賞を受賞した研究ではアメリカの医師らが、決まった特徴を持つジェットコースターに乗ることで、小さい尿路結石なら尿路を通ることがあると報告した。彼らは、尿路結石を持つ人は定期的に遊園地に行くと良いだろう、と提言している。

 研究を行ったのはデイビッド・ワーティンガー医師とマーク・ミッチェル医師。きっかけはワーティンガー医師が担当する患者の春休み旅行だった。患者がフロリダ州にある遊園地のディズニーワールドから帰ってくるなり、「先生!ビッグサンダーマウンテン(ディズニーワールドにあるジェットコースターの1つ)に乗ったら石のうちの1つが通ったよ!」とワーティンガー医師に報告してきた。

 ディズニー公式サイトによると、ビッグサンダーマウンテンは「鉱山列車が、荒野を急旋回する」ことがテーマのライド。とても人気がある。

 慎重派のこの患者、石が通ったのはただの偶然の可能性もあると考え、何回かビッグサンダーマウンテンに乗ってみた。すると、毎回新たな石が通ったそうだ。

 興味津々のワーティンガー医師は、実際に試してみることにした。3Dプリンターで尿路のシリコン模型を作り、大きさの異なる3つの石や尿も含め、ある尿路結石患者の腎臓系を忠実に再現した。その模型をリュックに入れ、腎臓のある辺りの位置で抱え、医師自身で20回、ひたすらジェットコースターに揺られた。

 本当は、ウシかブタの腎臓を遊園地に持って行って試したかったものの、「ファミリーフレンドリーな遊園地で、そのようなものを周囲の目に入れるのは不適切である」としてやめたらしい。

 ディズニーワールド側には事前に許諾を取った。論文の謝辞では「この研究を敷地内で行う許可を与えてくれたディズニーワールドに感謝する」と述べている。

ジェットコースター後方の席のほうが石が通る

 患者の言っていたことは本当だった。腎臓模型の中で確かに石が通ったのだ。ワーティンガー医師は、ジェットコースター後方の席に座った時のほうが、前方の席に座った時よりも、腎臓から尿路へ結石が移りやすいことを確認した。

 石の大きさにかかわらず、前方座席では17%の確率で通った一方で、後方座席では64%の確率で通った。後方座席のほうが揺れが激しいから、と推測している。

 また、論文では、「理想的なのは、速く、荒く、ある程度ひねりや回転があるが、逆さまになったりしないものだ」とコメントしている。スペースマウンテンやロックンローラーコースターなど、ディズニーワールドで比較的「こわい」とされるジェットコースターにも乗って試してみたが、効果は見られなかったからだ。

 ビッグサンダーマウンテンはライドのテーマからもガタガタ動くように設計されており、乗客は横に細かい振動で揺さぶられる。一方、スペースマウンテンなどは速度が速過ぎて、加減速のたびにかかる重力により、反対に石が固定されてしまうと、ワーティンガー医師は推測している。時速65キロメートル以上であれば良いが、時速160キロメートルでは速過ぎるらしい。

6ミリメートル以下の石なら試す価値あり

 医師たちは、一度石が通った後も定期的にジェットコースターに乗ることで、大きな石の発生の予防にもつながるだろう、と結論付けた。ジェットコースターに乗ることで直径6ミリメートル以上の石が通る確率は1%程度なので、6ミリメートル以下の石なら試す価値あり、とのことだ。

 カルシウムや尿酸が尿路に蓄積してできる結石。原因は不明な場合が多いが、動物性タンパク質の過剰摂取はリスクを上げるとされている。日本人では男性で7人に1人、女性で15人に1人が一生のうちに一度は尿路結石ができるとされている。

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 すぐに生死に関わる病気ではないが、石が尿管に移動するととても痛いらしい。小さい石は自然に通るのを待つことが多いが、石をとるために手術が必要な時もある。

 また、手術とまではいかなくとも、衝撃波を使って大きな石を砕く方法もある。この場合は石の残骸が腎臓に残り、結局また石を形成してしまう可能性があるそうだ。

 ということで、石が大きくなる前に行ってみましょうか、遊園地。

 ワーティンガー医師のコメント

「これが業界一般の認識とは言えませんが、私たちはこの研究を始めてから患者さんたちに勧めており、なかなか成果があるように思えます」


五十嵐 杏南(いからし あんな)Anna Ikarashi
サイエンスライター
1991 年愛知県生まれ。カナダのトロント大学で進化生態学・心理学を専攻(学士)。休学中に半年間在籍した沖縄科学技術大学院大学で執筆活動をはじめる。同大学卒業後、イギリスのインペリアルカレッジロンドンに進学。科学の専門家と非専門家をつなぐことを目的とした学問「サイエンスコミュニケーション」の修士号を取得。同カレッジ在学中に、NHK CosmomediaEurope やBBC でリサーチャーを務める。日本帰国後は京都大学の広報官を務め、2016年11 月からフリーに。2019 年9 月、一般社団法人知識流動システム研究所フェロー就任。