2023年の年末、週刊文春によってダウンタウン松本人志氏の性加害疑惑が報道され、芸能界は騒然とした中で2024年を迎えた。
文春・告発者と、吉本興業・松本氏、それぞれの主張は平行線をたどっている。芸能事務所、テレビ局、広告主(スポンサー企業)の各社は、状況が見えない中で対応を迫られることになっている。
昨年のジャニー喜多川氏による性加害問題以降、取引先各社の対応は大きく変わってきたように見える。現時点での動向と、各社のリスク対応のあり方を整理してみたい。
3カ国語で行われた、松本さんの「活動休止」発表
吉本興業・松本氏の動きで大きかったのが、1月8日に松本人志氏が「当面の間活動を休止」すると発表したことだ。この発表は、吉本興業の公式サイトで行われているが、日本語、英語、中国語の3カ国語で発信されており、世界に向けて広く発信しようという意図がうかがえる。
活動休止の理由として「このまま芸能活動を継続すれば、さらに多くの関係者や共演者の皆様に多大なご迷惑とご負担をお掛けすることになる一方で、裁判との同時並行ではこれまでのようにお笑いに全力を傾けることができなくなってしまう」と説明されている。
たしかに、テレビ局や広告主(スポンサー企業)としては、事実関係が曖昧で、状況が二転三転している状態が、もっとも対応がやりづらい。番組出演やスポンサーを取り下げるか継続するかの判断が難しくなるし、どちらを選択しても批判を浴びてしまう。
関係各社への配慮としては、活動休止は適切な判断であると言える。また、こうした問題が発生した場合、下記の3点を並行して対応する必要がある
(1)事象それ自体への対応(今回の場合は、文春・告発者との向き合い)
(2)ビジネス面での対応(特に取引先との関係維持)
(3)広報対応(メディアやSNSの炎上への対応)
芸能人の場合、特に松本氏のような大物となると、メディアの注目度も高く、(3)が非常に重要になるし、これを誤ると(2)にも大きく影響してしまう。いったん、活動を休止して、(1)に注力することで、ビジネス機会は失うが、(2)、(3)の部分の対応も最低限に抑えることができる。
ただ、気になる点もある。松本氏がX(旧Twitter)アカウントで直近まで情報発信を続けていたことだ。
活動休止を発表する直前には、会合の仲介者だと報道されているスピードワゴン小沢一敬氏に告発者が送ったとされるLINEのやりとりのキャプチャ画像を「とうとう出たね。。。」というコメントと合わせて投稿。活動休止公表の同日と翌日にも、フジテレビ系列の「ワイドナショー」に出演することを告知している。
上記の投稿は、メディアでも報道されたほか、SNS上でも賛否両論の物議を醸すに至っている。1月13日時点ではそれ以降の投稿はないし、「ワイドナショー」への出演も取りやめとなっている。
松本氏にはいろいろと言いたいことはあるのだろうが、活動休止を表明したのであれば、それ以降はSNSの投稿を控えるのが望ましい。これではアクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなもので、活動休止の効果が薄れてしまう。
なぜ吉本・松本氏は記者会見をしないのか?
吉本興業、あるいは松本氏が記者会見を行わないことに対して批判もある。直近で見る限り、記者会見が開かれそうな気配はないし、当面は開かれることもないと思われる。
もちろん、松本氏が主張するように、文春の報道が「事実無根」なのであれば、記者会見を開いて堂々と主張すればよい。
しかし、今回の場合は争点となる「事実」の範囲が曖昧だ。性加害が行われたと報道されている飲み会について「事実」のレベルはいくつかある。
1. 飲み会そのものが開かれていなかった
2. 飲み会は開かれていたが、性行為、あるいはそれに類するものはなかった
3. 飲み会は開かれており、性行為、あるいはそれに類する行いはあったが、合意のものであった
4. 飲み会は開かれており、性加害、あるいはそれに準ずる行為があった
吉本興業、あるいは松本氏が記者会見を開いたとして、記者からは、報道されている内容である4を想定しての厳しい質問が出ると想像される中、どう事実関係を調査・認定して、かつ説明するかという難しい問題がある。
文春の報道がまだ今後も続く可能性もあり、記者会見を開いて自己の正当性を主張したとしても、もしその後にそれを否定する新たな報道が出てしまうと、主張の正当性は揺らぎ、記者会見を行った意味も薄くなる。
文春も告発者側も対抗姿勢を示していることを考えると、少なくとも相手側からの反論もなく、そのまま事態が収束していくとは考えにくい。今の時点では「活動休止」が松本氏サイドがとれる適切な対応といえるだろう。
迅速に対応したメディアとスポンサー企業
続いて、この騒動についてのメディアと広告主(スポンサー企業)の対応について触れたい。一言で言うと、両者ともに「迅速な対応を行った」と言えるだろう。
まず、NHKが1月2日、翌日放送予定のスピードワゴン小沢氏の出演番組の放送を見合わせるという判断を行った。なお、小沢氏は性加害が行われたと主張されている飲み会を設定した(週刊誌的に言えば「女衒役」)ように報じられている。
この段階では、小沢氏の所属事務所のホリプロコムから「私どもからお話することはございません」というコメントが出ているのみだった。
事実確認ができていない段階で放送を見送るのは、何らか表に出てこない事情があったとも想像されるが、少なくともその時点で「(小沢氏、および所属事務所は)十分に説明責任を果たしていない」という判断があったのではないかと筆者は考える。
1月9日に入り、ホリプロコムは文春の報道内容を「小沢の行動には何ら恥じる点がない」「特に性行為を目的として飲み会をセッティングした事実は一切ない」と否定したうえで、小沢氏の活動継続を発表したが、1月13日に一転して、活動自粛を発表している。
そこには、取引先であるメディアやスポンサー企業への配慮があったのだろうが、小沢氏側の主張の正当性が揺らいで見える結果ともなってしまっている。
その直後から、民放番組でも松本氏出演の番組の提供スポンサー表示が消えたり、番組内のCMがACジャパンに差し変わったりしている。年始の能登半島地震やそれに続くJALと海保機の航空機事故などで自粛モードにあったことは事実だが、それだけでは説明はできない。
松本氏の報道を受けて放映を見送ったといった表明はなされてはいないものの、「いったん、放映や社名表示を取り下げて様子を見る」という判断が各企業でなされたであろうことは想像に難くない。
ジャニーズ問題を経て変わった「空気」
ジャニー喜多川氏の性加害事件では、昨年9月7日に旧ジャニーズ事務所の記者会見で正式に事務所側が性加害を認めるまで、テレビ局もスポンサー企業も出演タレントの起用を続けていた。その直後にドミノ倒しで起用を取り下げたことに対して、「手のひら返し」という批判がなされた。
起用する側としては、「事実確認ができていない段階で取り引きを打ち切るのは好ましくない」という判断があったのだろう。しかし、ジャニーズ事務所の性加害問題について事後に明らかになった想定以上の被害の規模や、自殺者まで出てしまった顛末を鑑みると、事実が確定していない段階でも「状況を注視する」「推移を見守る」として判断を先送りすることは、「責任逃れ」と批判されかねない状況にある。
芸能関連に限らず、企業のリスク対応のトレンドは、「疑わしきは静観」から、「疑わしきはいったんストップ」へと移行しつつあるといえる。それは昨年に起きた一連のジャニーズ騒動への対応で右往左往した日本企業が学び取ったことかもしれない。
西山 守(にしやま まもる)Mamoru Nishiyama
マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。その後、マーケティングコンサルタントとして独立。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞。テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。