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 医学の進歩とともに画期的な薬が次々に登場し、多くの患者を救っている一方で、扱い方を間違えると深刻な副作用で病気を悪化させたり、命を危険にさらす要注意な薬があるのをご存じだろうか。

命を脅かす危険な薬の副作用

 以前から使われてきた効果の高い薬でも、時間の経過とともに予期せぬ副作用が現れて深刻な問題が浮き彫りになることもある。新しい薬であれば、なおさらだ。

 そこで、いまもっとも注意すべき薬の一つ「抗がん剤」について詳しい現場の医師に話を聞いた。

近年、患者が急増中!心臓むしばむ【抗がん剤】

 必死の思いでがん治療を終えたのに、抗がん剤の副作用で重い心不全を発症し、命の危険にさらされる──。

 近年こうした恐ろしい事例の報告が増えていると話すのは、神戸大学医学部附属病院の腫瘍・血液内科で教授を務める南博信先生だ。

「がんの治癒率が低かったひと昔前までは、がんを治療することが最優先で治療後のことは二の次にされてきました。

 ところが、新しい薬が開発されるなどしてがんの生存率が上がった今、ある特定の抗がん剤で治療したあとに心不全を発症する人が増えており、問題視されています」

 抗がん剤の中には、がん細胞と同時に心臓の筋肉の細胞まで攻撃してしまう薬剤があり、治療中や治療後に心臓の筋肉に障害が起きて心不全を引き起こすことがあるのだ。

「特に注意すべきなのが、乳がんや悪性リンパ腫などに高い効果が期待できる、アントラサイクリン系の抗がん剤。代表的な薬剤にアドリアマイシンなどがあります」(南先生、以下同)

 アントラサイクリン系の抗がん剤は、一生涯で使える量が決まっていて、それを超えると心筋障害を発症しやすくなる。こうした薬の特徴を理解せず、ずさんな治療を行う医師がいまだにいるのも事態を悪化させていると南先生。

「ある子宮体がんの女性は、別の病院でアドリアマイシンの使用歴があるにもかかわらず、新しい病院の婦人科医に以前の使用量を確認されないまま規定量を超えてアドリアマイシンを投与され、心不全を引き起こしました。

 その後、患者さんは心臓を専門とする循環器科で治療を受けて一命を取り留めましたが、認識不足の医師による間違った処方は大きな問題です」

 なぜ、こうしたずさんな治療が行われているのか。

「本来、抗がん剤はがんの薬物治療を専門とする腫瘍内科で行うのが理想ですが、日本では腫瘍内科医の数がまだ少なく、腫瘍内科がない病院もあります。

 その場合、外科や婦人科などの医師が抗がん剤の治療を行いますが、なかにはきちんとした抗がん剤治療のトレーニングを受けていなかったりして、副作用を悪化させるケースがあるのです」

乳がんなどには使わざるを得ない

 これほど深刻な事態を招いている抗がん剤が使われ続けているのはなぜなのか。

「乳がんや血液のがんなどは、アントラサイクリン系以外の抗がん剤では治療成績が落ちるため、がんを治すためには使わざるを得ません」

 しかも、がん患者の増加に伴ってこの薬の売り上げはこの10年で約2倍に増えている。

「アメリカなどでもアントラサイクリン系の抗がん剤は使われていますが、副作用による心筋障害を防ぐ薬が28年も前に開発され、使われてきました。ただ、日本では認可がまだ下りておらず、使うことができないのです」

 しかし、以前はその薬がないと治せないと考えられていたのだが、早くに心臓の異常を発見し、日本でもすでに承認されている心不全の薬を使えば、改善する場合があることがわかってきたのだ。

「心不全の症状は、足がむくむ、息が切れる、だるさ、動悸(どうき)など。その多くはがんの症状と同じで見分けるのは難しく、さらに心臓に不調が生じても症状が出ないこともあります。ですから早期発見には、心臓のエコー検査が欠かせません。

 アントラサイクリン系の抗がん剤を使う場合は事前の心臓のエコー検査に加え、治療中も定期的な検査が本来は必須なのです」

 ただし、心臓のエコー検査機は高額で台数が少なく、病院によっては混んでいてすぐに受けられないケースも。

「心臓はめったにがんにならないことから、これまで心臓の医師とがんの医師の連携が不足していて、定期的に心臓のエコー検査をするなどの体制が整っていない病院もありました。最近では新たに腫瘍循環器外来が作られるなど、徐々に連携が進んでいます」

 がん治療で病院を選ぶ際は、腫瘍内科があるかどうかや、循環器科との連携が行われているかも確認したい。

この薬に注意!
・アントラサイクリン系
・免疫チェックポイント阻害薬

(下はすべて分子標的薬)
・トラスツズマブ
・ベバシズマブ
・ダサチニブ
・カルフィルゾミブ
・RAF/MEK阻害薬

心臓リスクの高い人は主治医に相談を

 もし、すでにアントラサイクリン系の抗がん剤を使ったことがある人でエコー検査を一度も受けたことがないなどの不安がある場合は、主治医に心臓の検査をしてほしい旨を伝えてみよう。

「特に心不全を引き起こしやすい高齢、高血圧、糖尿病、慢性腎臓病、脂質異常症、喫煙、肥満、心臓の持病などのリスクがある人は、主治医と相談しながら経過観察を行うことが大切です」

 また、リスクを減らすためには、患者自身でも健康管理を行う必要があると南先生。

「抗がん剤治療を行う際は、肥満や高血圧、喫煙などの生活習慣を見直すことが欠かせません。アントラサイクリン系を以前に使用したことがある場合も当然、心不全のリスクが高まりますので、自分が使った薬をメモしておいて、別の病院にかかる場合は担当医に伝えるようにしましょう」

 さらに昨今、アントラサイクリン系抗がん剤以外にも、新しく登場しているがんの治療薬の中に心筋障害を起こしやすい薬が増えているという。

免疫ががん細胞を攻撃する力を保つ免疫チェックポイント阻害薬や、新しいタイプの抗がん剤であるトラスツズマブといった分子標的薬にもアントラサイクリン系と同様の副作用を引き起こす薬剤があります

 これらはさまざまながんに使われている薬のため、患者は医師に任せきりにせず、使っている薬のリスクを把握し、医師と相談しながら治療を進めていくことが大切だ。

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いま私たちにできること
・自分の抗がん剤の種類を確認
・リスクが高い人は主治医に心臓の検査を依頼する
・肥満や高血圧、喫煙などの生活習慣を見直す

10人に1人が心臓病で亡くなっていた
 新たに抗がん剤治療を始めた人のうち、4サイクル(3~4か月)以内に亡くなった141人の死因を調べたところ、大半はがんによって亡くなっていたが、およそ1割の人は心臓などに血栓ができたことが原因で亡くなっていたことがアメリカの研究で判明した。

南博信先生●神戸大学医学部附属病院、神戸大学大学院医学系研究科内科学講座腫瘍・血液内科学分野教授。日本腫瘍循環器学会理事長。
教えてくれたのは……南 博信先生●神戸大学医学部附属病院、神戸大学大学院医学系研究科内科学講座腫瘍・血液内科学分野教授。日本腫瘍循環器学会理事長。

取材・文/井上真規子