いまや、日本人の2人に1人ががんにかかる時代。そこで気になるのがお金の問題だ。がんになったら、いったいいくらかかるのか……。
がん治療の負担額は方針や進行度しだい
「ある調査によると、がんの治療にかかった自己負担費用の総額は、平均56万円です」
そう教えてくれたのは、ファイナンシャルプランナーの黒田尚子さん。注意すべきは、これがあくまでも「平均」にすぎないこと。
同調査で一番多かったのは20万~50万円というケースだが、10万円以下だった人が2割、逆に100万円以上かかった人も1割いる。なぜこんなに差が?
「まず、がんの種類や進行度で治療費は変わります。そして、もっとも左右するのは治療に対する考え方、価値観です。どんな治療をどこまで受けるか、セカンドオピニオンを受けるかどうか。
また、入院中に差額ベッドを利用するかどうかで病院に支払う費用は大きく変わります。都市圏では差額ベッド代が1泊1万円を超えるのが普通ですから」(黒田さん、以下同)
公的な健康保険には「高額療養費制度」があり(詳しい説明は後述)、1か月あたりの治療費が約9万円以下に抑えられるはず。それなのに100万円以上かかることがあるなんて……。
「実は、がんにかかるお金は3種類あります。そのうち、高額療養費が適用になるのが1種類だけなんです」
3種類の費用とは次のとおり。このうち、差額ベッド代や交通費などは高額療養費制度が適用されない。治療中の心身の負担を減らそうと個室やタクシーを利用していると、自己負担が大きく増えてしまうのだ。
がんにかかるお金
高額療養費制度の対象は(1)だけ! (2)と(3)は自己負担なので要注意
(1)病院に支払う治療のためのお金
検査、診察、治療、薬、入院などのための費用
(2)病院に支払うプラスアルファのお金
差額ベッド、入院時の食事代の一部、先進医療などの費用
(3)病院以外に支払うお金
交通費、抗がん剤治療などのために病院の近くに宿泊するための費用、健康食品、ウィッグ購入費など
高額療養費制度の他利用できる制度が
がんを巡る金銭的な負担を抑えるには、公的な「もらえるお金」をしっかり使いこなしたい。
まず知っておきたいのが先ほど触れた高額療養費制度だ。これは、病院や薬局で支払ったお金が、ひと月ごとに上限額を超えたら、その超えた分のお金が戻ってくるというもの。
「上限額は年齢や収入によって異なります。70歳未満で一般的な収入なら、おおむね9万円です」
なお、お金が戻ってくるのは申請から約3か月後だ。立て替え払いができない場合は入院前に、加入している公的健康保険に申請して認定証をもらっておこう。
認定証を病院の窓口に提示すれば最初から病院窓口での支払いを上限額までに抑えることができる。
会社員や公務員なら、もらえるお金は他にもある。がんで仕事を休んで給料をもらえない、あるいは減らされた場合は、勤め先の健康保険から傷病手当金が支給される。期間は最長1年6か月で、退職後ももらえるのが心強い。
がんのために仕事をいったん辞めて、求職活動をする場合は、雇用保険から「基本手当」(いわゆる失業給付)がもらえる。
「注意したいのは、傷病手当金と失業給付は同時にはもらえないこと。仕事を辞めたら残りの期間の傷病手当金を受け取りつつ、ハローワークで失業給付をもらえる期限を延長する手続きをしておき、まずは休養。働けるようになったら失業給付をもらいながら仕事を探すといいと思います」
がんによって障害が残れば障害年金が受給できるようになる。
「障害年金は、国民年金より厚生年金のほうが手厚く、対象となる障害の内容も幅広い。初診日に厚生年金に加入していたことが受給の条件です」
女性の場合、抗がん剤服用後の医療用ウィッグや、乳がんの手術痕をカバーする胸部補整具を利用することもあるだろう。自治体によっては、こうした費用に対する助成金を用意している。住んでいる自治体に問い合わせてみよう。
がんでもらえるお金
高額療養費制度
・誰がもらえる?
→月初から月末までの医療費が一定額を超えた人
・いくらもらえる?
→年齢や収入、かかった医療費によって異なる。70歳未満で一般的収入なら、おおむね9万円を超えた分の医療費
・どこに申請?
→勤め先の健康保険組合。国保なら市区町村役場
傷病手当金
・誰がもらえる?
→会社員や公務員など健康保険の加入者
・いくらもらえる?
→給与の約3分の2を最長1年6か月
・どこに申請?
→勤め先の健康保険
失業給付
・誰がもらえる?
→雇用保険に一定期間加入・ハローワークで求職の申し込みをし、働く意欲がある人
・いくらもらえる?
→賃金日額のおよそ50~80%(60~64歳は45~80%)。もらえる日数は勤務年数による
・どこに申請?
→ハローワーク
認知症は出費のほか、介護者の収入減も
「親の認知症が進行して、介護費用がかかるようになったので、本人の預貯金でまかなおうとしたのですが、『本人の意思確認がとれないから』と銀行に口座を凍結されてしまったのです。介護費用を引き出すには法定後見の手続きが必要と言われてしまって……」
と困り顔のA美さん。
認知症を巡っては、さまざまなお金に関する困り事が発生する。
「まず、医療費や介護費がかかります。慶應大学医学部と厚労省の共同研究をもとに計算すると、認知症にかかるひと月の医療費の平均は、1割負担の場合だと外来で約0.4万円。入院した場合は3.4万円になります。
介護費は、在宅だと1割負担の場合、月約1.8万円。施設介護は、月30万円かかることも珍しくありません」
と黒田さん。問題なのは出費がこれだけではないこと。
「認知症は、本人が動き回れる状態のときは、要介護度が低く認定されます。見守りの負担が大きいのに、要介護度が低いために公的介護保険の上限額が少ないのです。
その上限額を超えて介護サービスを利用した分は全額自己負担。そのお金がない場合は、家族が仕事を休んで介護をすることに……」
その結果、家族の収入が大幅ダウンしてしまうケースがあるのだ。そして、介護費用を本人の口座から引き出そうとすると、先述の口座凍結問題が発生するというわけ。口座凍結対策としては親の認知症が進行する前の準備が重要だ。
「比較的簡単なのは、親の判断力がしっかりしているうちに、親の口座からお金が引き出せる人を決めておく“代理人指名手続き”や“代理人カード”の発行をすませておくことです。
あるいは、あらかじめ介護用にまとまったお金を子どもの口座に移して預り金とし、その内容を親に一筆書いてもらっておいてもいいですね。
そうすれば贈与とはみなされません。民間保険についても、指定代理請求特約や家族登録の手続きをすませておきましょう」
認知症にかかるお金
(1)医療費
検査や治療などにかかるお金
(2)公的介護保険の対象となるお金
在宅介護や施設介護にかかるお金(上限があるので要注意!)
(3)その他
・(2)の上限額を超えた分の介護費
・送迎のタクシー代
・認知症高齢者見守りサービスの費用
・家族の収入減
・成年後見人に払う報酬…など
判断力低下による想定外のトラブルも
認知症は医療、介護以外にもさまざまな費用が発生する。
迷子になり、介護事業者に捜索を依頼した場合の人件費。遠方で発見された場合の送迎タクシー代。成年後見人として家庭裁判所から弁護士や司法書士などが指名された場合の毎月の報酬。いずれも数万円かかることが多い。
判断力が低下した状態で高額な買い物をしてしまったり、自宅外で交通事故などのトラブルを起こして家族が損害賠償を求められたりする可能性についても覚えておきたい。
すでに加入している自動車保険や火災保険に個人賠償責任補償の特約がついているか、そしてその補償内容を確認しておこう。
「認知症介護は長期戦です。太陽生命の調査では、認知症の介護期間は平均5年かかることがわかっています。その結果、介護にかかる総額は、平均258万円に。もらえるお金はしっかり活用することが重要です」
認知症で「もらえるお金」は、がんのときと比べると、少々心もとない。
「例えば、高額療養費制度に似た、高額介護サービス費というものはあります。ただ、もらえる金額は、要介護状態に応じて決められた限度額の範囲内だけ。限度額を超えて介護サービスを利用した分については、補助はナシです」
なお、年間の医療費や介護保険の自己負担額の合計が一定額を超えた場合には、超過分がもらえる高額医療・高額介護合算療養費制度もある。
ちなみに、家族の力でなんとかしようとして子が仕事を辞めるのはおすすめしない。介護が終わったあとの自分たちの老後生活が不安定なものになるからだ。
「介護される本人の預貯金や年金でまかなうと決めておきましょう。あとは介護休業給付金を利用しながらなんとか仕事を続けることをおすすめします」
また、やむなく介護に専念する人は家族介護慰労金がもらえることも。
認知症でもらえるお金
高額介護サービス費
・誰がもらえる?
→1か月の介護保険の自己負担額が一定額を超えた人
・いくらもらえる?
→1か月の介護保険の自己負担額のうち、一定額(世帯全員が住民税非課税の場合、2万4600円)を超えた分など
・どこに申請?
→市区町村役場
高額医療・高額介護合算療養費制度
・誰がもらえる?
→1年間(8月1日~翌年7月31日)の医療保険と介護保険における自己負担の合算額が一定額を超えた人
・いくらもらえる?
→70~74歳の住民税非課税世帯の場合、年額31万円を超えた分など
・どこに申請?
→加入している健康保険
介護休業給付金
・誰がもらえる?
→会社員で、2週間以上、常時介護が必要な家族を介護するために仕事を休んだ人
・いくらもらえる?
→賃金日額×支給日数(最大93日×介護を受ける人数)×67%
・どこに申請?
→勤務先
家族介護慰労金
・誰がもらえる?
→要介護4または5の人を、同居しながら介護している家族。自治体によって制度の有無や詳しい条件は異なる
・いくらもらえる?
→自治体によって異なる
・どこに申請?
→市区町村役場
人工透析なら障害年金を受給
腎臓のかわりに機械で血液をきれいにする人工透析。いま年間約4万人が新たに透析を導入していて、そのうち約6割が糖尿病や高血圧が原因だ。
一般的な血液透析だと、1回4時間、週3回も受けることになり、それが一生続く。医療費はいったいいくらかかるのか……。
「確かに、人工透析には高額な医療費がかかりますが、患者自身の負担を軽減するための制度が整っています。高額療養費制度の特例により、患者本人の自己負担は一般的な収入なら1か月1万円が上限となります。
ただ、人工透析以外の、糖尿病や高血圧などの持病があれば、それについての医療負担は別途かかります。
また、体力の低下により、送迎バスや公共交通機関の利用が困難となり、通院のたびにタクシーを利用せざるをえない人が多いようですね。この負担がかなり痛い。仕事を継続することも困難になるケースもあります」
そのため、高額療養費制度の特例以外の支援もしっかり利用したい。例えば、人工透析を受けている場合、原則として2級の障害年金を受給できるので、まだ老齢年金を受給していない世代なら、年金請求の手続きをしよう。
「年金とは別に、身体障害者手帳も申請しておきましょう。医療費の負担がさらに軽減されたり、障害者雇用枠で仕事が見つけられるようになったりするなど、さまざまな経済的なメリットが得られます」
こうしたさまざまな「もらえるお金」は、自分から申請手続きをすることが必要。
「自分に合った制度がないかしっかりリサーチして、余すところなく利用しましょう」
人工透析でもらえるお金
高額療養費制度の特例
・誰がもらえる?
→透析を受けている人
・いくらもらえる?
→一般的な収入なら、1万円を超えた分の医療費
・どこに申請?
→加入している公的健康保険の窓口
障害年金
・誰がもらえる?
→保険料の納付要件など、障害年金受給に必要な条件を満たしている人
・いくらもらえる?
→障害基礎年金2級(昭和31年4月1日以後生まれなら年額79万5000円)
→初診日に厚生年金に加入していた場合、障害基礎年金2級+障害厚生年金2級
・どこに申請?
→年金事務所
取材・文/鷺島鈴香 ※本記事の内容は2023年12月現在のものです。