世界有数の長寿国、日本。長い老後のキモとなる“健康”を少しでも維持しようと高い意識を持っている高齢者は多い。
「多くの情報があふれかえっていますが、現在は科学的に正確な情報と不正確な情報が、世の中に入り乱れている状態です」
こう語るのは、島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授の大野智先生。情報過多で真偽不明な健康が蔓延(まんえん)する現状を危惧する。
「商売のにおいが少しでもするような科学的データを目にしたり耳にした場合、理論上は筋が通っているようでも、〈ちょっと怪しい〉と疑ってかかることが、“エセ科学”を駆使した悪徳商法にだまされない唯一の防衛策です」(大野先生、以下同)
活性酸素を体内から除去?人気を集める水素水
ここ数年、スポーツクラブ等々で人気を集めているのが水素水。水素分子や水素イオンを溶かし込んだという水のことで、酸素と結びついて身体を錆び(老化)させる活性酸素を除去するといった話なのだが……。
「水素に還元(酸素を取り除く)する力があるのは確かです。ですが、人体に入って活性酸素を消去して、さらには老化を防ぐかに関しては、確認されていません」
活性酸素とは酸素の一部が通常よりも活性化したもののことで、過剰になると身体の細胞を破壊するとされている。水素水はそんな活性酸素を体内から除去してくれるという。
「活性酸素を除去するといいますが、体内に侵入した細菌を殺すのも、実は活性酸素の役目なんです。そんな活性酸素を体内からすべて除去してしまったら、かえって身体に悪いことが起こりかねない。
活性酸素を除去して老化を防ぐと謳う水素水については、私は懐疑的に捉えていますね」
乳児が命を落とした事例もあるホメオパシー
ホメオパシーという代替医療。18世紀にドイツ人医師のハーネマンが始めた治療法を指す。ハーブや鉱物などを含ませた水を規定の回数振り、その水を含ませた砂糖玉である“レメディ”を飲用する。
レメディに含ませたハーブや鉱物の“波動”や“記憶”が病気や気になる症状を治療するとされ、自然治癒力を高める治療法として、欧米では根強い人気を維持している。
イギリスのチャールズ国王も皇太子時代、この治療法の大ファンであることを公言していた健康法だが……。
「ホメオパシーに関しては、医学的には用いない、と完全に否定されています。日本学術会議の会長が強い懸念を表明、『「ホメオパシー」への対応について』という談話を公表したほどです」
警告まで出すことになった背景には、痛ましい事件があったから、と大野先生。
2008年8月、山口県在住の女性が助産師のもと長女を自宅出産。ところが同年10月、赤ちゃんは生後2か月で脳出血で死亡してしまう。原因はビタミンKの欠乏。新生児メレナという症状を起こしていたのだ。
「新生児メレナを防ぐために、ビタミンKを飲ませなければなりません。それなのにホメオパシーに心酔していた助産師さんは、ビタミンKの波動や記憶を持ったというレメディを与えていた。
カルテには“ビタミンKを投与”と虚偽記載までした上で、です。日本学術会議の会長談話で警告したのは、こうした悲しい事例があってのことです」
コラーゲンは機能性表示食品かを確認、期待しすぎずに
タンパク質の一種であるコラーゲン。身体のさまざまな組織を構成する成分だ。
「コラーゲンはアミノ酸で構成されていますが、加水分解などの方法で吸収されやすくしたものがコラーゲンペプチド。アミノ酸が数個結合したものです。
これを試験管中のヒフをつくる線維芽細胞に振りかけると、コラーゲンをつくり始めるのが確認されています。なので“肌の潤いに役立つ”“関節の曲げ伸ばしを助ける”等々に関してはいいのかもしれません」
そのために利用するのならば、「機能性表示食品」であることもひとつの指標と大野先生。事業者の責任で、科学的根拠を基に商品パッケージに機能性を表示するものとして、消費者庁に届け出られた食品である。
消費者庁のWEBページで機能性表示食品の「届出情報検索」ができる。そこで国が認めた食品を確認するといいだろう。
ただし、コラーゲンペプチド含有食品を食べれば60歳の肌が20歳のときのように若返ったり、関節痛を一掃するものではない点には留意を。
「肌の保湿量の改善維持は認められているものの、その効き目はわずか。期待しすぎは禁物です。肌や関節の悩み改善ならば、すべきことは他にもあります」
肌の悩みなら、紫外線ブロックのクリームやジェルの使用などを考えたい。
「関節は、筋肉と連動した器官です。筋肉量が落ちているから関節に負担がかかって痛むのです。筋トレやストレッチ、腰痛体操などが有効です」
デトックスなど身体に優しそうな言葉も実は……
身体から毒素や老廃物を排出するデトックス。半身浴、岩盤浴、断食などありとあらゆる方法が「デトックス効果あり」と主張し、ダイエット効果などを謳うケースも。
中には足裏に特殊な樹液が含まれたシートを貼って寝るだけで、翌朝にはシートが茶色く変色しているというものなども。体内の毒素が排出され、病気に打ち勝つ免疫力も強化されるというふれこみのようだが……。
「そもそも毒素とは何なのかというところも曖昧。現在のところデトックスというもの自体、あまり意味がないと考えられています」
樹液シートの変色に関しては、体内毒素が排出(はいしゅつ)されたわけでなく、体温や湿気によって変色する成分が含まれているからに過ぎないとか。
「足裏の汗腺を通じて汗と一緒に毒素が排出されるとしていますが、汗腺にはそのような機能などないでしょう。これに関しては、マジックのようなものでしょうね」
そうした健康そうな言葉が一人歩きしていると話す。
「〈自然〉、〈天然素材〉、〈ナチュラル〉など、身体に優しそうなイメージで販売されているものもが多いが、自然・天然であることが安全を保証しているものではない点には注意が必要です」
好転反応は苦情防止の言い訳の可能性もある
化粧品や健康食品でよく聞く“好転反応”。“これを使うと一時期ボツボツが出ることがありますが、それは体内の毒物が排出された証拠です”そんなセールストークについ納得してしまう人もいそう。
「好転反応は医学用語にはありません。ボツボツが出たのは肌や身体に合っていないだけ。苦情防止の言い訳に使われることが多いのではないでしょうか。好転反応という言葉以外にも、免疫力というような〇〇力といったものにも注意。
免疫力が上がれば上がるほどいいのかというと、それほど単純でもないのです。例えば花粉症には免疫力が高いことで起こる症状もあります。ほかにも、最近よく耳にする腸活や温活などといった言葉もその根拠となるものを調べてから判断すべき」
遠赤外線は身体を温める効果はある
遠赤外線や足つぼなど、昔ながらの健康法は?
遠赤外線は、深部まで到達するという遠赤外線を利用することで、血流を良くし、肩こりや腰痛などを和らげようというもの。
「整形外科のリハビリ器具など、医療機器として流通している遠赤外線機器は確かにあります。ただし、あくまで身体を温めることで痛みや拘縮の緩和を狙ったもので、老廃物やコレステロールを排出するような機能はありません」
毒素が出るようなことを謳う遠赤外線治療器に関しては疑ったほうがよさそう。
「こうした機器に限ったことではありませんが、補完代替療法は健康保険の対象外ですから、利用者の費用も大きな負担になってしまう。
利用の適否を金額で線引きできるものではないですが、消費者庁や国民生活センターの報告によると、健康食品や美容製品などにおいて被害件数が最も多いのは、健康被害ではなく、契約トラブルなどの経済被害であることも知っておいてほしいです」
鍼灸の一つと見れば効果アリ「足つぼマッサージ」
では、一説には2000年の歴史があり、アジア圏を中心に広く行われている足つぼマッサージはどうか?
足裏にあるという経穴(つぼ)を刺激する健康ワザのことで、指圧され、悲鳴が上がると同時に施術者から“あなたは肝臓が弱っていますね”と言われるシーンをテレビなどで一度や二度は見たことがあるはずだ。
「指圧と鍼灸(しんきゅう)はほぼ同じ。足つぼを指圧の一種と見れば、経穴を押していると考えることはできます。そして経穴には、血流改善効果があることが検証されています」
漢方薬や鍼灸、ヨガといったものなど、現代西洋医学とは異なる施術や補完代替療法は効果が検証されているものもあり、すべて否定するわけではないという。
「例えば、がんになったら不安で不眠になることもあるでしょう。こうした患者さんにヨガを試してもらったら、眠りの質がよくなったという研究結果もあります」
漢方に関しては日本東洋医学会がランダム化比較試験で厳しくチェック、一部症状に効果が確認されており、鍼灸師はれっきとした国家資格だ。
「怪しそうだと、すべてを否定するのはよくありません。私自身も鍼(はり)治療などで症状が改善したこともあります。西洋医学と対立的に捉えるのではなく適切な形で補完していくべきです。
気をつけたいのは、補完代替療法の中には西洋医学を否定することで優位性を主張しているケースがあるということ。本来の医療を受ければ治るはずの病気が、補完代替療法のみしか実践しないことで“機会損失”となる場合もある。それは避けてほしいです」
健康食品も伝統医療も、信じすぎてしまうのは危険。病院での標準的な治療を否定しているものには近づかないようにしたい。
よく見かける健康キーワードを検証
水素水
体内に入った水素が活性酸素を除去し、老化を予防するかに関しては懐疑的
ホメオパシー
レメディを治療法とした“波動”や“記憶”を有する証拠はなし
コラーゲン
一部に関しては効果あり。だたし劇的なまでの効果はない
漢方薬
一部症状に関しては日本東洋医学会ランダム化比較試験での効果が実証
足裏シート系デトックス
変色は湿度や体温で変色する薬剤による。毒素が排出されたわけではない
好転反応
肌や身体に合っていないだけ。苦情防止の言い訳の可能性大
足つぼマッサージ
指圧の一種と考えれば血流改善の効果はあり
鍼灸
厚労省による補完代替療法サイト「統合医療に係る情報発信等推進事業eJIM」でも一部症状に対しての効果が検証されている
お話を伺ったのは……大野 智先生●島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、日本緩和医療学会ガイドライン統括委員(補完代替療法分野担当)も務める。
取材・文/千羽ひとみ