漫才日本一を決めるコンテスト『M-1グランプリ』で審査員を務め、昨年6月には漫才協会の7代目会長に就任。今や、東京漫才の重要な一角を担うナイツ・塙宣之の初監督作『漫才協会 THE MOVIE ~舞台の上の懲りない面々~』が絶賛公開中だ。メガホンを置いた現在の心境は? 公開直前の試写室で胸の内を聞いた。
太田光は漫才協会を「墓場だと思っていた」
120組以上が所属する漫才協会の芸人が、しのぎを削る浅草フランス座演芸場『東洋館』。映画は、1951年に開設されたストリップ劇場に始まる東洋館の歴史に、ひと癖もふた癖もある芸人の個人史が絡み合い、笑えて泣ける内容になっている。情報量が多いだけに、編集は困難を極めた。
「映画自体は2年前から撮り始めていて、いろんな芸人にインタビューしていたのと、映画とは関係なく高田(文夫)先生とイベントをやったりしていたので、素材はたくさんあったんです。ところが、すべての要素をホワイトボードに書き出して、ああでもない、こうでもないとやってるうちに訳わかんなくなっちゃって。でも、最終的にはバランスよくまとまったかなと思います」
インタビュー映像を撮っている最中も、「これ映画になるの?」と半信半疑の芸人が多かった。構えないからこそのリラックスした空気が、芸人から飾り気のない言葉を引き出した。
「みなさん漫才師なので、役者さんと違って素が出るほうがいいんですよね。だから、インタビュー形式にしてよかったなと思います」
友情出演の爆笑問題やサンドウィッチマンのパートも面白い。「東洋館のイメージは?」との問いに太田光は、「墓場だと思っていた」と答えている。
「僕も漫才協会に入る前はそう思っていたし、逆にああいうふうに言ってもらって助かったというか。爆笑問題さんは東京を代表する漫才師だけど、ツービートを演芸場で観たことがなかったというのは僕も知らなくて。そのころの東京漫才の演芸場といえば浅草松竹演芸場(1983年閉館)ですが、お客さんも全然入ってなかったらしいですね。あらためて、太田さんはテレビの時代に出てきた人なんだなと思いました」
多くの芸人の証言から、東京漫才の歴史が浮き彫りになってくる点も見どころだ。誰もいない東洋館の舞台に塙がぞうきんをかけるシーンから映画は始まる。
しかし、そのあとに映し出されるのは、草野球に興じる芸人の姿。大の野球好きの塙は、昨年盛り上がったWBCの影響を受けまくり、WBCのドキュメンタリー『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』を見た直後は、全編を野球に紐づけようとしたほど。
「さすがにそれは違うでしょうとなってやめました(笑)。2年間の撮影中に、大空遊平師匠が事故に遭ったり、(カントリーズ)福田くんの相方・えざおくんが亡くなったので、それも入れさせていただいて。内海桂子師匠のことも、僕自身もう会えないのは寂しいけれど、誰にでも寿命はあるものだから、悲しいとかはあまりなくて。だから、このタイミングで今いる師匠方の姿を映画に収めることができたのもよかったなと思います」
寂しさも面白さも込めながら、絶妙なトーンで進行していくのは、ナレーションの小泉今日子と相方の土屋伸之。
師匠たちは積み重ねてきた面白さがある
「『プロフェッショナル 仕事の流儀』みたいにしたいなと思って。あの番組もナレーション2人じゃないですか。というのと、制作会社の方が小泉さんと仲が良くて、ナレーションでご協力いただけることは先に決まっていたんです。土屋は、僕が監督なのでどこかで相方を入れたいなと思って。ナイツで映画の宣伝をしていく上で、コンビで熱量が違うのも嫌ですし、土屋も(ナレーションが)得意で、声もいいですから」
映画には、塙が漫才協会の芸人を知ってもらうために始めたYouTubeチャンネル『ナイツ塙会長の自由時間』内で、師匠にVR体験をしてもらったり、ドッキリを仕掛ける様子も収められている。
「僕らがコンビを結成した次の年にM-1が始まったんですけど、それ以降に出てきた芸人は、賞レースで勝つためのネタ作りをするようになったじゃないですか。4分の間に何個ボケよう、みたいな。それはそれでいいんですけど、漫才協会の師匠たちは賞レースがない時代に育っているから、そもそもの漫才に対する考え方が違う。師匠たちは、テレビでひと言スパンと言う技術はあまりないですけど、生きざまというか、何十年も積み重ねてきた面白さがある。そこは動画でも、映画でも伝えたい部分です」
個性的な師匠が次々に登場する中で印象に残ったのは、芸人仲間の間でも姿を見た者はほぼいないという幻の師匠、高峰コダマさん宅を突撃するシーン。
「あのシーン、ヤバいですよね。もともと映画に入ってなかったんですけど、やっぱりあの人のことも入れたいと思って、急きょカメラを回しました。コダマ師匠は謎が多いんですけど、すごくきっちりされていて、後日『どうもありがとうございました』ってどら焼きが家に届いたんです」
離婚後もビジネス夫婦漫才師として舞台に立つ、はまこ・テラこの私生活に迫ったパートもいい。この2人、離婚後も同じ部屋に住み、同じ布団で寝ているという。
「あの2人も訳がわからないですよね。でも、嘘がないから面白い。特に、はまこって男性が面白くて。部屋の壁に『テラこを好きという気持ちを忘れない』って張り紙が張ってあるんですけど、張らないと忘れちゃうのかよという(笑)。そういった細かい部分も面白いので、5回ぐらい見てもらえたらと思います」
枠に収まらない芸人たちの人間的魅力を語る塙。一方で、コンプライアンスの波が押し寄せている今のテレビのお笑いをどう見ているのだろう?
「やりづらいことも増えましたが、それより芸人が辟易しているのは、ネットニュースや週刊誌に発言を切り取られること。そこに悪意のある見出しをつけて、ページビューを稼ごうとするじゃないですか。先日もラジオで、ハリウッドザコシショウがテレビ神奈川の番組枠を買って、それを僕が見たって話をしたんですよ。
『あれ訳わかんないんだよ。見るに堪えないよ』って、熱を込めて面白くしゃべったのに、『塙が見るに堪えないと言った』みたいな冷たい記事になっていて。そうすると、ラジオを聴かずに記事だけ読んだ人が、『おまえが偉そうに言うな』とSNSに書き込む。最初は芸人間のいじりだったものが勝手に炎上する。みんなが嫌な気持ちになるだけじゃないですか」
ここ何か月かは見たくないニュースばかりが目に入るようになり、スマホからニュースアプリを消したことも。
もうちょっと人が喜ぶネタを作らないと
「不倫とか薬物の話とか、『あいつがこう言っていた』なんて発言をスマホで探しては毎日何かしらのネタを作っていたので、アプリがないとやっぱり不便なんですよね。逆に、いかにネットニュースの感性でネタを作っていたのかということですし、そんな自分がちょっとイヤになってしまって。
芸人になったころは、携帯もネットもない環境で、本や新聞を見てネタを作っていたわけですから、もう一度、その感性に戻ってもいいのかなと思っています。もうちょっと人が喜ぶネタを作らないと。例えば、歴史上の人物をいじるとか」
そう塙が感じるに至ったのは、漫才協会の師匠方の影響が多少なりともあるのかもしれない。最後に、これから映画を見る人へのメッセージをもらった。
「人生には悩みとか、つらいこととかいろいろあると思うんですけど、それを笑いで昇華することができないと大変だと思うんです。お笑い自体は音楽と同じで、誰がやってもいいもの。だから、自分の中にある笑いを大事にしてもらいたいなと思っていて。それでも、笑えないときは東洋館に来てください。僕らが代わりに笑いを提供します。東洋館は芸人によって席が埋まったり、そうでなかったりもするので、ぜひこの映画を見て、東洋館に来ていただいて、推しの芸人を見つけてもらえたらと思っています」
取材・文/山脇麻生