愛子さまが3月末、三重県・伊勢神宮を参拝されることが報じられた。
「伊勢神宮は皇室の祖先神が祀られているため、皇族の方々は結婚や成年などの節目に参拝することが慣例となっています。今回の参拝が実現すれば、愛子さまがおひとりで伊勢神宮をお参りされるのは初めてのこと。今春に大学を卒業し、日本赤十字社へ就職されますから、その報告をなさるのでしょう」(皇室ジャーナリスト、以下同)
紀子さまに代わり参加の愛子さま
卒業に先立ち、2月9日にはケニア大統領夫妻との昼食会にも参加された。
「体調が優れず欠席された、紀子さまに代わり、急きょご参加が決まりました。しかし、通訳を介さずに、英語で会話されるなど、急とは思えないほど柔軟な対応を見せられました。愛子さまは高校生のころから、外国からの来賓があったときは、両陛下とご一緒に同席されていたそう。語学も堪能なので今後、海外での公務でも活躍されることでしょう」
天皇陛下は先月、自身の誕生日に際して行われた記者会見で、
「外国に行って実際にその場所を見るということはやはり何物にも代え難いものがあるように思いますし、実際にその場所に行って、そこにいる方々とお話をして、その国の社会や文化に接することによって、またさらに大きく成長していってもらいたいというように思っております」
と、愛子さまの海外での活躍に期待を示された。
そんな中、愛子さまの初の外遊先がどこになるのか、注目が集まっている。
「初の訪問先はブラジルだと思います」
そう話すのは、『皇室の窓』(テレビ東京系)で放送作家を務めるつげのり子さん。
「天皇陛下の娘という、愛子さまと同じ立場だった、黒田清子さんは、初の外国公式訪問でブラジルを訪れています。さらに、今の陛下も秋篠宮さまも初の海外公務先はブラジルなんです。'25年は日本とブラジルの外交関係樹立から130周年の節目にあたりますから、愛子さまはそれに合わせて訪伯(ブラジル)されるのではないでしょうか」
皇族の方々は節目ごとにブラジルを訪問されてきた。
「ブラジルにはかつて入植先で苦労を強いられてきた多くの日系人が住んでいます。上皇さまが皇太子のころから皇室の方々は心を寄せてこられました。節目ごとに皇室の方々がブラジルを訪問されるのは“忘れていませんよ”というメッセージなのだと思います」(つげさん)
上皇ご夫妻からのお茶会へのお誘い
5歳でブラジルに移住し、現在もブラジルに住む二宮正人さん(75)は、過去に上皇ご夫妻、天皇陛下、秋篠宮さまの訪伯時に通訳を担当した。
「最初の海外公務として、愛子さまにはぜひブラジルに来ていただきたいです。多くの日系人が大歓迎することでしょう」(二宮さん、以下同)
二宮さんは、今までの皇族の方々との交流を振り返る。
「'78年、当時皇太子ご夫妻だった上皇ご夫妻が来伯した際、通訳を務めました。移動中の空き時間に、侍従職の方から、ご夫妻が私と話をしたいとおっしゃっていると聞いて、大変驚きました。ご夫妻から、“ふだんはどのような活動をされているのですか?”“東京に住んでおられるのですか?”など、たくさん質問をいただきました。そして“近いうちお茶にお招きしたいと思います”とおっしゃったんです」
想像もしないお誘いに、当時は社交辞令と受け取った二宮さん。しかしその後、侍従職から“あの時のお約束を果たしたいので、ご都合いかがですか?”という電話が。
「通訳を務めた翌年、'79年の2月、東宮御所でのお茶会にお招きいただきました。それ以降、コロナ禍前までは毎年お誘いをいただきました。基本的におふたりから、ブラジル日系社会について質問をされます。“あの時、お目にかかった方はお元気ですか?”“あの時訪問した老人ホームはどうなっていますか?”と気にかけていらっしゃって。ブラジル日系社会へのあたたかいご関心や、思い入れを感じ、大変名誉なことだと感じました」
眞子さんはまじめ、訪伯前に事前学習
'88年にはブラジルへの日本移民80周年の記念式典に出席するため、秋篠宮さまが訪伯された。
「当時の殿下は口数が少なく、大統領は談話の際、話題に少し困った様子でした。侍従の方から、殿下はなまずに関心がおありだと伺ってからは、ナマズ中心の会話で盛り上がりました」
秋篠宮さまは'15年、再びブラジルを訪問された。
「2度目の来伯の際、殿下は闘鶏用のニワトリに関心を示されました。大使館のお庭で80~90センチのニワトリをお見せしたのですが、殿下が“もっと大きいものが見たい”とおっしゃったので、私は後日110センチのものを見つけて、剥製にしたものをお贈りしました」
'18年、今度は眞子さんが訪問の際は、それに先立って、ブラジルについての進講のため秋篠宮邸を訪問した。
「眞子さんは大変まじめな方でした。移民政策が始まったばかりの1920年代ごろ、ブラジルのコーヒー農園に入植した移民の約3分の1が亡くなりました。その話をもとにした『森の夢』というノンフィクション小説を資料としてお持ちしたんです。後日、眞子さんがブラジルを訪れた際、ガイドがその本の説明を始めようとしたところ、眞子さんが“読んできたので大丈夫です”とおっしゃったので、その場にいた人たちは大感激したそうです」
ブラジルで日本文化の普及、移民史料の保存などを行う『ブラジル日本文化福祉協会(文協)』の中島エドアルド事務局長(64)も、愛子さまの来伯を待ち望んでいる。
「今、ブラジルには日系人が6世までいますが、皇室に対して強い思い入れがあります。'58年に三笠宮ご夫妻が初めてブラジルを訪れて以降、皇族の方がいらっしゃるたび、大歓迎のムードに包まれます。私含め、愛子さまがもし来伯されるのであれば、とても楽しみです」(中島さん、以下同)
同協会と皇室の関係は'58年の三笠宮ご夫妻の訪問以降、現在も続いている。
「皇族の方々が来伯される際は必ず文協の施設を訪問されます。私は'03年から当協会で働いていて、'08年に当時皇太子だった天皇陛下を日系1世の方々とお迎えしました。その際、陛下はその場にいた日系人一人ひとりに声をかけ、手を握られていたことが印象に残っています」
また、昨年は8年ぶりに秋篠宮さまと再会したという。
「日本で行われた日系人大会にブラジル代表として出席させていただき、臨席されていた秋篠宮殿下と少しお話ししました。初めて来伯されたとき、殿下はまだ22歳でしたが、その時の思い出について振り返っていらっしゃいました。ほかにも、ブラジル日系社会の今後の在り方などについてもお話しさせていただき、殿下がいかにブラジルのことを考えていらっしゃるのかが伝わってきました」
上皇ご夫妻から続くブラジル日系社会への思い入れを愛子さまも受け継がれる。