昨今、ジェンダーレスの波は、さまざまな方面に波及している。芸能界で静かに、だが確実に浸透してきているのが“女優”という呼称を“俳優”にしようという流れだ。
《“女優”への憧れ》
振り返ってみれば2021年、元AKB48の秋元才加(35)は、《女優っていう肩書きが正直しっくり来なくて》と、事務所にプロフィールの肩書を“俳優”とするように求めたことを明らかにしていた。
「放送局もNHKを筆頭に、俳優という呼称に統一していますね」
と語るのは、芸能評論家の宝泉薫氏。
「フェミニズムの影響もあるのかなと思うのですが、女優という言葉に“女”を売りにしているイメージがあるのでしょう」(宝泉氏、以下同)
男性・女性として分けるのではなく、職業を示す言葉として俳優にしようということなのだろう。しかし、反対に女優という呼び方に愛着を持っている人たちがいることも事実。川上麻衣子(58)が、
《女優はその響きへの憧れもあり、私としては無くしたくないニュアンスがある》
Xでこのように私見を書き込むと、このポストに対して横山めぐみ(54)は、
《自分のことを俳優と呼ぶことに違和感を感じてしまい、自分から発信する時は女優と言い張っております》
とリポスト。また、土屋太鳳(29)は2月3日の誕生日にインスタグラムで、
《身体の性別とは別の、自分の心を見つめた時の『女優』という言葉が持つなんともいえない、切ないような響きを(中略)これからも大切にしてみたい》
女優という言葉に対して、こう思いをつづった。
「女優という呼び方に誇りを持っている人にとっては、むしろ奪われてしまう感覚なのかもしれません。この立場からみれば、これこそ差別じゃないの?ということになってしまうわけです」
もともと俳優という仕事は、男性がやるものだったという歴史がある。その中で女性が勝ち取ってきた証しとして、女優という言葉があるともいえるのだが─。
「肩書きは“記号”」
「そう考える人がいる一方で、“俳優”という枠の中に入れない仲間外れの存在を示す言葉、と感じてしまう人もいるから難しいんです(笑)。本来、文化というものはそういった歴史の中で積み重なってきているもので、それを否定することは、ある意味、多様性の否定になっているのでは、と僕は思ってしまうのですが……」
“みんなが平等”と、すべてを一緒にしてしまおうというのが最近のポリコレやコンプライアンスの流れ、としながら、宝泉氏はこう続ける。
「以前、歌人であり劇作家の寺山修司が“職業は寺山修司”と自分の肩書を称しました。名前や肩書というのはその人を表す“記号”なので、本来ひとくくりにすることはできないんです。それを平均化した記号にまとめることに、違和感を感じますね」
それでも“平均化”が進んでいく社会。女優・俳優問題はどうなっていくのだろう。
「50年後、100年後には“昔は女性の俳優を女優と呼んでいた”なんて振り返る時代になるのでしょう。ただ、川上さんや土屋さんのように女優という呼称を肯定している人たちもいるので、その人たちの声をつぶすようなことがあってはいけないと思います」