“ミスター女子プロレス”の異名を持つ神取忍。そのレスラー人生は、異例の男女混合マッチから政治家挑戦と波瀾万丈。還暦を迎える彼女に、これまでの人生を振り返ってもらった―。
「戦いには男も女もない」
「プロレスって自分が強いだけでは意味がないんです。試合相手がいて、お客さんがいて、関係者の全員が喜んで初めて成功する……。私がリングに上がって、投げられても起き上がる。どんな技を受けても立ち上がる姿は、見ている人に、何かしらのメッセージが届いていると思うんです」
そう熱く語るのは“ミスター女子プロレス”こと、神取忍。
15歳から柔道に打ち込み、高校卒業後に全日本選手権で3連覇、'84年の世界選手権で3位に輝いた実力を引っ提げて'86年に旗揚げされたばかりの『ジャパン女子プロレス』に入門。
'93年に北斗晶と両者が血まみれになった伝説の喧嘩マッチ。'94年にはブル中野とお互いの手首に鎖をつないで戦うチェーンデスマッチなど、名勝負を繰り広げてきた神取。
その中でも'00年、“ミスタープロレス”の異名を持つ、天龍源一郎との男女マッチはプロレス史に残る名勝負とされている。
「普通の女子レスラーなら、天龍さんに挑戦しても軽くあしらわれて終わりだと思います。でも、天龍さんは私の挑戦を受け止めてくれましたから、一人の人間として私を見てくれていると感じましたね。私は、“戦いには男も女もない”と思っているんです。天龍さんが男子女子のカテゴリーを外して戦ってくれたのはとてもうれしかったです!」
この試合で神取は、顔が変形するほどの大ケガを負って敗北を喫したが、性別の垣根を越えて戦う姿から“ミスター女子プロレス”と称されるようになった。
「“みんなでこうしようぜ。私のまねしてくれ”と主張しているわけではありません。自分の中にある信念で行動しているので。でも意外と、女性って男性に比べて痛みに慣れていると思いますよ」
あふれるエネルギーはリングの外でも発揮。'04年には参議院議員として国政にもチャレンジした。
「“ゆくゆくは政治家になりたい”と周囲に語っていたら、自民党の公認になったんですよ。当時は勉強不足で、何もわかっていませんでしたが、当選してから学びました。政治って基本的にみんなを助けたり、喜ばせるものですから、ある意味最高のエンターテインメント。プロレスとリンクしていると思います」
今年で還暦を迎える神取。現在も現役レスラーとしてリングに立ち続けているが、抗うことのできない年齢という壁に対しては、どのように向き合っているのか。
「老いに反発してもしょうがないですよね。自分の年齢でのベストを目指せばいいと思っています。自分の身体と会話して、無理せず甘やかさず、身体が動く以上はプロレスも現役を続けたいです。ある意味、還暦は生まれ変わりのタイミングだと思っています。平均寿命で考えても、あと20年以上もありますから。今年はゼロからのスタートですよ!」
“こうしたい!”っていうような熱意がなくなったらダメ
'10年から、自身も所属する女子プロレス団体『LLPW−X』の社長も務めているが、経営者として奮闘し続けていることも、若さを保ち続ける秘訣のようだ。
「社長って、会社や社員を背負っているのでリタイアできないんです。どこまでいっても一段落つきませんから。私はまだまだ、人生をまとめるわけにはいかないんです(笑)。目標がある限り、挑戦できるという楽しみもあります。結局“こうしたい!”っていうような熱意がなくなったらダメなんでしょうね」
多忙な日々を送っているようだが、くじけることはないのだろうか。
「いろいろ大変ですけど“私、かわいそうでしょ”とか同情を誘うのも性に合いませんから。そこはもう“ぜんぜん平気だよ!”っていう顔をしないと。やせ我慢って大事ですよ。しょぼんとした顔を周囲に見せても、不安にさせちゃうだけですから」
仕事に情熱を注ぎ続け、現在まで独身を貫いているが、恋愛観について質問してみた。
「ここまできたら、結婚とかもうないね(笑)。自分のエネルギーをプロレスとか会社経営などの仕事に費やしましたからね。一人の時間が染みついちゃって……。もし、パートナーをつくるなら、体育会系じゃない、面倒見たくなるような細くて繊細な人がいいですね(笑)」
実は、インタビュー直前に“最大の理解者”を失ったばかりだった。
「今年1月末にお姉ちゃんが急逝してしまいました。まだ66歳で、突然のことでした。私のことを叱ってくれたり、ずっと気にかけてくれました。ダーッと落ち込みましたけど、切り替えなきゃと思っています。周囲に落ち込んだ姿を見せたくないんです」
最愛の姉との死別を乗り越えながら、心の強さの重要性を説く神取。
今でこそ世に浸透している“心が折れる”という表現は、彼女がインタビュー上で答えた“相手の心を折ることを考えていた”という発言がルーツとされている。
心が折れないためにすべきことを聞いてみた。
「時代が変化してSNSの誹謗中傷とか、昔以上に心が折れそうになることは増えていると思います。心が折れそうになったら、まずはその痛みを認めて、そこから希望を見いだしたり、やるべきことを探してみるのはいかがでしょうか」
強い心で生き抜いてほしい
続けて、同世代の女性たちにエールを送る。
「人間はなんでもできるんですから、モヤモヤしてる時間があればチャレンジしてほしいですね。もちろん、それぞれの環境や時代で変わると思いますから、一概に言えませんし、生きにくい時代ですけど、強い心で生き抜いてほしいですよね。いろいろなところに行って、いろいろな人と話して世界を広げて。目標をつくったり、希望をつくり続ければいいんですけどね。困ったら、うちのプロレスリングに来てください! リングに上がると元気になりますから!」
神取はプロレスの可能性に希望を見いだしている。
「プロレスって長い歴史がありますから、子どもから高齢者まで3世代で楽しめる、エンターテインメントとスポーツが融合した希少なコンテンツなんです。ネットフリックスでも、'80年代の女子プロレスを題材にした『極悪女王』が作られましたし、これからの時代は、今まで以上にプロレスが求められるようになると思います。私も未来のスターも育成したいですし、戦いたいですね!」
還暦を祝した試合興行の企画も進めているそうで、
「今秋の開催を考えています。まだ会場の場所や誰が出るかは未定ですけど、ワクワクさせるような試合にしますよ! 私が生まれ変わってから最初の試合を多くの人に見てほしいです」
自身の“これから”を熱く語る神取。彼女の挑戦はまだまだ続くようだ。
取材・文/大野瑞紀