通院や入院をしなくても自宅で医療を受けられる在宅医療。利用する患者の背景には「体力が衰えて通院が難しい」、「最期は病院や施設ではなく自宅で迎えたい」といった切実な理由がある。
特に医療機関で面会が制限されたコロナ禍以降、利用者が増え、在宅医療を行うクリニックや医師も増加傾向にある。
訪問医が増える一方、質の格差が拡大
ところが、在宅医療専門クリニックの院長であり、在宅医療をライフワークとしている小野沢滋先生は「本来の役割を果たせていない在宅医が増えている」と危機感を募らせる。
「在宅医には、病院の診察室や入院中に行われる診療とは異なるスキルが求められます。ところが現実には、『在宅医療』の看板を掲げていても、急変時など、いざというときに対処できない医師や、その体制が十分ではないところも多いんです。
在宅医はくれぐれも慎重に選ばなくてはいけません」(小野沢先生、以下同)
「休日はゴルフだから呼ばないで」
そもそも在宅医は「定期的に訪問して治療や経過観察をする」「つらい症状を緩和する」「急変時も臨時に往診する」などの対応が求められる。
ところが、このような基本的なニーズにさえ応えられない在宅医も少なからずいるため(具体例は後述)、希望する治療を適切に行ってもらえるかを、クリニックや在宅医にしっかり確認しておくことが重要なのだ。
では、よい在宅医は具体的にどうやって見極めればよいのか、小野沢先生にネット情報やパンフレットではわからない見分け方を聞いた。
見分け方1:定期訪問時の滞在時間を要確認
在宅医療は一人の医師に診てもらうのが理想だが、少なくとも同じ医療機関の医師が訪問できることが望ましい。
「何人もの医師が代わるがわる訪問するようでは患者の経緯をふまえた診療は難しいでしょう。同じ医療機関の医師でも情報が共有できているかどうか、確認したほうがいいと思います。
また、十分な診療時間の確保も重要。1回の訪問時間を10分と短く設定するところもあります。時間を短くして患者数を増やせば利益は上がるでしょうが、治療を行ったら、しばらく様子を見る必要もあります。
状況によりますが、30分以上は診てほしいもの。あまり短く設定されるようなところは問題ありです」
ひとつの目安としては、駅前などに大きな看板を掲げるなど宣伝が派手なところは、患者数を増やしたい姿勢の表れなので要注意だとか。
「実際に、私が信頼する訪問医は、臨時往診などに備えて患者数を絞り込んでいるので、大々的に宣伝していないところがほとんどです」
見分け方(2):夜間や休日の対応を具体的に聞く
具合が悪くなったときなどの臨時の往診については特にしっかり確認しておきたい。24時間対応と宣伝していても体制が整っていないところもあり、「対応できないから119番してください」と言われてしまうことも。
そのまま病院で望まない延命治療につながってしまうおそれもある。果ては「休日はゴルフに行くから呼ばないで」などと言う医師もいるとか。
特に大切なのが夜間対応。夜はコールセンターにつながり、そこに登録されたアルバイトの医師が派遣されてくるところも少なくないのだ。
「問題なのは、症状に対処できる医師が来るとは限らないことです。急な腹痛で連絡したのに整形外科医が来て、対応できなかったなどという話も聞きます。夜間は患者さんもコールを遠慮しがちで、連絡するときはよっぽどの事態。
そんなときに安心できないようでは在宅医療の意味がありません。このようなことはホームページを見ても、また先方の説明だけではわからないことが多い。
医師と契約をする前に、患者の状況を伝えたり、医療体制について説明を受ける機会があるはずですから、その際に『夜間もふだん診ている先生に来てもらえますか』などと聞くといいでしょう」
見分け方(3):がん患者や高齢者のケアは十分か
在宅医療に求めることは、患者の疾患や状況によっても違ってくるので、その対応も確認しておく必要がある。
例えば、がんの場合、抗がん剤などの積極的な治療を終えて、自宅で症状を緩和する医療を受けたいというケースは多い。その場合は、痛みや腹水など特有の症状緩和に経験豊富な医師が望ましい。
「急な痛みに昼夜も土日もありません。訪問診療でも、鎮痛剤の注射によって、様子を見て薬の量を調整しながら痛みをとることは可能です。これは経験も必要ですし、夜間でも対応できるように薬をストックしておく必要もあります。
具体的には、『夜間の急な痛みにもすぐ対応してもらえますか』と聞いてみて、薬の準備などの体制が整っているとわかれば安心でしょう」
また高齢者の場合は、入院治療を終えたあと、退院後に療養や介護が必要になることもあり、その際に在宅医療を選択することも少なくない。
「最期まで家で過ごしたいという高齢者の希望を叶(かな)えるのも在宅医です。いざというときに延命治療をどうするかなど、家族も含めて、精神的なケアをする役割も大きい。
ですから、高齢者医療や終末期医療の経験があるか、研修を受けているかもポイント。また、高齢者は複数の疾患がある人も多いので、総合的に幅広く病気を診る専門医である『家庭医』や『総合診療医』であれば頼りになります。ホームページなどの医師のプロフィールを参考にするか、直接聞いてみてください」
おすすめはケアマネや訪問看護師の紹介
とはいえ、在宅医をインターネットなどで探すと多くの医療機関がヒットしてしまい、どこからあたればよいか迷ってしまうもの。小野沢先生は、最もおすすめなのは、「ケアマネジャーや訪問看護師から紹介してもらうこと」だとアドバイスする。
「訪問診療の現場をよく知っている地域のケアマネや訪問看護師がすすめる在宅医なら信頼できます。私の経験ではよいケアマネジャーとよい訪問看護師、在宅医はつながっていることが多い。
まず地域包括支援センターと口コミなどでケアマネジャーを見つけて、訪問看護師→在宅医と紹介してもらうのが、よい在宅医への近道です」
小野沢先生は、大学の医学部在籍中に在宅医療の道に進もうと決心。卒業後は総合病院の在宅医療部門で研鑽(けんさん)を積み、以来40年近く、一貫して在宅医療に携わってきた。
「近年、在宅医療に参入する医師や事業者が増えてきました。その中で緊急の課題となっているのが、在宅医の質の向上です。現状では在宅医療を行うために資格や研修制度などの条件はなく、看板を掲げれば開業できてしまう。
その一方で利用者側は在宅医療が必要になるようなことは人生に何度もあることではなく、わからないことだらけ。だからこそ人生のかけがえのない時間をよりよく過ごすために、予備知識を持って在宅医を見極めていただきたいと思います」
【こんな在宅医に注意!】
・夜間はコールセンターからアルバイト医師を派遣
・大きな看板広告など宣伝活動に熱心
【これが正解!】
・ケアマネや訪問看護師に在宅医を紹介してもらう
・緩和ケアや終末期医療に実績がある医師を選ぶ
教えてくれたのは……小野沢 滋先生●東京慈恵会医科大学卒業以来、一貫して在宅医療をライフワークとし、高齢者医療や、がんなどの緩和医療に尽力。2016年、みその生活支援クリニック開設
取材・文/志賀桂子