「新年度が始まる4月は、公私共に変化が激しい季節。心身に不調が表れる人がとても多いのです」と話すのは、産業医の武神健之先生。
ネガティブ思考から不安が増す「四月病」
一般的には五月病が有名。正式な病名ではないが、ゴールデンウイーク明けに不眠やだるさ、疲れやすさ、集中力ややる気の低下など、心身両方の症状が出る「適応障害」の一種だ。
新生活で張り詰めていた糸が連休を挟んだことでプツンと切れて、人によっては通勤や通学が難しくなることもある。
「最近では時期を前倒しして増えており、これを『四月病』と呼んでいます。きまじめな方に多いのですが、五月病との違いは『不安』感が強いこと。適応障害になる“一歩手前”という状態です」(武神先生、以下同)
新年度になると習いごとや勉強などを始めたり、新しい環境に早くなじもうと努力するのは普通のことだ。しかし、まじめな優等生タイプや完璧主義の傾向がある人は「どうなるのかわからない」「うまくいくか心配」といった不安が重なり、疲労から不安が増大する。
「『不安』という感情は自分を守るために必要なものではありますが、日本人は西洋人に比べ、『不安になりやすい遺伝子』を持っている人が多いんです。慎重で心配性なゆえに必要以上に不安になり、ネガティブ思考に陥りやすいと考えられています」
中でも、40~50代は四月病のリスクが高いと武神先生は話す。
「年齢的な衰えによって体力や集中力が低下し、今までできていたことができなくなったり時間がかかったりするようになります。
例えば、新年度から子どもの弁当作りが始まり、朝が早くなるなど、ちょっとした変化が疲れや緊張を生み、それが引き金になってパニック発作まで発症することも珍しくありません」
夫や子、親といった自分以外の変化にいや応なしに対応する必要が出てきて、これまでに経験のないことが起きることも多く、些細(ささい)なイライラの積み重ねから大きなストレスに変化しやすい。
変化の数を減らし不安を可視化しよう
生活の変化は避けられない部分もあるが、不調につながらないにようにするにはいくつかポイントがある。
「変化が多い=不安が大きくなりがちなので、まず変化を増やしすぎないことです。転職や配置換えなどは仕方ないですが、例えば習いごとや勉強の開始や引っ越しなど、多少時期をずらしても何とかなるものは5~6月になって少し落ち着いてから手をつけてもいいのではないでしょうか」
不安な気持ちが大きくなりそうなら「紙に書き出してみる」のもおすすめだ。
「不安で相談に来た方に聞いてみると『○○だったらどうしよう』と、不安の内容は意外と漠然としていることが多い。そんなときは一つひとつ具体的に紙に書き出していき、“何が不安で心配なのか”を可視化すると、頭がスッキリします」
例えば今、不安に感じていることを「仕事の成績がイマイチかも→解雇されるかも→住宅ローンが払えなくなるかも」などと、細かく段階を追って書いていく。その上で「自分の力でどうにかできること」「どうにもならないこと」を明確にする。
「書き出していったものを3~4週間後に見直してみて。すると、何ひとつ現実のことになっていない、ということに気づくでしょう。そして現実化していないことを黒く塗りつぶすんです。不安が『消えた』ことが目で見てわかり、心が軽くなります」
1人で書き出すのが難しい場合は、専門のカウンセラーや身近な人に話を聞いてもらいながらでもOKだ。
リフレッシュの方法がいくつかあると安心
不安につぶされないためにはリフレッシュや気分転換も大切だ。集中できる何かを持つことで、不安な気持ちからいったん離れられる。
「四月病や五月病になる方を見ていると、仕事や家庭などに一生懸命で、自分自身の趣味はこれといってない場合が多い。趣味はストレスの発散にとても有効なので、ぜひ趣味を持ってほしいですね」
楽しむことが目的なので、何かひとつを“極める”必要はない。武神先生は趣味をうまく見つけられない人に、数やジャンルを限定せず、試すことをすすめる。「1人&複数人」でする趣味、さらに「家内&外」で、いくつか持っておくといい。
「これなら自分の体力や気力、生活の状況、気候といった条件が変わっても常に何かしら楽しめます。趣味と呼べるほどではなくても、単に『好き』という程度のことで十分。
年齢が上がると興味の幅が狭まりがちですが、私も毎年ひとつ新しいことにチャレンジして、好きを増やすようにしています」
また、心身を整えるには規則正しい生活や、バランスのいい食生活が大切だとわかっていても、なかなか思うようにいかないのが現実だ。
「実際、よく食べてよく寝て、適度なストレス発散、これに勝る健康法はありません。でもタスクを増やしたり、義務感が強くなると、それが実行できない場合、またストレスになり、四月病のリスクも上がります」
例えば今まで朝ごはんを食べていなかったのならスープだけでも飲むようにする、リビングで寝落ちしてしまうことが多いなら、せめてベッドに行く、といったことで十分。
「ベストではなく、今の状態から『少しだけ』でもよくする。ベターを目標に、やりやすいところから手をつけて」
それでもどうにも調子が上がらない、状態が悪くなる一方だという場合は、医療機関をためらわず受診しよう。
「精神科や心療内科以外の科の専門医にとっても1回の受診で原因を突き止めることは難しいです。症状が続く場合は自己判断で受診をやめてしまわないこと」
メンタルクリニック初体験の場合は、少なくとも2か所以上で診察を受けてみることを武神先生はすすめている。
「メンタル疾患治療ほど、医師との相性が大切なものはありません。医師と合わないとクリニック自体へのネガティブ感情が芽生え、受診をやめてしまうケースも。なお口コミは参考にはなるものの、自分に合うとは限りません」
新生活の心構えと備えを胸に節目の季節を乗り切ろう。
四月病と五月病の違い
状況、心情
・四月病
■新しい生活(自分、同居家族)
■高まる期待(自分に、他人に)
■新しい生活の疲れ
■「できる?」「できない?」の不安
■未来への不安
・五月病
■新しい生活(自分、同居家族)
■高まる期待(自分に、他人に)
■新しい生活の疲れ
■疲れの蓄積
症状
・四月病
■不安からの疲れの悪化
■不眠
■不安症状(パニック、動悸、冷や汗)
■胃腸の不調
・五月病
■不眠
■だるさ
■胃腸の不調
四月病予防 5つの対策
◯変化を大きくしすぎず、“適応”を急がない
◯高すぎる目標設定は避け、ひとつずつクリア
◯気分転換、リラックスを心がける
◯生活改善はできるところからでOK
◯不安が高じたらクリニックを受診
お話を伺ったのは……武神健之先生●医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。大手外資系企業を中心に年間1000件以上の相談に乗り、心と身体、両面の健康管理をサポート。
取材・文/遊佐信子