'22年に週刊誌で映画監督による性加害報道がされたのを皮切りに、旧ジャニーズや人気芸人など性加害報道が止まらない。先日、日本での性加害告発の発端となった映画監督の榊英雄が逮捕・起訴され、松本人志の裁判が始まり世間の注目を集めている。
二次加害など傷つけられる対象になる構図がまだある
旧ジャニーズ事務所のスタッフ2人も加害者だったことが明らかになるなど、報道は加熱する一方で、連帯を意味する#MeTooが広まっているかというと疑問だ。
「膿は出てきたけど、日本の映画界や芸能界はしがらみがありますよね。芸能人は政治発言をしちゃいけないとか。小泉今日子さんのような方はいますが、稀有な存在。芸能界というのが特殊な世界だと思われてきたから、今までないことにされてきた部分があったと思います。
でも蓋を開けてみて、やっぱりこれは間違っていると気づき始めた。性加害が犯罪になりうるという意識が広まり始めているというか。この波を止めてはいけないなと思います」
そう語るのは、俳優で映画監督の松林麗だ。前作より#MeTooをテーマにした作品を監督し、最新作『ブルーイマジン』(現在公開中)では性加害問題を題材に選んだ。18歳でモデルとしてスカウトされ芸能界デビュー。
『飢えたライオン』('17年)では主演を務め、教師による淫行の相手だというデマがSNSによって広まっていくのに耐えられず、自死を選ぶ女子高生を演じ注目された。
「SNSで告発しやすくなったのは良い部分もある一方で、被害当事者の人たちが救済される場所がない。二次加害もそうだけど、傷つけられる対象になってしまうっていう構図がやっぱりまだまだあります。傷つけるっていうことにはすごく一種中毒性みたいなものがあるから……」
SNSの危険性と現状をこう語る。懸念を示すのは二次加害をしてくる人たちにとどまらない。
「支援者のなかにも正義感が生まれてくることがあって、大事だと思う一方で、被害当事者が置いてけぼりになってしまうことの危険性も私はずっと感じています」
松林自身も、性暴力被害について公表したひとりだ。インタビューに答える一言一言に切実さが滲む。公表すると必ずと言っていいほど「警察に行け」「ギブアンドテイク」「なんで今更……」などの文言がついて回る。
それがどれだけ被害当事者を苦しめるか。そもそも、性被害だと認識するまで平均して7年以上かかるとも言われている。なかには「性被害を映画の宣伝に使うな」という心ないコメントも投げかけられたというがーー。
「ある程度は想定していました。ただ“被害者ビジネス”とか言われると、ふざけんなと思いますけどね。でもそういう時は逃げることも大事だと思っています。顔がない人たちに何を言われようと、自分自身を持つことが大切だと思っているので。そういう意味では切り離しも必要だと思います」
そう毅然と語る。
『ブルーイマジン』は初の長編監督作品。タイトルにある「ブルーイマジン」という名のシェルターに集まる女性たちの連帯の物語だ。
当事者視点で語らないと意味がないと思った
俳優志望の主人公・乃愛(山口まゆ)が抱える問題は、現実に報道されている映画監督のエントラップメント型の性加害問題を彷彿とさせる。そのリアルな描写の数々には思わず息を呑む。
「やっぱり当事者視点で語らないと意味がないと思ったんです。これまでは男性目線で語られてきた作品が主流だったから。だけど、男性を置いてけぼりにしたり押し付けたりするような表現は避けたいと思って、そこは気をつけました」
人の目のないところで起きやすい性加害の立証は容易ではない。加害者たちが虎視眈々と復帰を狙っているという実例もある。最近では、性加害をアシストしたとするアクション俳優・坂口拓の主演作『1%er』の上映に反対する声が映画界からも挙がり、渋谷・ユーロスペースでは上映中止となった。
その後、坂口本人による性加害報道もされている。映画のなかでは、女性たちが連帯して加害者に立ち向かうあるシーンについてはこう思いを馳せる。
「本当はもっとわかりやすい復讐の仕方もいろいろ考えていました。ボコボコに殴ったり、川に投げたりとか(苦笑)。でもやっぱり暴力を暴力で返すのでは社会って変わらないなって。主演俳優とも話し合い、とにかく対話をしようと。
私たちには脳があって、考える力があって、その知性が武器になる。体力では男性に劣るかもしれないけど知性では勝てるかもしれないという願いを込めたんです」
現実の映画界では、性被害を訴え続けてきた女性たちがこの世を去るという痛ましいことも起きている。現実の出来事を映画にどう取り入れるか、あるいは取り入れないかは相当悩んだという。
「映画はやっぱりひとつのフィクションですからね。現実とは切り離さなければいけない。ただ、映画の中には社会性は必ず入ってくるし、現実と一緒にするとドキュメンタリーになってしまう。橋のシーンで主人公が電車を見つめているシーンがありますが、そこは自殺を考えていたのかもしれないし、思い詰まっていたのかもしれないし、どういうふうに解釈してもらってもいいと思っています。
でもそこで主人公を殺してしまうと何も生まれないと思いました。今回は、連帯をテーマに描いていきたかったこともあるし、ひとつのエンターテインメントとして、最終的に映画館を出た後に希望や救いを感じるように終わらせたかったというのは、 私自身が脚本家と話し合っていったなかで生まれた結果です」
本作は、フィリピンとシンガポールとの合作。シェルターにはフィリピンの女性たちも集まる。性暴力やハラスメントは、世界共通で抱えている問題だからこそ『ブルーイマジン』でも日本だけの問題にしたくなかったという。
どんな心の傷があっても、生き延びていかなければいけない
「ジェンダーや性に関して、日本は教育が遅れている部分はあると思います。女性が鑑賞物であるという見方は、広告やメディアにおいてもまだある。社会は少しずつ変わってはきてはいるけど、“女はこうあるべき”というのもまだまだ根強いし、日本で#MeTooをテーマにとなると難しいんじゃないかなと思います」
そんな前例がないなか、何が松林を奮い立てたのか。映画を作るにあたって参考にしたドキュメンタリーに出てくる性被害に遭った少女の言葉が忘れられないという。
「その子は、PTSDに悩まされていて、学校にも行けなくなり、リストカットなど外的にも自分を傷つけてしまう子でした。その子が“過去は変えられないけど過去の意味は変えられる”と言ったんです。その言葉がすごく強く響いて、映画のなかでもこの言葉を軸にしようと思いました」
本作の中でも、主人公が過去の自分自身と対峙する印象的なシーンがある。
「誰かを救う前に、自分自身を自分の手で救ってあげたいと思いました。どんな心の傷があっても、やっぱり生き延びていかなければいけないから」
静かにそう語る松林の言葉は力強い。最後に、これから連帯していくためにどうしたらいいのか問うとこう答えた。
「何が大事なのかをみんなで議論していくことが必要だと思います。劇中に出てくるシェルター『ブルーイマジン』のように、同じ傷を持っている人たちが集まって承認し合える場所があったら、現実の社会でも変われるかもしれない。
今までの自分は間違いじゃないよって言ってくれるだけで本当に救いがあるし、希望がある。私もある種の責任感や使命感をもってこの映画をつくりました。これで終わりにしたくない。共闘していきたいと思いますし、いろんな意味で本当に仲間が増えていけばいいと思っています」
臆することなく言葉を発することができる「ブルーイマジン」が、現実の社会にもあることを心から願う。
映画『ブルーイマジン』
K's cinemaにて公開中。そのほか全国順次公開予定 配給:コバルトピクチャーズ
取材・文/睡蓮みどり
松林麗(まつばやし・うらら)/1993 年生まれ、東京都出身。松林うらら名義で『1+1=11』(2012年、矢崎仁司監督)で俳優デビュー。数々の著名な映画祭に出品された主演作『飢えたライオン』(2018年、緒方貴臣監督)を経て、2020 年に映画界のセクシャルハラスメント問題を扱った「蒲田前奏曲」を企画・プロデュース&出演。本作『ブルーイマジン』が初監督作品となる。
睡蓮みどり(すいれん・みどり)
大学在学中にグラビアモデルとしてデビュー。俳優として活動するほか、週刊書評紙『図書新聞』や『キネマ旬報』などで、エッセイや映画時評なども執筆している。主な出演作に『断食芸人』(足立正生監督)、『東京の恋人』(下社敦郎監督)など。著作には『溺れた女 渇愛的偏愛映画論』(彩流社)がある。2022年3月に『図書新聞』の連載の中で、映画監督・俳優である榊英雄からの性暴力被害について公表した。