「君は面白いからヨシモトに行ったほうがいい」
かつて、そんな会話がよく交わされる時代があった。今でも十分成立する内容であり、お笑い系芸能事務所の代表格といえば、吉本興業だろう。
一般的に、芸人(芸人に限らず芸能人全般)は大きな事務所に所属していたほうが売れやすいという認識がある。メディアとの強いコネクションを持ち、売れっ子のバーターとして出演機会も増えるというのが主な理由だ。
では、小さな事務所、“弱小”と言われるほどの事務所にチャンスがないかというと、そうでもない。近年、小さいながら売れっ子を輩出し、躍進を見せる事務所が増えつつある。
大手事務所に対抗する新興勢力とは?
かねてよりTV番組などでは、事務所自体にスポットをあてる企画があった。吉本興業、松竹芸能、ワタナベエンターテインメント……といった事務所に所属する芸人たちが、事務所ごとのチームに分かれて対抗戦をおこなうような内容だ。
取り上げられるのは前述のような大手事務所がほとんどだったが、ここに加わった新たな勢力がある。それが、『SMA(ソニー・ミュージックアーティスツ)』だ。
お笑い事情に詳しい芸能ライターはこう話す。
「SMAはソニー系の事務所で小さくはありませんが、お笑い部門への参入は遅く、何もないところからのスタートでした。今でこそ、バイきんぐやハリウッドザコシショウ、錦鯉などの人気芸人が名を連ねていますが、かつては“芸人の墓場”とも言われた事務所。芸人が所属事務所を聞かれた際、『ソニー』と答えると、『終わった……』と思われるほどでしたから、今の状況は想像しえなかった大躍進と言えます」
『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)では、「SMA芸人大集合SP」として特集され、以前には『アメトーーク』(テレビ朝日系)でも「ソニー芸人」が放送されている。
「SMAは他事務所から流れてきた芸人が多く、年齢は高いですが力はあります。そして何より連帯感が強い。賞レースで何組かが結果を残し、事務所内が盛り上がり、次々と入賞を果たす芸人が出てきました。それによって事務所自体が注目されるようになり、さらに芸人も士気を高め……とプラスの相乗効果を生み出しています」(前出・芸能ライター、以下同)
事務所自体が注目され、そこから芸人が躍進を遂げていく例はほかでも起きている。まずあげられるのが、『グレープカンパニー』だ。
「グレープカンパニーは、サンドウィッチマンが所属していることで知られるようになった事務所。ほかにも、ラッセンのネタでブレイクした永野、どつき漫才のカミナリ、お見送り芸人しんいちやランジャタイなど、実力派が揃っていることで注目されています。さらに、東京ホテイソンや“わらふぢなるお”、“あぁ~しらき”らが控え、層の厚さが窺えます」
実力派が揃っているという点では、爆笑問題所属の『タイタン』もそれに並ぶ。
「2022年の『M-1グランプリ』でウエストランドが優勝したのは記憶に新しいところ。その年は、同事務所所属のキュウも決勝に残っていました。2か月に1回のペースで事務所ライブをおこなっていて、そこには爆笑問題も出演。ネタに力を入れている事務所だと言え、この先も賞レースでの活躍が見込まれます」
お笑い界の勢力図が変わる可能性も……
小さい事務所は、所属する芸人が少ないぶんしのぎを削る必要性も少なくなる。焦る必要がなくなりダラダラと続けてしまうというマイナス面はあるが、実力を蓄え、己の武器を磨く時間が増えるというプラスの面もある。
こうして、芸人の才能を開花させ、大手事務所に肩を並べるほどの躍進を遂げている小さな事務所。次に活躍の期待される“ツギクル事務所”の候補としてあげられるのが、『ASH&Dコーポレーション』だ。
「ASH&Dはもともとシティボーイズの個人事務所。シティボーイズといえば、コント界のレジェンドというべき存在です。それだけに所属芸人には、阿佐ヶ谷姉妹やギース、ラブレターズと優秀なコント師が揃います。所属は少ないながら粒ぞろいといった印象を受けます」
ほかにも、面白い存在となりそうなのが『トゥインクル・コーポレーション』と、『K-PRO』。
「『R-1グランプリ2024』王者となった街裏ピンクが所属するのがトゥインクル・コーポレーションです。かつてはコントの雄、ラーメンズを輩出したことでも知られます。『水曜日のダウンタウン』(TBS系)のスベリ-1GPで圧倒的な存在感を示したエンジンコータローも所属。そのほか、ラジオ番組が好評のエレキコミックなど、バラエティーに富んだ布陣です。
K-PROのなかでもっとも活躍しているのは、代表の児島気奈さんでしょう。ラジオパーソナリティなどもこなしています。お笑い好きが高じてライブを主催するようになっただけに、見てきた芸人は相当な数であり目利きは確かなはず。代表が売れっ子になり、事務所が注目されたところから芸人の人気に火がつくという稀有なケースもあるかもしれません」
一強時代を築いた吉本興業が、現在は不安定な状態にあるだけに、そのほかの事務所が活気づいてきている。これは、お笑い界の勢力図にも変化がありそうだ!
取材・文/塚田牧夫