「肝臓病と聞くと、大酒飲みの人やウイルス性肝炎に罹患(りかん)した人の病気だと思うでしょう。しかし最近ではアルコールを飲まない方の脂肪肝、正式名称でいうと非アルコール性脂肪性肝疾患が増え続けています」
お酒を飲まなくても3人に1人が脂肪肝
そう話すのは肝臓外科医で、肥満解消と脂肪肝・糖尿病改善のための専門外来「スマート外来」の担当医を務める尾形哲(さとし)先生。脂肪肝は2016年のデータでは日本人の約2266万人、検診を受けた人の3人に1人が診断されるほど身近な病気だという。
そもそも脂肪肝とは、肝細胞に余分な中性脂肪がたまりフォアグラ化した状態のこと。
アルコールを飲まない脂肪肝の患者のうち1~2割は非アルコール性脂肪肝炎(NASH)に罹患し、そのまま放置すると5年で2割は肝硬変まで進行。肝臓がんの危険性もある。
「脂肪肝になると自覚症状のないまま徐々に肝臓の機能が失われていく。肝硬変まで進行すると腹水や手足の浮腫、黄疸(おうだん)などの症状が発生して、肝不全で命を失うこともあります。糖尿病や動脈硬化を併発するケースもあるので、決して軽く見てはいけません」(尾形先生、以下同)
40代以降の女性は特に注意が必要
脂肪肝を発症する原因は運動不足、食べすぎなどが挙げられるが、特に40代以降の女性はホルモンバランスの乱れで脂肪肝になりやすいという。
「女性ホルモンのひとつであるエストロゲンが減少することも原因だといわれています。エストロゲンには女性らしい体形をつくり、生殖器官を発育・維持する機能がありますが、40代前半から分泌量が減少し、後半から50代前半に閉経します。
その過程でお尻や胸についていた脂肪がお腹周りにつくようになり、内臓脂肪が増えると同時に肝臓の脂肪も増えていきます」
ほかにも筋肉量が減ることで、肝臓の脂肪が増えやすくなる。
「食べ物で摂取した糖質は肝臓か、筋肉の中にグリコーゲンとして貯蔵されます。しかし40代以降は筋肉量が減少するので貯める場所が減り、あふれた分は肝臓で脂肪になってしまうんです。だから以前と同じ量しか食べていなくても、脂肪が蓄積しやすくなるんですよ」
肝硬変や肝臓がんに進行する可能性のある脂肪肝。早期発見したいところだが、自覚症状はまったくないという。判断するには超音波検査やCT検査、MRI検査を行うが、簡易的にわかる方法もある。
「健康診断の血液検査の結果を見てください。肝細胞のダメージ度合いを表すASTとALTの数値のどちらも正常範囲内であっても、ALTの数値が高ければ、ほぼ脂肪肝といえるでしょう」
まずは甘い飲み物をやめることが大切
「肝心なのは、脂肪肝や脂肪肝炎のうちに減量して、肝臓の数値を整えること。特別な薬はないので“食事で肝臓の脂肪を落とすこと”が基本」
尾形先生は生体肝移植のドナーのために、脂肪肝を短期間で改善する食事法を長年、科学的に研究してきた。スマート外来では患者の8割以上を3か月で5kg減量させ、脂肪肝改善に導くメソッドを確立している。
「一番重要なのは、継続的に体重を落として健康を維持し続けること。そのために頑張らなくて済む方法を患者さんと一緒に考えています。
なによりもまず、甘い飲み物をやめましょう。食べ物よりも飲み物のほうがより肝臓に障害を与えることがわかっているんですよ」
今回は尾形先生の患者・中川由美さん(仮名)の例をもとに、食事法で減量し、脂肪肝を改善する方法をご紹介。
脱・脂肪肝に成功した中川由美さん(40代)3か月間の記録
初受診:体重66kg、脂肪肝炎発症「5kgの減量」を指導される
40代の中川由美さんは出産を機に12kgほど増量。ダイエットのために朝食を玄米シリアルやバナナスムージーにしたり、野菜ジュースをとってきた。
白米には雑穀を混ぜ、お酒もほとんど飲まず身体によい食生活を心がけ、さらには、脂肪を落とすと謳うサプリメントを飲んだりもしたが、体重は一向に落ちなかった。健康診断で肝機能検査がE判定に。それをきっかけに、スマート外来を受診。
「由美さんの血液検査の結果はAST58、ALT121、γ-GTP48なので脂肪肝炎が起きている状態ですね。脂肪肝で肥満がある方の場合、体重の7%減量すれば肝臓の炎症がなくなります。由美さんは現在66kgなので、マイナス4.62kg…つまり5kg減量がベスト。
ただし急激な減量はリバウンドの原因にもなるので、1か月の減量は体重の3%以内にとどめて。最初の1か月で2kg減量できた患者さんは、ほぼ全員がその後3か月で5kg減量を達成しているので、まず2kg減を目標にしてみませんか」
と、尾形先生はアドバイスした。
「食べる量を減らせばよいのでしょうか?」という由美さんの質問に尾形先生は、
「減らすのは主食の量だけで。おかずや野菜はたっぷりとってください。お米やパン、麺などはすべて脂肪になりやすい精製糖質なので、それを減らすことが最優先。そして無理のない方法で、肝臓をいたわる食事法にかえることが大切なんです」
と説明。由美さんの食生活は、ダイエットのために飲んでいた野菜ジュースに糖質がたくさん含まれていたり、添加物を含むサプリメントも肝臓への負担になっていた。よかれと思って続けていた食生活をまずは見直すことが重要だったのだ。
1か月後:無理なく2kg減に成功。体重計に乗るのが楽しみに
尾形先生が患者さんに指導する基本の5か条をもとに毎日、体重や食べたものを記録し、もしもお菓子を食べてしまったら娘に申告すると決め、自らを律した由美さん。夕食を作るついでに野菜を洗ってカットし、朝食用のスープの下ごしらえもすませた。
ランチは勤務先のスーパーのお弁当をもらうことが多いが、ご飯は先に食べていい量をお箸で分け、食べすぎを防止。さらに自宅からミニトマトやブロッコリーを持参して、野菜不足を補い、ベジファーストも実践した。
体重は約1か月で2kg減量、血液検査の結果もAST54、ALT104、γ-GTP29に数値が改善した。
この結果に尾形先生は「まず頑張ったご自身を褒めてあげましょう!」と労った。
「仕事がない日の昼食は、手の込んだ料理をする気になれなくて……夕飯のおかずを増やすのも続けられる自信がないし、ダイエットにすでに挫折しそうなんです」
と不安を口にする由美さん。これに対し先生は、
「うまく手を抜いてOK。カット野菜や少量サイズの肉で作るひとり鍋なら簡単だし、野菜もしっかりとれます。夕飯はスーパーの惣菜コーナーに頼るのも手です」
と励ました。さらに食後2~3時間ですぐにお腹がすいてしまうという悩みには、
「腹八分目の食事で空腹を感じられるのは理想的。それは肝臓の脂肪がエネルギーに変えられる貴重な時間なんです。どうしてもお腹がすくときは、手のひらに軽くのる25gまでと決めてナッツを。ゆで卵もいいですね」
と答えて、由美さんを勇気づけた。
2か月後:停滞期に突入するも、甘いものを食べなくても平気に
2か月目からは、食事にタンパク質を積極的にプラスするよう指導があった。
「最初の1か月は糖質の摂取を抑え余分な脂肪を減らしてきましたが、それだけでは筋肉量が落ちて痩せにくくなります。スープに溶き卵を入れたり、おかずに豚こま肉や鶏つくね、さば缶、豆腐を加えてタンパク質補給を意識して。納豆を1日2パック食べるのも手軽でよいでしょう」
理想は毎食20~30gタンパク質を摂取すること。これは肉と魚なら100g、卵なら1個、納豆1パック、豆腐1/3丁、無糖ヨーグルト150gに相当する。
「納豆、豆腐、ゆで卵、サラダチキン、ツナ缶、さば缶、チーズは常備しておきたい神セブンと言っているんですよ(笑)」
スーパーの出来合いの惣菜を利用し、無理なく食事管理ができるようになった由美さん。食事にタンパク質を加えたことで空腹感が減り、口寂しいときはハーブティーを飲むなどしてお菓子を食べることを減らした。
しかし、体重はなかなか減らず、マイナス1.5kg減止まり。しかし、血液検査の結果はAST27、ALT50、γ-GTP18にまで下がり、症状は改善した。
「体重が減らないので長風呂をして汗をかいたり、水分を控えてみました」と言う由美さんに対し、尾形先生は、
「水を飲んでやせるというのは誤解。水分を控えて脂肪が減るわけではありませんし、むしろ肝臓への血流量が落ち、太りやすくなってしまいます。
減量中こそ意識してお水を飲んで、食事の前後30分の間にスクワットをして、むくみを解消しましょう。10回2セットを1日1回から始めてください」と指導。
3か月後:トータルで6kg減量!ALTなどの数値も正常に
体重が減らない停滞期を経て、体重が落ち始めたのがダイエット開始3か月目。
食後のスクワットを日課にすると、ぽっこりお腹が少しスッキリしてきた。体重計に乗ってみると、6kg減っており、肝臓の数値はAST21、ALT33、γ-GTP13。
ALTはまだ基準値にはなっていないが、脂肪肝は見事改善した。由美さんの実例をもとに、尾形先生はこんな言葉を付け加えて締めくくった。
「頑張りすぎないことが大切です。1か月目は、料理を作るのは1食だけでもいいんですよ。あとは野菜たっぷりの宅配弁当や、前日のみそ汁に違う具を加えるだけでも大丈夫。
たとえ減量がうまくいかなくても自分を責めず、飲み物は水かお茶と決めて現状維持に努めましょう。この食事法は何度失敗したって、またやり直せるものです。
少し体重が増えてもまたリセットすればいい。肝臓を守ることが自分の命を守ることになるので、諦めず続けてくださいね」
肝臓をいたわる極意5か条
1:体重を1日1回量って記録
体重だけでなく食事内容も記録することで、セルフコントロールができるようになる。
2:甘い飲み物をやめる
砂糖や果糖ぶどう糖液糖入りの飲み物や炭酸飲料だけでなく、野菜ジュースやフルーツジュース、乳酸菌飲料やスポーツドリンクもやめること。
ゼロカロリー飲料も食欲増進作用があるので避けよう。飲み物は水かお茶、ブラックコーヒー、無糖炭酸水にする。
3:野菜を増やす
1日で両手一杯の量350g、普段の2倍はとるのが理想的。特に緑黄色野菜がおすすめ。じゃがいもやさつまいも、かぼちゃ、とうもろこしは糖質が多いので注意。
生野菜でなくスープ、鍋などの調理法もOK。食事の際は最初に野菜を食べるベジファーストを守ることで、糖の吸収が穏やかに。野菜やきのこの小鉢を毎食プラスして。
4:糖質を1食40gに減らす
糖質量は1日70~130g、1食あたりは約40gが目標。ご飯なら1食半膳70g、食パンは6枚切り1枚で60g、うどんは半玉で120g、パスタなら乾麺で35g。
その分、おかずの量は増やしてOK。白米を雑穀ご飯や玄米にしても糖質量に大差はないので誤解なく。
5:加工食品を減らす
添加物の多い加工食品をとると、肝臓は解毒作業が増えて休まらない。サプリメントや栄養ドリンクも負担になるので控えて。
教えてくれたのは……尾形 哲先生●医学博士。長野県佐久市立国保浅間総合病院外科部長、同院「スマート外来」担当医として脂肪肝対策など啓発。パリ、ソウルの病院で、多くの肝移植手術を経験、日本赤十字社医療センター肝胆膵・移植外科で生体肝移植チーフを務めた。
取材・文/植田沙羅