「台本をもらったときは衝撃を受け、動揺しました。胸が張り裂ける思いというのは本当にこういうことかな、と。きっとみなさんが同じ思いに駆られる作品。届けるのはこれからなんですが、やってよかったと思っています」
と話すのは稲垣吾郎(50)。6月7日公開の映画『あんのこと』に出演している。
モチーフは'20年、コロナ禍の日本
本作の主人公は21歳の杏(河合優実)。ホステスの母親と脚の悪い祖母と暮らしている。DVの中で育ち、不登校。12歳で初めて身体を売った相手は母親の紹介。売春で家計を支え、薬物依存症。絶望の日々を送る中、刑事・多々羅(佐藤二朗)と出会ったことで、少しずつ変わり始める。
稲垣は、多々羅の裏の顔を追う週刊誌記者・桐野を演じている。物語のモチーフは'20年、コロナ禍の日本で実際に起きた事件だ。
「杏ちゃんの生い立ちや取り巻く環境もあるけど……。急に人と離れてしまうとか、社会からはぐれてしまうとか。考えてみたら誰にでも、僕にだって起こりうること。そんなときに社会がちゃんと気づいてあげられるかですよね。きれい事になっちゃうけど。
でも、こういう本当にひとりっきりの人をどうしたらいいのかな、とずっと考えながら撮影していました」
撮影期間中、帰宅後も作品に漂う重さを引きずってしまったり?
「そこは別かな。お芝居はどこか冷静な自分でいないといけないし、桐野自身が思い悩む役ではなかったから。役によっては、あえてそういう精神状態をつくろうとすることもあるけど。
今回は桐野という役を演じる人間として呼ばれているわけだから、そこに集中してやった感じかな。でもきっと、杏ちゃんを演じた河合さんはずっと役が接続していたんじゃないかな。その苦悩はちょっと計り知れないですね」
あの女優に「単独取材したり(笑)」
撮影は約1年前。その後、河合は4月期のドラマ『不適切にもほどがある!』でブレイクした。『少女は卒業しない』('23年)、『冬薔薇』('22年)、『サマーフィルムにのって』('20年)など、河合の出演映画はほぼ見ていたという。
「たまたまというか、僕が見た邦画での(出演)確率が高くて。素敵な俳優さんだなとずっと思っていたので、今回こういう縁があってうれしかったです」
現場での過ごし方を尋ねてみると、
「河合さんはオンオフを切り替え、ニコニコされていて。そこにホッとしました。映画やダンスの話など、いろいろしましたね。『少女は卒業しない』がよかったから、レビューのために僕が単独取材したり(笑)」
何とも取材熱心!ラジオでゲストから話を引き出す話術を含め、稲垣の週刊誌記者役はとても似合っているように見える。
「そうですか?週刊誌の人にそう言われたらうれしいですよ。でも、インタビューがうまいなんて全然。その場の空気がよければ、僕はいいから(笑)。
この間もラジオの生放送に石橋凌さんが来てくれたんだけど、もっとARBの曲をすり減るくらい聴いてから行けばよかったと後悔して。結構、反省だらけですよ」
「イメージ&求められること」うまく重なっている状態
昨秋の主演映画『正欲』では検事役。放送中の『燕は戻ってこない』(火曜夜10時〜NHK総合)ではわが子を熱望するあまり、代理母による出産へと突き進む元バレエダンサーを演じている。
本作を含め、テーマに重さのある作品が続いているが、意図しているのだろうか?
「俳優としてのロードマップを描くとか、植物を剪定(せんてい)するような計算とか、ないですよ(笑)。社会的テーマを持った作品が続いたことはたまたまですけど、そういう時代なのかなとも思います。
社会が抱えている問題、大げさにいえば病魔や闇。それを作品にして届けることにはやっぱり意味があると思います。もちろん、いい作品に出たいし、俳優として仕事をしていきたい思いは強いので。世の中の方がイメージして求めてくれることと、自分がやりたいこと。それがうまく重なり合っている状態なんじゃないかな」
復讐劇をやりたい!?
ジャーナリスト役は、『窓辺にて』('22年)以来。本人が持つイメージと配役について話が及ぶ中、稲垣はこんなことを。
「僕も復讐劇とかやりたいですよ。っていうのは、冗談で(笑)。草なぎさんの映画(『碁盤斬り』)にかけて言ったんだけど、でも、やっぱり僕に復讐劇は似合わなそうじゃないですか?だって、悔しがらなそうだもん(笑)」
『あんのこと』
6月7日(金)新宿武蔵野館、丸の内TOEI、池袋シネマ・ロサほか全国公開
配給:キノフィルムズ (C)2023『あんのこと』製作委員会