「みんなから“本当に初めて?”“嘘でしょ”なんて言われてね。そのたびに“本当に映画に主演するのは初めて”と伝えて。いちばん最初に自分の名前が載った台本をいただいたのは、今回が初めてなんですよ」
「60年コツコツやってきた僕へのご褒美かな」
1964年に大映京都撮影所が主催したオーディションで第4期フレッシュフェイスに選ばれ、『酔いどれ博士』('66年)で映画デビュー。その後、数々の作品で記憶に残る存在感を放ってきた名優・平泉成。
80歳の誕生日(6月2日)を迎えてすぐの6月7日から初主演映画『明日を綴る写真館』が公開される。
「(秋山純)監督から電話でオファーを受けたときはうれしかったですよ。60年コツコツやってきた僕へのご褒美かなと思っています(笑)。お話が来ない人もいますから」
うれしそうな表情を見せる。
「主演は楽しいですね。自分の感性でこういう芝居をやろうと、すっと動くと、みんなが合わせて芝居をしてくれる。もう、主演以外はやりたくない! そう思うくらいです(笑)。監督やスタッフのみなさん、俳優さんたちがみんなで“成さん上に乗って”と御み輿こしを担いで運んでくれるような感じでした。これは本当に楽しい経験だった」
演じたのは、地方の街で写真館を営む無口なカメラマン・鮫島武治。ある日、鮫島の写真を見た人気若手カメラマンの五十嵐太一が弟子入りしたいと訪ねてくる。
年齢も考え方も違うふたりだが、鮫島の被写体との向き合い方を見た太一は、自身に足りないものに気づいていく。若手カメラマンの太一を演じたのは、期待の次世代俳優、Aぇ!groupの佐野晶哉。
「彼は優秀ですよ。もちろんアイドルでもあるので、歌も踊りも上手。そのうえ、とても豊かな感性を持ち合わせていて、芝居がこれまたいいんです。まだ22歳ですから。どんなビッグスターになっていくかね」
完成披露舞台挨拶で佐野は「僕は勝手に成さんの孫だと思っています」と語っていた。
「いい関係を築けました。撮影の途中でLINE(SNS)の交換をして。ついこのあいだも、自宅の庭に咲いているバラが満開だったから写真を何枚か送って。“キレイですね”なんて返事がきました」
今作には、「平泉が主演をするのであれば」と、妻役の市毛良枝に黒木瞳、佐藤浩市、吉瀬美智子、高橋克典、田中健、美保純、赤井英和と豪華俳優陣が集結した。
誰より、思いが強かったのはメガホンを取った秋山監督。監督がデビュー当時からお世話になっているという平泉がポリシーとして主演映画の仕事を受けていないと聞き「絶対に主演映画を撮りたいと思った」 という。
そのために、平泉の趣味であるカメラを題材にした同名の原作を見つけ出してきた。
「監督が、僕自身を鮫島の寡黙なキャラクターに近づけてくださったと思っています。言いたいことは写真で表現する。“いい写真を撮っている。これでわかってよ”みたいなカメラマンにできたらいいなというふうに思っていました。でもね、本当に大切なことは口にしているんです。例えば、写真を撮るということはどういうことか、家族にとっての写真はどういうものかということは」
撮影中、鮫島か平泉かわからなくなる瞬間があった。
「鮫島とは重なる部分が多かったですね。これは平泉成なのか、鮫島なのか、どっちなんだと思いながら演じたときもありました。珍しいことでしたね。だから、いい経験でした。監督が大らかな方で“どーんといってください!”とおっしゃるから、“よっしゃ”と思ってね(笑)」
若いころ報道カメラマンだった鮫島は、仕事に情熱を注ぎ、家族に寂しい思いをさせてしまった“想い残し”がある。「そこは違いますね」と語る平泉は、常に家族のことを中心に考えてきた。
「趣味は“家族です”」
「仕事と家族だったら、もちろん家族のほうが優先。趣味は“家族です”って言っているくらいですから。家族と仲良く楽しくやっていくために、仕事を大切にしていかなきゃいけない。だから、家族を質に入れても芝居がやりたいみたいな思いはなかったですね。もちろん、芝居は好きですよ。でも、この60年を振り返っても、家族と仕
事を天秤にかけて、逆の選択をすればよかったというような記憶はないですね」
劇中の写真館で撮影した家族写真にまつわる印象的なシーンに触れたとき、パンツの尻ポケットから財布を出し、中から小さな家族写真を取り出してくれた。
「子どもたちが小さいころに女房と写真館で撮影した大切な写真です。六つ切りくらいの大きいサイズのものを小さくプリントしてもらって。もう、子どもたちは就職して、親になりました。これ、何のタイミングで撮影した写真かな? 女房に聞かないとわからないですね(笑)。でも、この写真を見るたびに、どんなときも頑張って育ててきたなと思うんです。みんなで一緒に生きて、みんなで一緒に幸せになろう。みんなで一緒に頑張っていこうねと」
1枚の写真を撮るために精いっぱいおしゃれをして、全員がひとつのレンズに向かう。その家族写真が、一生の宝物となる。
「ぜひ、みなさんにも写真館で家族写真を撮っていただきたい。今回の映画、すごい作品になったと思っています。優しさと温かさと大切なもの、いろいろなことが学べる。80歳で主役というのも、ひとつのドラマですよね。こういう大人にピントを当てた映画が増えたらいいなと思うんです。日本には、素敵な大人たちがいっぱいいる。生き方の見本となるような芸術家の方々もたくさんいらっしゃるので、ぜひ、そういう作品が増えていったらいいなと思います」
趣味のカメラ
若いころ、一眼レフカメラを一式買って遊んでいたときがありました。一度、やめたんですが、子どもが生まれたらまた撮るようになって。今度は、デジタルカメラですけど。すぐに撮れるように、いつも手の届くところにカメラを置いています。最近は孫や、ちょっと狭い庭ですが今の時季だとバラが咲いているのでよく撮りますね。夏休みや冬休みになると、子どもや孫たちと家族で旅行に行くこともあるので、海や山で家族を撮影しています。
映画『明日を綴る写真館』6月7日(金)全国公開! 配給:アスミック・エース