高温多湿の梅雨に要注意なのが、身近に潜む食中毒の危険。厚生労働省が発表している食中毒の統計資料では、年間を通して6月における食中毒の発生件数が最多に。その理由を内科医で感染症専門医の田中雅之先生に聞いた。
「食中毒は、大きくウイルス性と細菌性の2つに分けられます。ウイルスは冬などの寒い時季に活発化し、体内に侵入すると腸内で増えて食中毒を引き起こします。一方、細菌は気温が20〜40度になると食べ物の中で増え、それを食べることで食中毒になります。
夏前に気温が上がってくる梅雨は、細菌による食中毒のリスクが高まります。梅雨の高い湿度も細菌が好む環境であるため、1年の中で最も食中毒が増えやすい時季といえます」
また気温が高くなる夏はお弁当や食材に保冷剤を添えるなど温度管理に慎重になるが、季節の変わり目の梅雨は油断しやすく対策が不十分になりがちと田中先生。
詳しい対策を紹介する前に、まずは気をつけるべき食材や菌の種類について聞いた。
梅雨に注意すべき意外な3つの食材
「梅雨に食中毒を引き起こしやすく、意外と危険性が知られていない要注意な食材がいくつかあります。まずはカレーやシチューなどの煮込み料理。
カレーはひと晩置くと美味しくなるといわれますが、酸素の少ないところで活発化するウェルシュ菌が増えやすく、室内で数時間放置するだけで菌は一気に増殖し、食中毒のリスクが高まります」
ウェルシュ菌に感染すると、12時間前後で下痢症状が現れる。
「ウェルシュ菌は一度増えると冷やしても死滅しないため、調理後はすぐ冷蔵庫へ入れることが大切。一つの大きな容器に保管すると細菌が増殖しやすい条件が生じうるため、小分けにして保管することをおすすめします。
また、死滅させるには74度以上でしっかり加熱すること。再加熱の際は鍋で全体を十分に加熱してください」
電子レンジは加熱にむらが生じやすいため、鍋で温めるほうが安全だ。
真空状態でも危険あり
「2つ目の食材は生肉。特に鶏肉はカンピロバクターという菌に汚染されやすく、産地に関係なく国産でもリスクが。カンピロバクターはしっかり加熱すれば死滅しますが、加熱が不十分で菌が残っていたり、汚染された鶏肉の刺身を食べることで食中毒を引き起こします」
感染すると2〜7日で下痢や発熱、腹痛、血便などの症状が現れる。
「焼き鳥屋に行った数日後に発症したケースや、身体を鍛えている若い男性が自宅で鶏肉を調理して発症したケースにもよく遭遇します。料理に不慣れな場合など、調理後のまな板や手の消毒が不十分で感染することも多く、生肉の扱いには注意が必要」
しかもカンピロバクターは腸災症状が改善した後、ごくまれにしびれや筋力低下などの神経障害を引き起こすギランバレー症候群を発症することもあり、病院で適切な治療を受けることが大切。
「3つ目はおにぎりやお弁当など人の手で作られた調理食品、加工食品です。人の皮膚には黄色ブドウ球菌という菌が存在していて、十分に手洗いをしないまま食品に触れると菌が付着します。そして高温多湿の環境下で時間とともに菌が増殖して毒素を出し、これを摂取することで食中毒が起こります」
症状は吐き気や嘔吐(おうと)。潜伏期間は1~6時間と発症まで早いのが特徴だ。
「サラダなどの生野菜や、人の手で切られたカットフルーツなどもリスクがあるため、この時季のお弁当や惣菜類は冷やして保管してください」 また件数は少ないが、真空パックの食品もまれに食中毒を引き起こすという。製造過程で菌を死滅させるため「120度で4分以上の加熱」が義務付けられているレトルト食品と、冷蔵で保管が必須な真空パックを混同することが主な原因だ。
「スーパーなどで売られている真空パック詰めの惣菜は、レトルト食品とパッケージが似ているため、菌が生息できないというイメージを持つ人もいるようです。ですが、真空状態でも生息可能なボツリヌス菌が混入しているケースが。
冷蔵品は、保存温度が低い状態であれば菌の増殖は抑えられるため、保存指示を守るとリスクを減らせます」
温度管理と殺菌消毒の徹底を!
梅雨に注意が必要な食材を紹介したが、それ以外の食材でも基本的な対策が重要だ。
「梅雨の食中毒対策はまず、温度管理が必須。食材を冷やして保存するのはもちろん、調理した料理も放置せずに冷蔵庫で保存しましょう。持ち運ぶお弁当などは保冷剤を忘れずに。
また調理時や再加熱時に十分加熱して菌を死滅させることも大切。梅雨時季はできるだけ生肉や生魚を食べないというのも手ですね」
さらに調理工程にも食中毒のリスクが潜んでいるため、こまめな殺菌消毒が必須だ。
「調理前、調理後の手洗いは必ず行ってください。特に生肉や生魚などの生ものを触ったまま次の工程に移ると食材を汚染する可能性があるため、殺菌消毒効果のある石けん類で手を洗いましょう」
まな板などの調理器具や布巾の食毒にも気をつけたい。
「生ものを切ったあとのまな板にも菌が付着している可能性があるため、他の食材を切る前に必ず洗剤で洗うこと。包丁やお皿なども同様です。まな板は生肉用、生野菜用など分けて使うのが理想。
手を拭く布巾は菌の温床になりやすいため、リスクの高まる梅雨時季や生ものを扱う際を中心に、キッチンペーパーなどの使い捨てのものを活用するのもおすすめです」
また食中毒の注意点として、同居している人に症状が現れた場合、病院に行く前はウイルス性か細菌性かがわからないため、極力同じトイレは使わないようにしたい。
「ウイルスは下痢や吐瀉(としゃ)物から感染するため、同居人の体調不良には注意が必要です。消毒の際は次亜塩素酸が有効。高齢者など基礎体力が低下している方は下痢や嘔吐で脱水を起こすこともあり、重症化するケースも。体調不良の際は迷わず医療機関に相談してくださいね」
教えてくれたのは……田中雅之先生●医学博士、日本感染症学会専門医。KARADA内科クリニック渋谷院長。著書に『「コロナ」がもたらした倫理的ジレンマ』(日本看護協会出版会)。
文/井上真規子