耳の奥で「キーン」という音が鳴る耳鳴り。集中力がそがれる、非常に不快な現象のひとつでもある。
更年期以降の耳鳴り、原因は「加齢性難聴」
「6月は、GWの疲れがたまっているうえ、梅雨に入ると低気圧の通過により自律神経が乱れるなど、耳鳴りのワーストシーズンなんです。さらに更年期の女性は、女性ホルモンの低下により、耳の不調が出始める年代であるとともに、ストレスも感じやすくなる。それらが症状を悪化させている場合もあります」
そう話すのは、宇宙飛行士の耳のケアにも関わる耳鼻科医の石井正則先生。耳鳴りが気になっても病院に行く人は少ないが、中には放置してはいけない場合も。
「突然キーンという音がして、しばらくすると消える耳鳴りは、“生理的耳鳴り”といって誰でも起こりうるもので、心配ありません。ですが、中高年の方で、気づくと常に耳鳴りがしている慢性的な耳鳴りは要注意。
加齢性難聴のサインである可能性が高い。そのまま放置すると、加齢性難聴の進行を早めてしまうことになりかねません」(石井先生、以下同)
慢性的な耳鳴りには、難聴のない“無難聴性耳鳴り”もあるが、その約80%は難聴が原因の“難聴性耳鳴り”だ。
「加齢とともに誰しも難聴になるので、中年以降の耳鳴りのほとんどは難聴性耳鳴りといえます」
「難聴性耳鳴り」は、聞こえない音を、脳が聞こうとして感度を上げることで起こるという。
「耳鳴りは耳ではなく脳の中で鳴っているのです。高齢になると高い音が聞こえにくくなるため、“キーン”とか“ピー”“ジー”といった金属音やセミの鳴き声のような耳鳴りがします。
いずれにせよ、慢性的な耳鳴りは放っておいてはいけません。病院で検査を受け、加齢性難聴が起こっているか、別の病気かを確認しましょう」
加齢性難聴は誰しも起こる可能性があるが、その進行のスピードは人によって異なる。「聞こえ」に問題が生じていないか、まずはチェックしてみよう。
その耳鳴り「加齢性難聴」が原因かも?
□耳の横に片腕をピンと伸ばし(耳元から50〜60cm離れた位置で)、指をこする音が聞こえない
□電子体温計のピピッという音が聞こえない
□会話中に聞き返すことがよくある
□聞き間違いが多い
□話し声が大きいと言われる
□家族にテレビやラジオの音量が大きいと言われる
□数人で会話をするとうまく聞き取れない
□相手の言ったことを推測で判断することがある
〈チェックの数〉
・0〜2個…現在聞こえに問題はなさそう。少しでも聞こえに問題がある場合は聴力検査を
・3〜4個…耳鼻咽喉科で相談してみよう
・5個以上…できるだけ早く耳鼻咽喉科の診察を受けることがおすすめ
最大の対策は「ストレス軽減と自律神経を整える」
近年の研究では難聴の有無にかかわらず、耳鳴りを悪化させる要因がわかっている。
「大きく関与しているのがストレス。ストレスの多い生活をしていると、脳内の中枢性自律神経ネットワークが興奮状態になり、その影響を受けて脳の聴覚に関する部位も興奮します。そのせいで音に敏感に反応するようになり、耳鳴りを起こしてしまうのです」
疲労や睡眠不足も関連することが明らかになっている。
健康な20代に対するある実験で、まず無響室(音の侵入や反射・反響のない部屋)に入ってもらうと、全員が「シーン」や「サー」などの生理的耳鳴りを自覚。
その後、普通の部屋に移動し、PCでの入力作業を深夜から朝にかけてやってもらい、相当負荷がかかった状況に。徹夜のまま再び無響室に入ってもらうと、全員が作業前よりもはるかに強い耳鳴りを自覚。
その後、別室にてゆっくり睡眠をとってもらったところ、起きたときには全員の耳鳴りが消えていたという。
「この実験では、急に大きなストレスがかかり、しかも眠れないことで脳が疲労困憊(こんぱい)し、普段は1にも満たない耳鳴りのレベルが100倍、1000倍に跳ね上がったのです。しかし、その後たっぷり眠って疲れとストレスがリセットされると耳鳴りは消失しました。
このことから、ストレス、寝不足、疲れの3つの要素が耳鳴りの大きな原因ということが裏付けられたといえるでしょう」
これは難聴がある場合も原理は同じ。
「中高年に多い難聴があるタイプの耳鳴りでも、3つの要素が重なると、おのずと耳鳴りが強くなります。ですから、耳鳴り対策の基本は、ストレス緩和、そして睡眠不足解消によって脳の疲れをとること。
また、3つの要素と密接に関係している自律神経を整えるケアも有効です」
補聴器や鍼灸治療で改善する可能性も
では具体的にはどんなケアをすればいいのか。
「難聴が原因の耳鳴りは、補聴器を使うことで軽減することがあります。補聴器で必要な音を十分聞き取れるように調整することで脳の過敏性が軽減され、耳鳴りが改善するのです。
耳鳴り専用の補聴器もあり、おすすめしていますが、メガネに比べて抵抗を感じる人が多いですね」
さらに、十分な効果が期待できる補聴器は価格が10万円以上するため、なかなか手が出せない人も。ほかに効果が期待できるのが鍼灸(しんきゅう)。
「皮膚は交感神経の支配を受けており、交感神経は圧の変化で血流や発汗を調整しています。経絡(けいらく・ツボ)への鍼灸により皮膚の下に微細な圧がかかると、血管が拡張され血液の循環がアップ。その結果、身体の緊張と脳の疲れが癒され、耳鳴りが緩和するのです」
また、手軽にできる対策として自律神経を整える効果が期待できる「耳ねじり」や「ホワイトノイズを聴くこと」もおすすめ。
人生や生活の質の低下を招かないためにも、早めの対策を講じよう。
耳鳴りをラクにするお手軽ケア
難聴の有無にかかわらず、ストレス・睡眠不足・疲れは耳鳴りを悪化させてしまう。生活習慣の見直しとともに、以下に紹介する自律神経を整えるケアを取り入れてみよう。
お手軽ケア(1):耳ねじり
耳には、自律神経に関連するツボや筋膜が集中。引っ張ったりねじったりすることで、自律神経に刺激を与えてバランスを整える効果が。
両耳の上部を、親指が後ろ、人さし指が前にくるようにして手でつまみ、斜め上に引っ張りながら、後ろに倒すように手のひらを返して耳をねじる。そのまま、耳を後ろ、下へと順に引っ張る。つまむ位置を変え、耳の真ん中、耳たぶも同様に行う。
お手軽ケア(2):ホワイトノイズを聴いて寝る
滝の音などの「ホワイトノイズ」は、すべての周波数を均等に含む音なので、耳障りな音をかき消してくれる。リラックスや安眠効果も。
寝る前にスピーカーやスマートフォンをベッドの足元に置き、まわりの人に迷惑がかからないぐらいの音量で滝の音を流す。滝の音は環境音アプリなどで入手できるので、それをリピートしてずっと流しておくと、安眠効果もアップ。イヤホンを使うのはNG。
教えてくれたのは……石井正則先生●JCHO東京新宿メディカルセンター耳鼻咽喉科診療部長、医学博士。日本耳鼻咽喉科学会代議員、宇宙航空研究開発機構(JAXA)・宇宙医学審査会委員。著書に『70歳から難聴・耳鳴り・認知症を防ぐ対処法』(さくら舎)など。
取材・文/當間優子