刺殺現場は横浜駅近くの幸川沿いの歩道

「職場で“殺人事件があったんだぞ”と聞いて驚いた。飲食店の立ち並ぶ表通りはにぎやかで夜間はケンカ騒ぎもあるが、脇にそれたこの歩道は人通りが少ない。飲みすぎた酔客がゲロを吐きに入ってくるぐらいだから」(犯行現場近くで働く20代男性)

 JR横浜駅西口から徒歩6〜7分の川沿いの歩道で事件があったのは6月9日夜7時40分ごろのこと。近くに住むフィリピン国籍の無職・礒崎アリスヒマオさん(57)が男に上半身を刃物で複数回刺され、搬送先の病院で死亡が確認された。

“女性と面識はない”

 犯行から約3時間20分後、現場近くの横浜駅西口交番に出頭したのが自称東京都町田市の無職・安藤幸生容疑者(33)だった。

「凶器とみられる刃物を持参して“人を殺しました”と自首し、神奈川県警戸部署は殺人容疑で緊急逮捕しました。“女性と面識はないが、人を刺したことは間違いありません”などと供述しています。死因は胸部刺傷による出血性ショック。捜査当局は通り魔殺人の可能性があるとみて経緯を調べています」(全国紙社会部記者)

 現場の歩道を歩くと、人がすれ違うには十分な幅がある。しかし川と車道に挟まれた道で、両サイドに柵があるため不審者と対峙しても前後にしか逃げられない。助けを呼ぼうにも人けがなく、仮に助ける人がいても迂回するなど時間がかかる。残された選択肢は、柵をよじ登り、川に飛び込むか、車道に飛び出るか。計画的にこの場所を選んだのか、礒崎さんの腕には防御創があった。

 安藤容疑者は小・中学生のころから町田市の公営団地で母親と弟と3人暮らし。父親の姿はなく、母親が毎日出勤して家計を支えていた。

「物静かで知的な母親で、お子さんを大声で叱り飛ばすことはありませんでした。思春期になると、弟さんはスポーツに打ち込みましたが、幸生くんは髪を茶色に染め、いかついブーツを履くなど不良っぽくなったんです。悩んでいる様子の母親に“夜は眠らなきゃダメよ。心配しなくても20歳ぐらいになれば変わるものだから”と助言しました。男の子はそんな時期ってあるでしょう?」(近所の女性)

 成人後は実家を出たり戻ったりしたが、落ち着いた雰囲気になったという。

「会えば挨拶してくれるようになったし、数年前には新聞配達の仕事が決まって張り切っていました。“僕、××新聞に勤めるようになりました。新聞とってください”なんて言って。別の新聞を購読していたので“いまの契約が切れたらとってあげるからね”と約束していたのに辞めてしまって」(同・女性)

 退職理由を尋ねる前に「どこか探しますよ」と言い、しばらくして別の新聞販売店で働き始めた。女手ひとつで育ててくれた母親に恩返ししたい気持ちがあったようだ。

 別の知人女性が振り返る。

買い物袋に食材を詰めて帰ってきて“母さんは仕事で忙しいから、僕が夜ご飯をつくってあげるんだ〜”と言うんです。もういい年でしたが“偉いね〜”と冗談めかして褒めると、笑っていました

 部屋にエアコンがなく「給料が出たら母さんのためにも買う」と話すことも。

「お酒さえ飲まなければいい子」

 近くの公園の石段に座り、缶ビールを手にタバコを吸う姿を複数の団地住人が目撃しているが、この飲酒が厄介だった。

普段は温厚で愛想もいいんだが、酒の量がすぎると人格が変わってしまう。騒ぎを起こして警察官が来ることもあった」(団地住人)

 事件に発展したのは昨年8月。自宅で母親を刃物で切りつけたとして近くの交番に出頭し、殺人未遂の疑いで逮捕された。団地には5、6台のパトカーが集まり、住民の知るところとなった。母親はしばらく入院し、片手を包帯で吊ったまま退院すると「刺されはしなかったの。私がつまずいて転んだの」と周囲に説明したという。

 そして昨年暮れ、転居先も告げず引っ越していった。

「さすがに居づらくなったのか、“長い間お世話になりました”と達筆で一文添え、高級な洋菓子を置いて。その心中を思うと、せつなくて今でも涙が込み上げてきます」(前出・近所の女性)

 母親への事件はこの6月5日、東京地裁立川支部が傷害罪で執行猶予付き有罪判決を言い渡したばかりだった。

判決の翌日に山梨県のアルコール依存症の治療施設に入所したが、すぐ脱走したため母親が警察に届け出ていた」(前出・記者)

容疑者が出頭した横浜駅西口交番

 刺殺事件のニュースが流れたとき、容疑者の風貌に驚いた住民もいる。

いつの間にか頭髪が薄くなって、あれは円形脱毛症ではないか。昔はフサフサだったので、彼なりに精神的に追い詰められていたのだと思う」(近所の住民)

 まばらな頭髪を気にしてか、昨夏の事件当時は頭を剃り上げていた。そのときに勤務していた新聞販売店では「安藤が来ない」と騒ぎになったという。

「お酒さえ飲まなければいい子。なんでこうなっちゃったのか」(前出・知人女性)

 事件現場を再び訪ねると、礒崎さんの好物か、ポテトチップスとジュース2本が供えられていた。何にどれほど悩もうと、人の命を奪っていい理由になるはずがない。