記憶に新しい、Mrs. GREEN APPLE(ミセス・グリーン・アップル)のMVの大炎上。「なぜ炎上すると思わなかったのか」といった指摘を経て、SNS上では「炎上リスクに気づいてても、言い出せない人もいたのでは?」という声も出ています。
「真相はわからないが、空気を読む国民性のわれわれには、決して笑えない出来事だ」と、コンサルタントとして、さまざまな企業の会議に参加してきた筆者は指摘します。
ミセス「コロンブス」が大炎上
人気バンドのミセス・グリーン・アップルのミュージックビデオの内容がいまだに炎上を続けている。新曲「コロンブス」のもので、コロンブス、ナポレオン、ベートベンに扮したメンバーが類人猿の家でホームパーティーを開くというものだ。その登場人物に加えて、文化を教えているシーンが描かれる。
侵略者としても解釈できる人物が、文化を押し付けたと解釈できる内容だったので、批判が殺到し、このミュージックビデオは公開停止になった。タイアップのCMも放映が停止になっている。
メンバーの大森元貴さんはただちにコメントを発表。「この度は本当に申し訳ございませんでした。以後このようなことが無いよう、細心の注意を払い、表現することに対して誠実に、精進してまいりたいと存じます」としている。
個人的にはスピーディーな対応で謝罪も公開停止もしているのだから、これ以上、何かを責めたり嘲笑してみたりする必要はないだろうと私は思う。
むしろ、個人を責めるよりも、「なぜ炎上してしまったのか」「なぜ燃える可能性のある動画が、多くの人が関与していながら公開されてしまったのか」を考え、われわれ自身の学びにすることが大事だと思う。
リスクマネジメントの難易度は格段に上がっている
ところで話が変わるようだが、以前、某企業から聞いた話がある。
企業には調達部門(仕入れ部門)と営業部門がある。その企業の調達部門が経済安全保障の観点から、A国製の部品や材料をできるだけ排するよう、仕入れ先にお願いした。すると、その某企業の営業部門はA国での活動に支障が出たという。具体的には、政府調達などで採用されなくなったのだ。調達部門の発言によって、同社の営業部門が影響を受けた……それまでなら、考えもしなかった事態だ。
つまり何を言いたいかというと、リスクマネジメントとは、もはや想像力と同義になっているのだ。
私は、「商売人=ビジネスパーソンは、歴史観と政治観とプロ野球の話はしないほうがいい」と考えている。いや、もちろん個人の自由だが、相応のリスクがあることは理解するべきだろう。
なお、歴史・文化的な炎上が発生する要因として、「そもそも炎上する内容だと知らなかった」か「違和感はあったけれども組織員が言い出せなかった」の2つがある。それぞれ、組織としてどのように向き合い、対応していくべきか。
(1)「そもそも炎上する内容だと知らなかった」を防ぐには?
地味ではあるものの、組織を構成する人たちが歴史や文化的な背景を学習できる機会を作るしかない。そして潜在的に問題を引き起こす可能性のあるコンテンツについて知る必要があるだろう。
もちろんコンテンツ作成の過程において、アドバイザーを入れることも有効だ。現に外部と連携してビジネスのハレーション(悪影響)を引き起こさないか確認する例がある。また、企業の場合、一般公開の前にクローズドなメンバーに公開し、そこから問題になりうる内容が含まれているかフィードバックをもらうこともできる。
また、これは個人的な経験だが、企業の現場でスピーチ原稿や発表資料を事前にいただき、生成AIに与えた。発言内容にリスクがないかしつこく質問すると、かなりの精度で答えてくれる。レピュテーション(評判)を下げるリスクがないかを生成AIからもチェックしてもらうのだ。
ChatGPTのような相手に「あなたが〇〇の立場で、この発表を聞いたときに、差別的だと感じる可能性はありますか」などと訊く。もちろん完璧ではない。ただ、リスクマネジメントとは、もはや想像力だと述べた。想像力にも限界がある。その際には学習豊かな生成AIを活用する。
(2)「違和感はあったけれども組織員が言い出せなかった」を防ぐには?
この(2)は故・山本七平さんが傑作『「空気」の研究』で述べたように、あるいは猪瀬直樹さんが『昭和16年夏の敗戦』で鮮やかに分析したように、日本人は空気が支配し、その場の流れに乗るしかない側面もあるだろう。
これに対する絶対的な解決法はない。ただ、いくつかの組織では意図的にKY(空気・読めない)部門を置いている。これを3つのディフェンスラインとも呼ぶ。
たとえば、メーカーの検査部門があるとする。昨今では検査不正が相次いでいる。だから、検査部門とは別に品質管理部門にも、検査不正がないか監視させ牽制させる場合がある。ただ検査部門と品質管理部門が蜜月だと牽制がうまくきかないケースがある。だから、3つ目にKYな部門として、業務監査部門に怪しげな検査がないかを調べさせる。
現場の検査部門と品質管理部門は、不正検査でもやらないと出荷に間に合わないといった動機を持ちやすい。そこに戦略的KYによってその動機を抑止する。
また雰囲気として違和感を表明できない場合だけではなく、サンクコストを意識しすぎる場合がある。つまり、「これだけお金かけて作っちゃったんだから、いまさら取り消しなんてできないよ」という感情だ。
しかし考慮するべきは未来であって、過去ではない。過去にどれだけお金をかけても、それが未来に損害を与えるのであればやめるべき、という冷静な評価が必要だ。
ここまでしないと、「違和感を表明していい空気」を作ることには繋がらないのだ。
歴史上の固有名詞を使わない傾向へ
なお、アーティストの炎上事件の際、専門家はよくアーティストは意図を含めて議論を、というものの、当事者本人は精神的にその気になれないはずだ。また議論といっても、誰と議論するのかわからず、議論しても物事が改善するようには思えない。
企業の場合も同じだろう。歴史観についての議論を回避し、炎上したらすぐ謝罪し対象コンテンツを消すのは「事なかれ主義」といわれるかもしれない。
ただし、前述の「そもそも炎上する内容だと知らなかった」→「できるだけ組織員に啓発を行う」「違和感はあったけれども組織員が言い出せなかった」→「サンクコストを重要視せず、違和感を表明できる組織づくりをする」といった努力をしたうえで、企業はおそらく歴史上の固有名詞を使わない方針になるだろう。
少なからぬ歴史上の人物は、善の側面と悪の側面をもつ。歴史上の人物を登場させたとき、その悪の側面を批判されると、人気商売はなかなか反論しにくい。
これは価値観の善しあしの問題ではない。企業は防御策として、固有名詞を避けるしかない、という意味だ。昨今では、CMタレントにも不祥事を起こさないAIが起用されはじめている。私たちが生きているのは、それほどまでに漂白化された社会なのだ。
実際のMVの様子はこちら
坂口 孝則(さかぐち・たかのり)Takanori Sakaguchi
未来調達研究所
大阪大学経済学部卒。電機メーカーや自動車メーカーで調達・購買業務に従事。調達・購買業務コンサルタント、研修講師、講演家。製品原価・コスト分野の分析が専門。著書も多数。