桐生市の特別監査の結果について記者に説明する群馬県地域福祉課の職員 撮影/小林美穂子

 生活保護の不適切支給が相次ぎ、社会的な問題になっている群馬県桐生市。県が「権利を尊重する対応を」と市に求めるなどの動きがあった。これまでに 【独自】「支給額が1日1000円」は、まるで嫌がらせ!生活保護は罰なのか?憲法・生活保護法を無視した運用を重ねる群馬県桐生市の深い闇 に続き、【独自】桐生市生活保護の悪辣極まる水際・恫喝・ハラスメントに保護の辞退届を経験した女性、「9年が経ち、やっと話せるようになった」 を執筆した、生活困窮者の支援活動を行う『つくろい東京ファンド』小林美穂子氏による第三弾。10年間で生活保護率を半減させた桐生市では、何が起こっていたのだろうかーー。

 梅雨入りが発表された6月21日、筆者は雨の中を群馬県庁に向かっていた。

《令和5年度生活保護施行事務監査(特別監査)の実施結果について》と題した、群馬県地域福祉課による説明会が開かれると聞いていたからだ。

 去年11月、桐生市の生活保護課が、利用者に保護費を満額支給せず、連日ハローワークで求職活動をさせて、その引き換えのように一日1000円を窓口で渡していたケースが明らかになった。『週刊女性PRIME』でも二度記事を書いているように、その一件を皮切りに、「不適切」などという言葉では到底カバーできない違法案件や、これから違法が確定するであろう案件が次から次へとあふれ出した。

 今年3月には第三者委員会が立ち上がり、7月5日には三回目の会合が開かれ、一日1000円の問題やその他の不適切・違法対応について調査が行われる。

民間の金銭管理団体による保護費の管理

 先述の、一日1000円支給をされていた男性は、市の福祉課によって金銭管理をされていた。こう書くと、この男性自身に浪費癖や依存症の問題があったのではないかと下衆の勘繰りをされることがあるが、桐生市は保護開始と同時に金銭管理を始めているのが特徴だ。

 金銭管理能力の有無は短期間で見抜けなどしないし、利用者の中には金銭管理に問題のない人も多い。そもそも本人が希望していない管理を強要することは福祉事務所にはできないし、仮に希望したとしても、最低生活費を大きく下回る生活をさせてはならない。

 桐生市では金銭管理をしていた件数を14件と当初は発表。しかし、同市の生活保護利用者の中には、社会福祉協議会、ほほえみの会、日本福祉サポートの民間三団体に金銭管理をされているケースが2023年度において66件(2024年6月現在は56件)あることがわかっている。

 どういうシステムかというと、生活保護の開始と同時に、市は利用者と民間団体を市役所内で引き合わせ、契約を結ばせるのだ。桐生市は「三団体に金銭管理の業務委託はしていない」「本人と民間団体の同意に基づいた自由契約」と主張しているが、支援者たちが知る限り、金銭管理に同意している人は皆無である。

 6月18日、参議院厚生労働委員会にて石橋みちひろ議員は、民間団体の金銭管理によって桐生市の生活保護利用者に保護費が満額支給されておらず、生存権が脅かされていることを問題にした。

「黙ってるつもりはまったくありません」

 問題を指摘された武見敬三厚生労働大臣は、群馬県による特別監査が進んでいることを踏まえ、厚労省としても「群馬県を通じて情報収集を確実に行う」「不適切な取扱いが認められれば、厚生労働省としても適切に対応するというように指導する」と答弁。

 石橋議員から「県任せ」の対応ではないかと批判されると、武見大臣は「黙ってるつもりはまったくありません」「不適切なことが民間団体を通じて行われていることがあったとすれば、受け入れることではない」と断言。

「群馬県に対して徹底して指導しろと私達(厚労省)は言ってるわけでありまして、それがそのとおりになっていないとすれば、再度私達としては指導の在り方を強化しないといけない」と、是正がなされるまで指導を徹底することを約束した。

 桐生市の生活保護問題はあまりに多すぎる。これまでの経緯の要点のみを説明したいところだが字数がいくらあっても足りないので、武見厚生労働大臣も言及していた「県による特別監査」の報告に入るとしよう。

恫喝、威嚇、水際作戦だけじゃなかった

 これまで桐生市民からは、福祉課職員による恫喝や威嚇、暴言、人権侵害など、ありとあらゆるタイプのハラスメント被害が支援者たちに報告されてきた。「水際作戦」と呼ばれる、申請権の侵害が疑われる事案も県の監査で分かってきた。県は450件以上の相談記録を調査し、急迫にもかかわらず申請に至らない事案や、申請に条件があると誤解させるような対応など、申請権の侵害が疑われる事案が多数あることを確認した。

〈急迫にもかかわらず申請に至らなかった事案〉
・世帯収入が最低生活費以下なのに「家族で協力して生活を送れば困窮に至らないことが確認された」と相談記録に記載されているケース。しかし、世帯収入が最低生活費を下回ってる時点で生活保護の要件を満たしており、協力し合えば困窮が解決するわけではない。

・年金の振込額が2万円少なくなり生活ができないと訴える相談者に、「年金事務所に確認するように助言」と相談記録が残っている。実際には、たとえ年金が2万円多かったとしても、相談者の収入は最低生活費を下回っていた。

〈申請に条件があると誤解させるような対応一例〉
・「まずは仕事を見つけてもらうことが最優先」と、就労が申請の条件であるような助言をしている。

虚偽の扶養届を元に生活保護申請を3度却下

 県の監査で新たに判明した事実として一番の驚愕事案は、桐生市が行方不明の親族名で提出された「扶養届」で収入申告し、保護申請を却下していたことだった。生活保護を申請すると、親族に援助の可否を問う「扶養照会」という通知が送られる。しかし、扶養照会をしたところで、ほとんどの人が金銭的援助が見込めていない。

 桐生市ではこの“仕送り”を強要して保護を却下している疑いが浮上している。保護申請をした方の姉から返送された扶養照会で「援助不可」にチェックされているのに、そのあと「不足額を援助します」と訂正されていたという。

 そこで扶養届について重点的に調査したところ、親族からの仕送りを強要した疑いや記録不十分で実態が把握できない事案が約70件もあったことが分かった。

 70件のうちの一件は、福祉施設を利用する高齢女性のケース。長男は行方がわからず連絡が取れる状態にない。本来は親族の元に送られるはずの扶養届が、なぜか福祉施設職員によって「不足額・不足分を援助する」と代筆されていたと記録に残されているというのだ。

 問題は、実際には援助などないということだ。

 それなのに「不足額・不足分」という、いくらでも伸び縮みする金額の援助をするという何者かによる虚偽の扶養届によって、この女性は3度、生活保護申請を却下されている。

 まず、扶養届は親族以外の他人が代筆してはならない。他人が書いたものと知りながら、金額も明確にされていない扶養届を根拠に、福祉課は申請を却下してはいけない。福祉課は援助の申告どおりに仕送りがされ、利用者が最低生活費を確保できているかチェックしなくてはいけない。

 なぜ、桐生市職員はわざわざこの一件だけ「福祉職員が代筆」と記録を残したのだろうか? そもそも法に触れる行為であり、福祉施設に代筆なんてするメリットはないのだ。それに、親族は行方不明で実際の援助は見込めないわけだから、女性は福祉施設にも料金を払えなかった可能性すらある。その場合は福祉施設が被っているはずだ。

「市に脅されでもしない限り、扶養届の代筆なんて絶対にしません!」都内でケアマネとして働く知人も、群馬県内で福祉施設に勤務する知人、友人も「断じてしない」「ありえない」「聞いたことがない」と一様に驚き、衝撃を受けている。
 
 加えて、桐生市の扶養届のひな形には、「不足分・不足額を援助」という項目はない。それなのに、県の行った調査では、この「不足分・不足額を援助」という記載が多く見つかったそうだ。

 虚偽の扶養届を代筆したのは誰なんだろうか?

桐生市の扶養届

過去10年間で生活保護率が半減した理由

 桐生市の保護率減少は、これまで市が説明していたような高齢化などの自然減少なのか、それとも組織的要因が絡むのかという質問に対し、県は「組織的かどうかの確認はできなかったが」と前置きした上で、申請と保護開始件数が少なく、申請権侵害の疑いや、あるかどうかも分からない仕送りを根拠にした却下による事例がたくさんあることが、減少の一因になっているだろうと分析した。

 地元で困窮者支援をする人達も、筆者も、桐生市で過去あるいは現在、苛烈な水際にあった人達の証言を多数聞いている。

 申請すら不可能なほどに撥ねつけられ、暴言を吐かれ、人格を否定され、ようやく生活保護申請できても、虚偽の扶養届を根拠に保護が却下されたりもする。たとえ保護が決定しても厳しい就労指導が待っている。毎日ハローワークへ行くよう指導され、引き換えに一日1000円を窓口で渡される屈辱を味わう。この物価高の昨今、支給されるべき保護費を満額受け取れない。あるいは金銭管理団体に分割支給をされ、最低生活費以下の生活を強いられる日々に終わりは見えない。自分のお金なのに、預けている通帳残高がいくらかも分からない。こんなことをされていたとしたら、保護率が半減するのは当然だろう。

 ちなみに群馬県は、桐生市が保護費を当月内に全額支給していなかったのは生活保護法に違反し、仮に一度支給した保護費を市が預かっていたという荒唐無稽な主張を尊重するとしても、それは地方自治法違反であると断言している。

 桐生市で過去、生活保護課に理不尽に尊厳を傷つけられ「あんな目に遭うくらいなら死んだ方がマシ」と苦しい生活に耐えている人、心身ともにボロボロにされた人、保護の廃止や報復が怖くて声を潜めている人たちには、これまで何も知らずに申し訳なかったと思う。その間に、亡くなってしまった方もいらっしゃると思うと心が痛む。桐生市に関するご相談は『つくろい東京ファンド』にお問い合わせください。(https://tsukuroi.tokyo/information/)


小林美穂子(こばやしみほこ)1968年生まれ、『一般社団法人つくろい東京ファンド』のボランティア・スタッフ。路上での生活から支援を受けてアパート暮らしになった人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネイター。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで働き、通訳職、上海での学生生活を経てから生活困窮者支援の活動を始めた。『コロナ禍の東京を駆ける』(岩波書店/共著)『家なき人のとなりで見る社会』(岩波書店)を出版。