第36回 霜降り明星・粗品
霜降り明星・粗品による、木村拓哉や元雨上がり決死隊・宮迫博之への“口激”が話題となっています。私は特に誰の味方でもありませんが、二つの理由で粗品ってズルいなぁと思ってながめている次第です。
まずひとつめは「悪く言っても怒られない人」を見極めているから。木村拓哉の所属するSTARTO社(旧ジャニーズ事務所)と言えば、戦後の芸能界の頂点に君臨し、多数のスターを輩出してきました。民放は視聴率至上主義ですから、こうなるとジャニーズ事務所(当時)のタレントに「出ていただく」形となって、ジャニーズ事務所(当時)>テレビ局という関係になってしまってもおかしくない。実際、'19年7月25日号「週刊新潮」によると、音楽番組『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)の元プロデューサーは、他事務所の男性アイドルを出演させるかどうか迷っていたところ、ジャニー喜多川氏に「出したらいいじゃない。ただ、うちのタレントと被るから、うちは出さない方がいいね」と、自社タレントの撤収をほのめかされたことを明かしています。番組にどのタレントを出すのかを決めるのはテレビ局側なはずなのに、ジャニー喜多川氏がどれだけの権勢を誇っていたかを端的に表しているエピソードと言えるでしょう。
しかし、ご存じのとおり、現在のSTARTO社はそれどころではありません。昨年に事務所として性加害を認め、現在は被害者への補償に追われています。仮にSTARTO社がキムタクを守るため、粗品の所属する吉本興業にクレームを入れたとしても、それは当然のことだと私は思います。しかし、今の粗品であれば「圧力をかけられた、事務所の体質は変わっていない」と暴露する可能性もゼロではない。おかしなことに巻き込まれないためには相手にしないのが一番で、その結果、「粗品、無双」の今の状態が出来上がっているのでしょう。宮迫にしても、かつての先輩ではありますが、事務所という組織の後ろ盾を持たないという意味で言えば「怖くない」のだと思います。
被害者ポジションはおいしい
ふたつめは「被害者ポジションはおいしい」ことを粗品は知っているからだと思うのです。粗品は身長についてあげつらった理由について「挨拶を返してもらえなかったから」、千原せいじのYouTubeチャンネル『せいじんトコ』内において、宮迫をターゲットにしたのは「ほんまは、闇営業問題の時に恨みあるみたいな感じです。CMとんだりとか。2本くらいCMとんだんです。仕事なくなって」と、直の先輩に礼儀正しく“被害”を訴えていました。やられたらやり返していいという考え方は日本全体に蔓延している気がしますが、自分の予想外のことが起きることと「〇〇に被害を受けた」はイコールではないはずです。
また、被害者の椅子に座りたがる人ほど、自分は出来ていないということは往々にしてあります。たとえば、'23年9月23日放送の『あのちゃんの電電電波』(テレビ東京)に出演した際、楽屋挨拶に行っているか聞かれた粗品は「芸人の先輩はけっこう行くかな。だけど、もうそろそろやめようと思ってるよ」「高橋真麻とかは行かんかな? 井森美幸とか、つるの剛士は行かんかも。芸人の先輩やったら行くけど」と挨拶は芸人の先輩に限定していると思える発言をしていました。自分が俳優やタレントなど異業種の先輩に挨拶をしないのはアリで、キムタクのような異業種の先輩が挨拶を返してくれないのは許せないと暴露するのはいかがなものか。このように被害者ポジションを取る人は「自分がするのはいいけれど、相手にされたら許さない」というふうに、自分をたかーい棚にあげる傾向があるので注意が必要です。しかし、SNSは概して弱い者の味方ですし、オトコvsオンナ、良い人vs悪い人のように極端な対立が好まれるので、「国民的スターのウラの顔」的なネタは格好のトピックと言えるでしょう。
弱さを盾にした“強い者いじめ”
もう一つ、イヤだなと思うのは、粗品の“口撃”を毒舌と評する人がいることです。最近の粗品は誰かに怒られてヤバいと思ったのでしょうか、YouTube動画で「1人で偏ったどっちかの意見っての言いたくないんですよ」「全部コントなんで。これ何回言わすの。これ僕の意見やないですから。1人でどっちの意見も言ってみるコーナーで、コントやて」とこれまでの発言が“作り物”であると主張していましたが、作り物なら実在の人物を貶める発言が許されるなんてことはありません。
毒舌を吐けば注目を集めるでしょうが、自分の芸能人としてのイメージが下がる可能性も否定できません。それを受け入れる覚悟があるのか。また、ここまでは言っていいけど、ここからはダメというふうに、倫理観がはっきりしていれば「毒舌だけれど、問題を起こしたりしない」と支持してくれる人もいるはずです。しかし、粗品のように自分は安全な場所にいて、言い返せない人を選んでバラし、旗色が悪くなったら言い訳をするのは、弱さを盾にした“強い者いじめ”ではないでしょうか。
キムタクを「月9バカ」と名付けた有吉弘行
キムタクと毒舌と言えば、有吉弘行の“あだ名”が思い出されます。'96年に『電波少年』(日本テレビ系)の企画で、ユーラシア大陸をヒッチハイクし大ブレイクしますが、その後、全く仕事がないという長い低迷を経験します。しかし、内村光良など先輩芸人の助けもあり、少しずつテレビに出るようになり、2007年には「アメトーーク!」(テレビ朝日系)内で、品川庄司・品川祐に「おしゃべりクソ野郎」とあだ名をつけたことから、「芸能人にあだ名をつける」ような毒舌芸を求められるようになりました。芸人仲間ならともかく、和田アキ子や木村拓哉など、芸能界を代表するような大物にあだ名をつけることを求められました。今のようにハラスメントNOという概念がありませんから、やり方次第では自分の仕事をなくしてしまう可能性もあり、だからといって毒のないあだ名では番組の制作者も視聴も満足しないので、次の仕事につながりづらい。難しい課題であったと思いますが、有吉はキムタクを「月9バカ」と名付けたのでした。
「月9バカ」のバカの部分だけに注目すれば、悪口に思えるかもしれません。しかし、〇〇バカというのは、その道を一心に究めたレジェンドに使われることが多いことから考えると褒め言葉でもあります。また当時、月曜9時の主役と言えば、スターの代名詞でもありましたから、主役をずっと張っているというのは、それだけ人気があったことの証明でもあります。キムタクのファンは、今季も月9で主役だと胸を躍らせたことでしょうし、あまり興味のない人にとっては「キムタクが主役をやりすぎて、代り映えしない、飽きた」と思ったかもしれない。このあたりの賞賛と揶揄と毒をまぜたのが「月9バカ」というあだ名なのだと私は思います。こうやって考えてみると、毒舌というのは、毒を吐きつつも、ほどほどのところで止められる、聞き手はもちろん、製作者や言われた相手の立場にもある程度立てるかがポイントとなってくるのではないでしょうか。
ガーシーこと東谷義和氏や滝沢ガレソ氏など、暴露系のコンテンツが人気を集めたこともあって、粗品も「こういうのがウケるんでしょ」と軽い気持ちで始めたら、予想外に大バズりしたのかもしれません。しかし、芸能人である粗品は東谷氏や滝沢氏と違って「愛される」「信用される」ことも仕事の一つなはず。今ならまだ間に合う。芸能人として築いてきた格を大事にしてほしいものです。
<プロフィール>
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」