「心筋梗塞は冬に起きやすいイメージがあるかもしれませんが、実は夏も危険度は高い。発症率は決して低くありません」
そう警鐘を鳴らすのは、血管や心臓など循環器系のエキスパートである池谷敏郎先生。観測史上最も暑かった昨年を上回る猛暑と予想されている今年の夏、自分の命を守るためには熱中症対策だけでなく、“血管の健康にも留意が必要”と注意を促す。
猛暑が予想される今夏、血管が詰まる危険大!
冬の心筋梗塞は血圧の急激な変動によって引き起こされることが多いが、夏の原因は暑さによる脱水。血液中の水分が減ってドロドロになり、血栓ができやすくなる。
「“夏血栓”という言葉があるくらい、そのリスクは高まります。ゴルフなどで炎天下で長時間過ごしている時に突然発症することも珍しいことではありません」(池谷先生、以下同)
さらに、血管内の脱水は全身で起きるため、心筋梗塞だけでなく、脳の血管が詰まって起きる脳梗塞などの発症率も夏は高まる。
女性は更年期を境に血管の老化が加速!
とはいえ、猛暑による脱水が即、血栓につながるわけではない。そもそもの原因は、血管の動脈硬化、すなわち“血管の老化”だと池谷先生は指摘する。
「動脈硬化は、血管の壁が厚く硬くなる現象です。血管が狭くなって血流が悪化し、詰まりやすくなるだけでなく、内側にプラークと呼ばれる“こぶ”ができ、それが傷ついて破れ、血栓が生まれてしまいます」
特に、女性は更年期以降に動脈硬化が急激に進むので注意が必要だ。
「女性ホルモンのエストロゲンは、血管を柔軟にするなど、動脈硬化の抑制につながる働きをしてくれます。更年期で女性ホルモンが減少していくと、それに伴って血管の老化が加速していくわけです。
首の血管の状態をエコーで確認すると、50代後半の女性の約2割に血管内のこぶが確認できます」
女性にとって、健康な血管を維持できるかどうかのターニングポイントは50代だと話す池谷先生。何もしなければ血管は老化の一途をたどるが、食事や運動などの生活習慣を見直すことで、血管をしなやかに若返らせることもできると話す。
「血管が健康で血流がスムーズな状態にあれば、全身に血液を送る役割を果たす心臓の負担も軽減。狭心症や心不全といったトラブルも回避できます。“血管力”を高めることは“心臓力”のアップにつながり、若々しく長生きできる土台となるのです」
メタボ危険! 血管と心臓の健康を脅かす
血管の老化は命を左右する疾病につながるにもかかわらず、調子の良しあしが目に見えないため、意識されづらいと懸念する池谷先生。
「血管の老化は自分で気づくことが難しく、詰まって心筋梗塞などを発症する直前までほとんど症状が出ません。水面下では動脈硬化が進み、内部にこぶができているのに、痛くもかゆくもないから“自分は平気だろう”と放置されることもあります」
自覚症状はなくとも、特定健康診査、いわゆる“メタボ健診”で基準値を超えてメタボと判断されたら要注意。
内臓脂肪の蓄積からくる高血圧や高血糖、脂質異常は、血管に負荷をかけたり、傷つけたりする要因となるので、血栓ができやすい状態になっていると認識したほうがよい。
「メタボの人は交感神経が活発になり、ストレスをためやすい。ストレスは血圧や心拍数の上昇につながるので、メタボ状態は血管、ひいては心臓の負担が大きくなります」
一方、不健全な血管による直接的なSOSがなくとも、全身を巡る臓器だからこそ、さまざまな不調として現れることは少なくない。
「血の巡りが悪くなることで、手足の冷えや緊張性の頭痛、肩こりとなって表面化することがあります。原因がよくわからない疲労や不調は、長年かけてじわじわと悪くなっている血管力の低下が原因かもしれません」
逆に、血管が若々しい状態になると、不調が改善され、肌がきれいになったり、髪質が良くなったりすることも。
「眠りの質がよくなったという人も多いです。心筋梗塞などの予防だけでなく、美容面や生活の質も高まるので、ぜひ健康な血管づくりに取り組んでみては」
血管年齢が実年齢より30歳も若い池谷先生が実践し“1週間続ければ、血管が若返る”と太鼓判を押す血管力アップ生活を教えてもらった。
血管力が若返る!【池谷式】生活習慣
週3回の9000歩ウォーキング
まず、池谷先生が大事にしているのは、適度な運動。
「高血圧症、糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病の大きな原因の1つは運動不足。これは血管の老化に拍車をかけるので、実際に私も定期的な運動を心がけています」
おすすめは、1日9000歩を目標にしたウォーキング。週3回程度できればベストだとアドバイスする。
「ただし、早朝は避けましょう。交感神経が緊張していて、心拍数と血圧が上がりやすく血管に負荷をかけてしまいます。また、空腹時の運動は脱水を招き、血栓を生じやすくするので、せめて水分補給を行って30分程度たってから運動をしてください」
ベストな時間は夕食後。心拍数、血圧ともに落ち着いている時間帯である上、食後に有酸素運動をすることで、血糖値の上昇を抑えて動脈硬化を予防することにも効果を発揮する。特に、夏は暑さを避けられる点でも続けやすくメリットが大きい。
万病のもとストレス回避!
イライラ、クヨクヨする感情も血管を傷つける要因。
「患者さんのなかにもストレスが原因で血管が傷んでいる人は多いです。夫の退職後にストレスが増えたと話す60代の女性の血管を検査すると、内側がこぶだらけでボコボコ、ということもありました」
そう話す池谷先生が、ストレスをためないために普段から意識しているのは、“受け流すこと”“距離を置くこと”。嫌だなと思うことがあっても、他者の行動を変えることは家族でも難しいので“こういう考えもあるのだな”とやり過ごすのが得策だ。
また、ゆっくりお茶を飲んだり、趣味に没頭するなどして嫌なこと自体を思い出さない手立てを持っておくことも有効。池谷先生は、愛犬との時間が癒しだそう。
「それでも、ついイライラしてしまったら、“血管や心臓の健康を損ねてまで怒ることかな”と自問自答を。すると、自然に“まあいいか”と思えてきますよ」
スポーツウエアで快適睡眠
「良質な睡眠も血管の健康には不可欠。途中で何度も目が覚めてしまうような浅い眠りは交感神経を優位にし、血圧・心拍数を上昇させるので、絶対に避けたいですね」
睡眠時間は、5時間以下が続くと血圧の上昇に影響するため、最低でも6時間を確保。
ナイトウエアは、通気性がよく、寝汗をかいても心地よく眠り続けられるように、パジャマではなくスポーツウエアを選択。寝返りがしやすい枕も必須快眠アイテムだ。
「枕は、平らで幅が広くて、横向きに寝た時に鼻と顎の中心、へそを結んだラインが同じ高さになるのが理想です」
就寝前には、ハーブティーなどでリラックス効果を高めるのもよいが、夜間のトイレに2回以上起きてしまう人は控えめに。
「睡眠が改善されると日中の運動にもやる気が出てきますし、血管力アップのための生活へどんどん好転していくはずです」
血管力が若返る!【池谷式】食習慣
ゆる糖質オフで内臓脂肪を増やさない
「前述のとおり、内臓脂肪は血管の老化にとって最大の敵。蓄積されないよう、糖質はなるべく控えています」
と話す池谷先生。エネルギー源として適度な糖質はとりつつ“ゆる糖質オフ”に努めている。
「ご飯は量を半分に。もち麦や大豆を加えてかさ増しし、満足感を出しています」
忙しい朝は、簡単に用意できる低糖質メニューの定番を決めている。
「ずっと続けているのは野菜ジュース。ニンジン1本とりんご半分をジューサーにかけ、そこにオリーブオイルとレモン汁を加えたものを毎朝200mlほど飲みます」
そこに白米の量を少なめにした納豆ご飯とインスタントのみそ汁、ヨーグルトをプラスする場合も。手軽にビタミン、食物繊維、タンパク質といった栄養素がとれるのがメリットだと話す。
「朝食を抜くと、午前中から空腹で交感神経が高まるだけでなく、昼食後の血糖値が急上昇するので危険です」
また、甘いものを食べるのは朝食後。昼食と夕食で摂取する糖質の量を減らしたり、日中の運動量を増やせば帳尻を合わせられるからだ。
「逆に、夜に外食の予定が入っているときは、朝から食事量を調整します。あまりシビアにならず、1日を通じて食べすぎにならなければよいという考えのほうがストレスなく続けられます」
水は1日1.5L!朝夜で体重を一定に
夏は血栓を予防するための水分補給もしっかりと習慣化しておくのが大切。
「人体の半分以上は水分ですから、水分が不足すると如実に体重に影響します。例えば、起きたてに体重が500g~1kg減っていたら寝汗で水分が出ている証拠。水分をとってから1日の活動を始めてください。“痩せている!”と喜ぶのは、要注意です」
10種の栄養成分を意識してとる!
健康のためには栄養バランスのよい食事が基本だが、とりわけ血管のためには、10種類の栄養素を意識してメニューを考えるのが池谷流。
例えば、(1)EPA・DHAを多く含むアジやサバなどの青魚は、中性脂肪値を下げるだけでなく、抗炎症作用が働いて動脈硬化のリスクを下げるので、積極的に食べている。
「夏にぴったりのレシピを挙げるなら、青魚のカルパッチョ。スライスした玉ねぎをのせれば、なおよし。玉ねぎには、抗酸化作用がある(2)ケルセチンが多いので最高の一品になります。暑い日でもさっぱりと食べられますよ」
ほかには、チーズや米麹などに含まれる(3)LTP(ラクトトリペプチド)、トマトや納豆、チョコレートなどに多く含まれる(4)GABAは血圧の上昇を抑える。
「ココアなどに多い(5)カカオポリフェノールは血糖値の抑制に効果があります。おやつに高カカオチョコレートを選べば、GABAとカカオポリフェノールの両方を摂取できるのでよいですね」
血管のダメージを防ぎ、健全な状態に導いてくれるのは、トマトなどに含まれる(6)リコピン、赤ワインに代表される(7)ポリフェノール、ブロッコリースプラウトやブロッコリーに含まれる(8)スルフォラファン。
また、ビタミンB群の一種で、レバー類や海藻類に多い(9)葉酸も動脈硬化の予防になる。
「腸内環境の改善はストレス低下につながるため、(10)食物繊維も欠かせません。糖や脂質の吸収を穏やかにしてくれるもち麦を白米と混ぜて食べるのもわが家の定番です」
池谷Dr.が常備する糖質オフミール
ランチに活躍!糖質オフパスタ
KALDIのオリジナル商品、大豆粉などが配合された糖質50%オフの生パスタを常にストック。
「低糖質なのに、食べ応えも十分。レトルトのパスタソースと合わせて、ランチに重宝しています」
野菜たっぷりスープを手軽に!
ランチはほぼ自炊しているという池谷先生。レトルトのスープも常備。
「豆やトマト、かぼちゃなど野菜のスープは手軽で低カロリー。血糖値の急上昇を抑えてくれるのがいい」
大豆をスープやサラダにIN
食物繊維、タンパク質などを多く含む大豆も食卓で大活躍。
「白米と一緒に炊いたり、サラダやヨーグルトにトッピングしたり、スープに加えたりと、蒸し大豆は必ずストック。多岐に使えて便利です」
教えてくれたのは……池谷敏郎先生●池谷医院院長。専門は内科、循環器科。心疾患の治療とともに、生活習慣などの指導で動脈硬化の予防にも尽力。『60歳を過ぎても血管年齢30歳の名医が教える「100年心臓のつくり方」』(東洋経済新報社)など著書多数。
取材・文/河端直子