日本人にとっても懐かしい松田聖子の「青い珊瑚礁」が韓国で大きな話題を呼んでいる

 何気なくつけていたテレビから松田聖子の「青い珊瑚礁」が流れてきて、思わず驚いた。韓国の公共放送「KBS」ニュースでの出来事。松田聖子が羽田空港で歌う姿が映し出され、当時一世を風靡した”聖子ちゃんカット”、全盛期だった原宿のタケノコ族など1980年代、経済成長まっただ中の日本の様子が次々と流れた。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 K-POPのガールズグループ「NewJeans」のメンバー、ハニが6月末に熱唱した「青い珊瑚礁」の余韻が今も韓国に広がっている。直後にはX(旧ツイッター)でトレンドキーワードとなり、韓国最大の音楽チャート「メロン」に828位で初登場。7月に入ると253位に急上昇し、直近(18日)では150位とじわりじわりと順位を上げている。

「私が日本の歌まで好きになるなんて」

 書き込み欄には「私が日本の歌まで好きになるなんて」「ハニのおかげで知った宝石のような曲」「日本人でもないのに1980年代を生きてもいないのに、この歌を聴くとどうしてこんなに自分があの時代の日本人のようになってしまうのだろう」「NewJeansもいいけどレジェンドの空港ライブ(松田聖子が羽田空港で歌ったライブ)も見て!」などのコメントが並んでいる。メロン利用者の5割はZ世代。1980年代の日本のヒット曲にこんなに熱くなるなんてと不思議な気持ちになる。

2023年にデビューした5人組ガールズグループ、NewJeansは、心地よいイージーリスニングな楽曲とニュートロ(レトロなのに新しい)な要素を盛り込んだこれまでにないK-POPシーンを開き、あっという間にスターダムを駆け上がった。

 日本には6月に正式にデビューし、同月26日、27日には東京ドームで日本初のファンミーティングを開いた。デビューからわずか1年11カ月にして東京ドームでの大舞台。K-POPアーティストとして最短と韓国でも大きく報じられた。2日間でおよそ9万1000人のファンを集めたこのファンミーティングで披露されたのが、松田聖子の「青い珊瑚礁」だった。

「青い珊瑚礁」は韓国の40代にも思い出深い曲

「あ〜」という曲の出だしで、地響きがなるような歓声が湧き起こった会場の様子はYouTubeやショート動画などで韓国でも瞬く間に拡散し、韓国メディアもこぞって取り上げた。

 日本の中年層も巻き込んだ熱狂の様子から、日本の文化に押されていた時代は終わりK-POPが韓流の位相が変わったとするもの、そして、K-POPへの新たな韓日文化の境界を崩したとするものまでさまざまな角度から報じられた。

「ハニの青い珊瑚礁は40代の追憶と、Z世代のニュートロの完璧な同期化」と世代をつないだと書いたのはハンギョレ新聞(6月29日)。ここでいう40代には韓国の40代も含まれる。韓国で日本映画の名作といえば必ず上がるのが『Love Letter』(日本では1995年、韓国では1999年に公開)で、この主人公が口ずさんでいたのが「青い珊瑚礁」だった。

 日本の大衆文化は1998年まで開放されていなかったので、日本の文化が好きだった当時の若い世代は日本からビデオを購入し、カフェを借り切って上映会を開いたりしていた。「青い珊瑚礁」は映画のシーンを記憶している韓国の40代以上にとっても思い出深い曲なのだ。

 日韓の文化の境界が崩れたという視点で報じた中では文化日報のコラムは印象的だった。一部抜粋しよう。

「この舞台を韓国人も違和感なく鑑賞できたことは原曲の力なのか、ハニの力なのか、ファンたちの力なのか……。どうやっても1つの答えにまとめることはできないけれど、K-POPが今や多様で幅広い文化を包み込めるほどの力量と余裕を持ったことは明らかだろう。もしかしたら、Kコンテンツの開放さと包容力は私たちの想像と期待以上なのかもしれない。韓日関係が持っている胎生のような障壁は文化の地場の中では壊れ続けている。これはとても気持ちのいい”亀裂”だ」(文化日報2024年7月4日、パク・トンミ文化部次長コラム)

 いずれも「青い珊瑚礁」が1980年代、日本がバブル景気に沸き、元気だった時代を象徴する曲として取り上げており、冒頭のKBSのニュースでは、「国が豊かで、家族が幸せだった時代、韓国よりも2020年も前に1人当たりの所得が1万ドルを達成した日本は1980年代の高度成長を通して2万ドル、3万ドルというハードルを越えていきました。当時、グローバル半導体市場を席巻していたのは韓国でも台湾でもありませんでした」(7月8日)と解説していた。

大反響に対してミン・ヒジン氏は?

 こんなニクい演出を企画したのは、NewJeansを育てたミン・ヒジンADOR代表だ。もともとSMエンタテインメントでビジュアルディレクターを務め、少女時代にカラフルなスキニージーンズを着せたのもミン代表だ。2019年にはBTSが所属すHYBEにブランド総括として迎えいれられたが、21年にHYBE傘下にレーベル、ADORを設立。NewJeansをプロデュースした。

 ミン代表は今回の「青い珊瑚礁」の反響について、「予想はしていたが、現場で松田聖子の当時の応援のかけ声まで飛び出すなんて本当に驚いた」(韓国経済、7月4日)と話し、この企画が成功した理由を、「東京ドームという大舞台で、予想もしなかった曲に実際に向き合った時のカタルシスはとてつもなくすごいものになると予想しました」(朝鮮日報、7月3日)と語っている。

 ネットではこの驚きの演出に、「(青い珊瑚礁は)日本が全盛期だった時期にヒットした、日本人の自尊心と郷愁に触れる曲。ミン代表はとんでもないチートキー(魔法のトリック)だ」「韓国ではアイドル文化の胎動であり輝かしいY2K時の思い出を洗練させた形にしてアピールし、日本ではもっとも輝いていたバブル時代最高の歌手、松田聖子の『青い珊瑚礁』なんて。感性がすごすぎる」などミン代表に感嘆するようなコメントがずらりと並んだ。

「青い珊瑚礁」シンドロームは、K-POPにまた新たなシーンを描いた、エポックメイキングな出来事となった。


菅野 朋子(かんの ともこ)Tomoko Kanno
ノンフィクションライター
1963年生まれ。中央大学卒業。出版社勤務、『週刊文春』の記者を経て、現在フリー。ソウル在住。主な著書に『好きになってはいけない国』(文藝春秋)、『韓国窃盗ビジネスを追え』(新潮社)がある。