幹線道路・高速道路など、都内の至るところにある、院長の顔写真入り『きぬた歯科』の看板(東京・杉並区)

 その数、関東近郊を中心に340以上。“イケオジ”でもなんでもないオジサンの顔がどデカく掲げられた看板──東京都・西八王子にある『きぬた歯科』の看板だ。あのオジサン本人、院長である羅田(きぬた)泰和さんによる戦略は、同業である歯科医、そして他業種も“顔看板”という手法をパクるほど。

 昨年より法政大学陸上部のスポンサーとなり、正月の箱根駅伝ではユニフォームに『きぬた歯科』の文字が掲げられた。区間賞を獲得した武田和馬選手のインタビュー時に大きくテレビに露出したことでSNSでトレンド入り(ちなみに今年の箱根駅伝では『きぬた歯科』という文字のみだったが、春からの今シーズンは、看板と同様に“オジサンの顔”が並んでいる)。

 きぬた氏による広告展開は、テレビやネットニュースでたびたびその戦略が報じられるなど、業界内外で評価されている。しかし、その裏には有名になったゆえの弊害といえるような戦いがあった。いや、過去形ではなく、それは現在でも進行中──。

《隣でお婆さんが同じ様にインプラントを勧められ、断っても契約させようとしてました。年金暮らしだからそんな高いの無理と言ってもローンが有るから大丈夫、歯科医師の判断だと怒鳴り口調で言ってました》

 こちらは「きぬた歯科」で検索した際に、“クチコミ”として表示されるネットの声だ。

「うちに対するクチコミ史上最悪なものですね。要は、年金を受給しているご老人に対して、強引にインプラントを勧めていると。まったくの事実無根ですが、古いクチコミだし、誰も見ないし、いいかなと思ってたんですけど、やっぱり改めて読んでみるとめちゃくちゃ腹が立って。これはやるしかねぇなと思って。顧問弁護士とは違う、誹謗中傷に強い弁護士に頼みました」

クチコミには完全な嘘が“体験”として投稿されることも

 そう憤るのは看板の主・『きぬた歯科』院長のきぬた氏。

 ネット文化、SNS文化の発達によって、誹謗中傷は以前と比較して格段に増えた。それに苦しみ、自ら命を絶ってしまう人がいるほどに……。ネット上のクチコミは“ユーザーによるレビュー”として商品や店の選択に役立つが、そこにはありもしない“嘘”が、“体験”として投稿されることも少なくない。きぬた氏は、このまったくの事実無根のクチコミの投稿者に対し、弁護士を通し開示請求を行った。

「◯◯◯◯という名前で、どこそこに住んでいて、と出て」(きぬた氏、以下同)

 この誹謗中傷をしていた人物が暮らすのは、東京都のきぬた歯科から300km以上離れていた。きぬた歯科の看板がいくら街に溢れているといっても都内中心で、関東近郊に一部。ここまで離れていると看板すらない。

事実無根、悪質な誹謗中傷には徹底抗戦。看板もない300km離れた土地から訪れた、院長いわく「きぬた歯科史上最悪」のクチコミ

「来たことねぇだろって。もうめちゃくちゃですよ。調べてみたら同じ医療関係の人間。それも地方局のテレビに出てる奴で。俺、誹謗中傷で開示請求した奴には直電しないと気が済まなくて。(素性が)判明したら、必ず直電するようにしてるんですよ(笑)」

「高齢者に無理にインプラントを勧めていた」と投稿した人物にきぬた氏自身で直接電話すると……。

「“Googleのクチコミにさ、あんた変なこと書いただろ”、“あんた、うち来たことねぇだろ?”と言ったら、向こうが“(きぬた氏を)テレビでは見たことあります……”って。ふざけんじゃねぇぞ、てめぇって(笑)。50歳過ぎた人間が……。それがテレビで見ただけでこんなこと書いてるんですよ! 俺、頭きちゃって、刑事事件にしようって。それで弁護士に相談して進めています」

「7年も誹謗中傷を続けている医師もいました」

 きぬた氏は現在進行中のものも含めて、10数件以上の誹謗中傷にあたるクチコミの投稿者と戦っている。開示請求で出た“素性”は、医師など同業者が少なくないという。中には同じ地域で医院を営む歯科医やその妻なども……。“彼ら”からすると、看板のオジサンは目立ち過ぎ、ゆえにやっかむのか。

「3人に1人が同業者ですよ(苦笑)。7年も誹謗中傷を続けている医師もいました」

きぬた氏は時折『X』にて自身に向けられた誹謗中傷について投稿する。それに対して“オーバーキル”だと評する者も。やり過ぎだと。

「オーバーキルだ、どうのなんて関係ないですよ。ありもしないことを酷い言葉で書き込んできたのはあっちですから」

 ‘22年10月施行の法改正により、ネット上の誹謗中傷などによる開示請求が簡易・迅速に行うことができるようになった(2度の裁判手続が1度に。開示請求できる対象範囲も拡大)。しかし、実情は……。

「時間がかかるんですよ。開示請求しても1件につき半年はかかりますね。とんでもない奴はこっちも腹立つから写真をXにあげちゃったりしてたんですが、そしたら反訴されちゃって。でも、訴えられても、俺、痛くもかゆくもない」

誹謗中傷する同業者は「国立大の歯学部(卒)」

 徹底的に戦う理由は?

「身に覚えがないことを書かれるんですよ。それがデジタルタトゥーとして残るわけじゃないですか。そもそもあんなクチコミをしておいて、日本は罪として弱いんですよ。取れるお金も少ないし。そうなるとみんな泣き寝入りになっちゃう。開示請求するのにもお金がかかるから、お金がない人は余計に難しい。おかしい話で。

 知り合いの息子がネット上ですごくいじめられていて、それがあまりにひどくて開示請求をして裁判したんです。開示請求も結局30万円くらいかかるんですよ。一般的なサラリーマンはなかなか難しいでしょう。それで取れる金が10万円とか。少なくともかかった費用は領収書を提出すれば、そのお金は加害者に支払わせるとか、そのくらいのことをしないと、みんな泣き寝入りして大変ですよ」

 きぬた氏を誹謗中傷する同業者には1つ共通点があるという。

「全員、国立大の歯学部(卒)なんです。俺は私立卒です。要は、“私大卒ごときが調子に乗りやがって、この野郎”なんですよ。18歳からの“偏差値信仰”がいまだに続いている。18歳のときの価値観が、40代になっても50代になっても続いている。それ以外ないのかよって」

 きぬた氏と同業、すなわち歯科医師であれば、一般的な水準よりも収入がある人が多いだろう。少なくとも、明日の食事・目先の生活費・ローン・保険・税金・子どもの教育費……。年々上がり続けるものも多い、“生きていくために必要なお金”に困っている者は少ないはずだ。

「もう1つ共通点があって、全員40歳を超えてるんです。要は、人生に決着が付いちゃって迷っている伸びしろがない人たち。伸びしろがないがために、エネルギーや刃を自分に向けずに俺に向けるっていう。もっと真剣に一生懸命生きていれば、人のことなんか構っていられないはずです。

 金に困らなくなったときに人間は、非常に根深い、なにか複雑な感情であるとか、呪詛とか怨嗟とか、そういうのが出てくるんですよ。それらは金で割り切れないものだから、終わりがない。だから、同じ仕事をしている、そこらじゅうに看板がある、金を使いまくってるような奴に“この野郎”って思うんでしょう。“てめぇ、私立のくせに”って」

 ある歯科医師は、歯科業界でも選ばれしエリートといえる道を進んだ結果、行き着いたのがきぬた氏への誹謗中傷だった。

「誹謗中傷した奴は許さない」看板の“顔”、『きぬた』のきぬた泰和院長

「そんな道を歩んでいて、なんで俺のことを見る? 俺のこと見るなよ! お前はお前で医者としての道を歩けばいいだろって」

 誹謗中傷をしていた者に対して裁判をして“勝って”も、得られる金額は費用に見合わない。

「俺の場合は、怒りプラス抑止力ですね。そういうことする奴には徹底的に戦うぞ、と思われるように」

 最後に、きぬた氏に誹謗中傷している者たちに対して。これはきぬた氏に対してだけでなく、ネット上で人を傷つける言葉を吐き捨てるすべての者に対しての言える言葉かもしれない。

やるならもっとデカいところを叩けと(笑)

「いろいろ言いたいことはあるわけですけど、自分の人生がいまいちうまくいかなかったのは、俺のせいではない。それはあなたもわかってるだろ、と。無駄な生産性のない卑屈な作業をやったということをわかってるだろう。俺自身も他責で、世の中が悪い、あいつが悪い、こいつが悪いって人のせいにしてきました。でも、社会人になって、パッとしない勤務医でしたけど、でもそのときにもしかして俺にすべての責任があるんじゃないかって思いだした。そこから好転したと思います。全部うまくいかないのは、自分が行った結果だからって嫌でも思うようにすれば、人生は好転すると思います」

 さらに最後に……。

「まぁ、やるならもっとデカいところを叩けと(笑)。俺みたいな小物じゃなくてさ、もっと◯◯とかさぁ……」(以下、国内外の大企業トップなどの名前が出たが割愛)

 きぬた氏に対して誹謗中傷しても、彼の看板は減ることはなく、むしろこれからも増えていくだろう、また、きっとそれを書き込んだ者の人生が好転することも決して……。